公女殿下の怒り、僕の怒り
「ふう……これでは話になりませんね。このままでは、将軍はどちらの殿下が国を率いることになったとしても、兵権を剥奪されて将軍職を罷免される未来しか待っていないようです」
「っ!?」
そう告げた瞬間、一切変わらなかったロイカンネン将軍の表情が険しくなった。
それもそうだろう。このままでは、メルヴレイ帝国への復讐を果たすことができなくなってしまうのだから。
さて……将軍はどうする?
帝国への復讐を優先するのか、それとも、また別の復讐対象である公国の滅亡を求めるのか。
すると。
「……面白いことを言いますね。私の力が欲しくて、この場にいらっしゃっているというのに」
ロイカンネン将軍はそう言うと、溜息を吐いた。
なるほど……彼女はこちら側の足元を見ているつもりのようだ。
確かに彼女の言うとおり、僕達は公国最強である彼女をどうしても陣営に引き入れないといけない。
でも、まだ彼女は理解していない。
どちらに交渉の主導権があるのかを。
僕は、チラリ、と後ろを見やる。
すると。
「フフ……別に、私はあなたなんか必要ないわ」
後ろに控えている一人の侍女……ディアが、クスクスと嗤いながらそう告げた。
ロイカンネン将軍は、そんな彼女をジロリ、と睨みつける。
「本当に、これがサヴァルタ公国の武を支えてきたロイカンネン家の現当主だなんて、期待外れもいいところよ。ただただ日和って、どちらにもつこうとしないで、なのに復讐心だけは一人前。これじゃ駄々っ子と同じね」
「っ!? 貴様!」
それまで抑揚のない声と変化の乏しい表情で応対していた将軍もさすがに我慢できなかったのか、立ち上がって声を荒げた。
だけど……あはは、意外とバレないものなんだなあ。
僕からすれば、一目瞭然なのに。
「別に個人の感情を優先することを、私は否定しないわ。でもね、足元の声に耳を傾けもしないで引き籠っているような役立たずの将軍なんて、私には必要ないのよ」
「黙れ! 一介の侍女風情が!」
とうとう我慢できなくなり、ロイカンネン将軍はあろうことかディアに対してまで殺気を向けてしまった。
「フフ……そんな一介の侍女風情にそんなことを言われて威嚇しかできない、あなたは何なの? 本当に、期待外れだわ」
そう言い放って肩を竦めると、ディアは眼鏡とかつらを外した。
「あ……!」
「アル、行きましょう。もうここに用はないわ。ロイカンネン将軍……あなたはここで、ただ静かに歯ぎしりでもしていなさい」
「ロイカンネン将軍、失礼いたします」
僕はディアの後に続き、将軍のいるこの部屋を出た。
◇
「アル……本当に、あれでよかったの?」
「ええ、完璧です」
ロイカンネン将軍の屋敷を出て少し離れた道の角で、不安そうに尋ねるディアに笑顔で頷いた。
「それに、ディアが将軍に腹を立てていたのは事実でしょう?」
「まあ、それは……」
ディアは口ごもりながら、バツの悪そうに顔を逸らした。
そもそも、ディアはご両親が殺されたことによる帝国への恨みもあるが、属国となり果ててサヴァルタ公国とサヴァルタ人が虐げられているこの現状を何とかしたくて、こんなにも奔走しているんだ。
ただ日和見を決め込んでいる将軍に対し、思うところがあるに決まっている。
しかも、ただの飾り以下でしかないディアと違い、力のあるロイカンネン将軍が。
「あはは。僕の考えどおりなら、心配しなくてもロイカンネン将軍側から接触してくると思いますよ」
「そ、そうかしら……」
「はい」
あれだけ侮辱されたこともそうだけど、知らなかったとはいえディアに対し臣下である将軍が無礼を働いてしまったのだから、正式に謝罪すると共に皮肉の一つや二つ、言いたいに決まっている。
そして、それからがいよいよ本番。
その時こそ、“白銀の戦姫”をこちらの陣営へと引き入れる時だ。
「それで、朝食時にもご説明しましたとおり、ディアはロイカンネン将軍の面会は全て断っていただきます。そうすることで、彼女はさらに不安になるでしょうから」
これまでは、ロイカンネン家の軍事力と自分自身の武があるからこそ、何度断ってもその時になれば馳せ参じればいいと考えていたのだろうけど、これでディアが公国を掌握した時、彼女の居場所が消滅してしまうわけだからね。
こちら側が面会を拒絶することで本気だと思わせてしまえば、もはや四の五の言ってはいられなくなるから。
「……ねえ、アル。ひょっとしてだけど、実はあなたも怒ってる?」
ディアが僕の顔を覗き込みながら、おずおずと尋ねる。
うーん……ディアにこんなに簡単に気づかれてしまうなんて、これじゃ参謀失格かもしれない。
「まあ……彼女はディアにあんな態度を取りましたからね……あなたのことを知っているから、僕としても思うところがあるわけで……って」
「フフ……アル、ありがとう……やっぱりあなただけが、私のことを本当に見てくれるのね……」
口元を緩めながら、嬉しそうに僕の胸に飛び込むディア。
そんな彼女が可愛くて、愛おしくて、僕はディアを優しく抱きしめた。
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