紡ぐ想い、仰ぎし主君
「グス……ありがとう……もう、大丈夫よ……」
しばらく泣き続けた彼女は、ようやく落ち着きを取り戻し、そう言って離れようとした。
だけど。
「まだ、肩が震えてるじゃないですか……」
そう言って、僕は抱きしめる力を強め、優しく背中を撫でた。
彼女が心配だからというのもあるが、それ以上にこの温もりを手放したくなかったから。
「だから、もう少しこのまま……」
「ん……」
彼女は小さく頷き、また胸に顔をうずめる。
「……ねえ」
「はい」
「私、お父様とお母様から、“ディア”って呼ばれてたの」
「リューディアだから“ディア”……よい愛称ですね」
「そ、その……あなたにも、“ディア”、って、呼んでほしいの……」
そう言うと、彼女……ディア様は、恥ずかしそうに胸の中でもぞもぞとする。
そんな彼女が、どうしようなく可愛くて……。
「分かりました。では、ディア様と呼ばせていただきます」
「“様”なんていらないわ。ただ、ディアとだけ呼んでほしい……」
ディアは胸の中から、ねだるような瞳で僕の顔を覗き込む。
ああもう……こんな表情、反則だろう。
「わ、分かりました……ですが、さすがに上下関係をはっきりさせないといけませんので、あくまでも二人きりの時だけ、ということでしたら……」
「ん……それでいい……」
どうやらディアは、それで納得してくれたみたいだ。
「それと、あなたのことはこれから“アル”って呼ぶことにするわ」
「“アル”、ですか……ありがとうございます」
たとえ偽名だとしても、自分の名前を呼ばれること自体記憶もおぼろげだし……しかも愛称で呼ばれるなんて、それこそ初めての経験なものだから、僕は存外、嬉しくて仕方ないみたいだ。
「フフ……アル、アル」
「はい、ディア」
それから僕達は、月明かりの下で何度もお互いの愛称を呼び合った。
◇
「んう……」
顔に当たった陽射しの眩しさで、僕は嫌々ながら目を覚ます。
結局、昨日は夜遅くまで、ディアが色々と話をしてくれた。
父親である先代公王に狩りに連れて行ってもらった話や、母親である公妃と一緒にお菓子作りをした話など、彼女には懐かしくも楽しい思い出があるみたいだ。
だだ……どれも話し終えると、最後は寂しそうに微笑むディアの姿が、僕の脳裏に今も焼き付いている。
「……僕が必ず、ディアの願いを成し遂げさせてみせる。そして、僕の願いも」
そのために、まずは公国の実情を備に知る必要がある。
特に、この国の貴族達について。
すると。
――コン、コン。
「おはようございます、アルカン様。既にお目覚めのようで何よりです」
「あ……おはようございます、ヨナスさん」
ヨナスさんが、ノックをして部屋に入るなり朝の挨拶をしてくれたので、僕も慌ててベッドから降りて挨拶を返した。
「殿下が朝食をご一緒したいと申されておりますが、いかがいたしますか?」
「もちろん、ご一緒させてください」
「かしこまりました。では、私は部屋の前におりますので、支度が整いましたらお声がけください」
そう言うと、ヨナスさんは部屋を出る。
さて、ディアを待たせるわけにもいかないから、早く身支度を済ませよう……って。
「お伝えするのを忘れておりましたが、殿下よりこの部屋のクローゼットにかけてある服を着るように、とのことです」
「は、はあ……」
ヨナスさんは、今度こそ部屋を出て行った。
「うーん……この服も悪くないと思うんだけど、ね」
僕は自分の服を眺めながら苦笑する。
これでも、そこそこの家から盗んだものだから悪くないけど、それでも平民の服だから王侯貴族の前では相応しくないか。
ということで、僕はクローゼットから地味であまり目立たない服を選び、着替えて部屋を出た。
「では、まいりましょう」
僕はヨナスさんの後に続き、ディアの部屋へと向かう。
「アルカン様」
「は、はい!」
「……お嬢様の心をお救いくださり、誠にありがとうございます」
「あ……」
口元を緩めながら静かに告げるヨナスさんを見て、僕は気づく。
どうやら昨夜のことは、彼にバレているみたいだ。
……まあ、ディアの侍従なんだし、気づかれないように見守っていたとしても不思議じゃないか。
――コン、コン。
「殿下、アルカン様をお連れいたしました」
「! アル! ……って、コホン。おはよう、アル」
「あ、あはは……おはようございます、ディア様」
部屋に入るなり、パアア、と満面の笑みを浮かべたディアだったけど、ヨナスさんがいることに気づき、慌てて澄ました雰囲気に変わる。
そんな彼女がおかしくて、僕はつい笑ってしまった。
「……フン。それよりも早く一緒に食事をするわよ」
どうやら僕が笑ってしまったことがお気に召さなかったらしい。
ディアは口を尖らせ、顔を背けてしまった。
でも、そんな彼女の表情も、とても可愛らしく思えてしまい、やはり僕はクスリ、と笑ってしまった。
「……もう、覚えていなさいよ」
「あはは、すいません」
顔を真っ赤にしてしまったディアに、僕は苦笑しながら謝罪した。
「コホン……お二方、どうぞお席へ」
「「あ……」」
ヨナスさんに咳払いをされ、僕達は気まずくなってしまい、すごすごと席に着いた。
「そういえばアル、昨日の夕食は食べなかったみたいね」
「あ……は、はい……」
ディアはそう言って、眉根を寄せた。
確かに、せっかく用意してくれたものを口につけなかったんだから、彼女だって気分が悪いに決まっている。
でも……やっぱり僕は、あの日の毒が忘れられない。
「……それに関しては私も配慮が足らなかったわ。ごめんなさい」
ディアが申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げてしまった。
「か、顔を上げてください! ディア様は何も悪くありません! 悪いのは、今もまだあの日のトラウマが克服できない僕のほうです!」
「いいえ、違うわ。私はあなたからその話を聞いていたにも関わらず、配慮してあげられなかったのだもの。だから、これは私が悪いの」
「いいえ、僕が!」
「私よ! ……って」
「プ」
「フフ」
「「あははははははははは!」」
お互いに謝罪し合っているのがおかしくなって、僕達は大声で笑ってしまった。
でも……こんなふうに笑ったのなんて、いつ以来だろう……。
「フフ! じゃあ、お互い様ということでいいわよね?」
「はい! もちろんです!」
ここでようやく話もまとまり、食事を始める。
ディアは僕が安心して食べられるようにと、気遣って先に料理を食べてくれた。
でも……今はいいけど、今後のことを考えればむしろディアより先に食べるようにしないと。
だって、ディアは僕の主君なんだから。
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