公女殿下の変装、白銀の戦姫の調略
「ええ、と……この屋敷でいいのかな?」
ディアとの朝食を済ませた僕は、教えてもらった公都にあるロイカンネン将軍の屋敷へとやって来た。
もちろん、彼女をこちらの陣営に引き入れるために。
「さて……どうやってロイカンネン将軍を仲間にするかな……」
まだ会ってもいないから何とも言えないけど、おそらくはロイカンネン将軍自身も、父親である先代将軍を帝国に殺された恨みを持っているはず。
なら、帝国に対して徹底抗戦を主張するディアの手を取るかといえば、そう上手くいかない。
実際、ディアも何度も帝国への恨みを訴えて説得したらしいけど、ロイカンネン将軍は表情も変えずに断ったらしい。
じゃあ、ロイカンネン将軍自身が帝国に従属することをよしとしているかといえばそうでもなく、第二公子の勧誘も袖にしている。
「……つまり、ロイカンネン将軍の恨みは、帝国に対してのものだけではないということだろう」
そうなると、将軍は帝国だけでなく公国に対しても恨みを持っている可能性が高い。
まずは、会ってみてから……と言いたいところなんだけど……」
僕は、一緒に来た一人の侍女をチラリ、と見やる。
「アルカン様、いかがいたしましたか?」
「……いや、まだ演技はしなくていいですよ? ディア」
「もう! せっかく役になり切っていたのに、邪魔をするなんて無粋よ!」
実は、そういった推測もあったから、最初は僕一人でロイカンネン将軍と面会しようと考えていたんだけど。
『フフ……だったら、私が公女だと悟られなければいいんでしょう?』
そう言って、ディアは侍女に変装して僕と一緒に来ることになったのだ。
僕からすれば、いくら眼鏡をかけたりかつらを被ったりして変装したところで、こんなに綺麗な侍女なんているはずもないから、すぐにバレるんじゃないかと思うんだけど……。
そんなことを考えながら、こめかみを押さえていると。
「あ……そ、その、ひょっとして私、アルの邪魔してる……?」
打って変わって、ディアは上目遣いでおずおずと尋ねた。
なので僕は、そんなしおらしい彼女に首を左右に振ってみせた。
「まさか。遅かれ早かれディアには将軍に会っていただくつもりでしたし、逆に一緒であるほうが、都合がいいかもしれません」
「ほ、本当?」
「ええ」
それに……僕自身、ディアと一緒にいられて嬉しいというのは、彼女には内緒だ。
「ということで、これから門番に声をかけますので、今からは侍女になり切ってくださいね?」
「フフ……かしこまりました、アルカン様」
そう言って、微笑みながらカーテシーをするディア。
……うん。たまにでいいから、これからも侍女姿のディアを見たいな。
そんな少し邪なことを考えながら、僕は深く息を吐くと屋敷の門番に声をかけた。
「すいません。公女殿下からの使いの者ですが、ロイカンネン将軍にお目通しいただけますでしょうか?」
「公女殿下の?」
「はい」
僕は預かっている書状を見せ、正式な使いであることを証明する。
「しょ、少々お待ちください」
門番の一人が慌てて屋敷の中へと入っていき、しばらくすると一人の執事が門番と共にやって来た。
「将軍閣下がお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます」
僕とディアは中へと通され、執事の後をついて行く。
そして。
――コン、コン。
「閣下。使いの方をお連れいたしました」
「失礼いたします。私はリューディア殿下にお仕えしております、アルカン=クヌートと申します。本日は殿下の使いとしてやってまいりました」
通された部屋に入るなり、僕は深々とお辞儀をして挨拶をする。
だけど……彼女がロイカンネン将軍か。
“白銀の戦姫”の二つ名が示すとおりの銀髪の髪にサファイアのように輝くの瞳、サヴァルタ人特有の白い素肌に整った鼻筋、そして薄い桜色の唇。
彼女のことを知らない者が見たら、こんな美しい人が公国最強の武人とは想像もつかないだろう。
「……ようこそお越しくださいました。まずはこちらへおかけください」
「あ、失礼します」
ロイカンネン将軍は抑揚のない声で座るよう促され、僕はソファーに腰かけた。
ディアも、将軍に悟られないように顔を伏せながら僕の後ろに立って控える。
「……それで、ご用件は?」
「単刀直入に申し上げます。将軍のお力を、是非ともリューディア殿下にお貸しいただきたいのです」
「……私の力を?」
ティーカップに注がれたお茶を口に含みながら、ロイカンネン将軍は鋭い視線を向けてきた。
「はい。ご存知のとおり、リューディア殿下はメルヴレイ帝国の属国となっている現状を打開するため、公国を再興しようと考えておられます。そのためには、どうしても将軍が必要なのです」
「……そうですか。でしたら、私から申し上げることはございません。お引き取りください」
はは……これじゃ取りつく島もないな……。
だが、むしろ彼女との交渉はここからだ。
「申し訳ありません。僕には、将軍のおっしゃることが理解できませんでした。将軍は何故、公国の再興に手を貸してはくださらないのでしょうか?」
「……失礼ながら、リューディア殿下では公国の再興は不可能かと」
「そうですか? では将軍のお考えは、第二公子であらせられるアルヴィ殿下と同様、帝国に従属して帝国民となることでしょうか?」
「っ! ……さあ、どうでしょうか」
僕の言葉が癇に障ったのだろう。
ロイカンネン将軍は、僕に対してまさに殺気を放った。
正直、背中に大量の冷汗をかいたものの、毒殺されかけた僕からすれば今さらだ。
所詮彼女は僕を殺すつもりはないんだから、恐れる必要もない。
「では将軍は、一体どうなされるおつもりなのですか? このままどちらにもつかず、ただ静観しているだけということでしょうか?」
「…………………………」
「ふう……これでは話になりませんね。このままでは、将軍はどちらの殿下が国を率いることになったとしても、兵権を剥奪されて将軍職を罷免される未来しか待っていないようです」
「っ!?」
そう告げた瞬間、一切変わらなかったロイカンネン将軍の表情が険しくなった。
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