公女殿下の弱さ、芽生えた想い
「? あれは……」
部屋の窓から見える宮殿の庭園に、月明かりに照らされた一人の女性の姿があった。
どうやら第一公女のようだ
彼女に対する罪悪感からだろうか。
気づくと、何故か僕は部屋を出て庭園へと向かっていた。
そして……僕は見てしまった。
第一公女が、月を見上げながら涙を零している姿を。
――がさ。
っ!? しまった!?
「……誰かしら?」
彼女は慌てて涙を拭き取り、いつものように居丈高に声をかける。
「……す、すいません。窓から庭園にいらっしゃる姿を見て、つい……」
「そ、そう……」
僕が姿を見せると、第一公女は気まずそうに顔を背けてしまった。
「フフ……あなたも見たでしょう? ここでの私は、第一公女とは名ばかりの、ただの厄介者でしかないの……」
「…………………………」
「なのに、分不相応にも先代公王の……お父様の敵を討とうと、何の力もないのに帝国の領内に忍び込んで情報を収集したりして……それで、自分が頑張っている気になって……」
寂しく微笑みながら、彼女がポツリ、ポツリ、と話す。
サヴァルタ公国は寒い土地柄ということもあり、冬になると食糧の確保もままならず、苦しい状況に置かれていること。
それを何とかしようと、先代公王がメルヴレイ帝国に対して恥を忍んで支援を要請したこと。
だけど、帝国からは袖にされ、それどころか公国を救いたければ公王とその家族の首を差し出すようにと、現皇帝から無理難題を突き付けられたこと。
「……この時に帝国は、容易く公国を支配できると考えたのでしょう。裏で公国に攻め入る準備をしていることを察知したお父様は、最悪の状況を打開するために自ら打って出た……いえ、そうするしかなかった」
そう言うと、彼女は悔しそうに唇を噛む。
「……そして、戦に敗れ、サヴァルタ公国は帝国の属国となった」
「そうよ。でも、そのおかげで私とエルヴィはこの命を繋いだの。お父様とお母様、そして多くの部下や兵士達の命と引き換えに」
「そう、ですか……」
もちろん僕は、彼女が帝国に対して恨みを持っていることも、復讐しようとしていることも分かってはいた。
だけど、その裏にはこんなにもつらい事情があったなんて……。
「フフ、あなたがそんな顔をする必要はないわ。あなただって、帝国の被害者じゃない。それこそ、私よりもつらい思いをしているのだから」
「…………………………」
苦笑する彼女に逆に気遣われてしまい、僕はうつむいてしまった。
本当に……この女性は……。
「アルカン……いえ、ヴァレリアス。後でヨナスに言って当面の路銀をあげるから、私ではない他の国を選びなさい。ここでは、あなたの復讐は果たせない……も、の……っ」
そう告げた瞬間、彼女は大粒の涙を零しながら、無理やり笑顔を作った。
……僕は、思い違いをしていた。
彼女の不利な状況にあってもその尊大な態度や余裕のある表情、その心底にある優しさなどから、彼女は王として強い女性なのだと思い込んでいた。
だけど、本当の彼女はこんなにも脆くて。
でも、それでもと、帝国に理不尽に両親を奪われた悔しさ、悲しさ、苦しさを抱え、唯一の肉親であるはずの弟に想いを裏切られても、必死に歯を食いしばって、たった一人で奮起していて……。
……僕は。
「あはは……面白いことを言いますね」
「え……?」
気づけば、苦笑しながらそんなことを口走っていた。
よせばいいのに、ここから逃げ出すって決めていたはずなのに。
「そもそも、こんな“厄災の皇子”なんて受け入れるようなもの好きなんて、この世界にいませんよ。それこそ、あなた以外には」
「だ、だけど! あなたも見て分かったでしょう! 私には何の力もない! 私じゃ何もできないのよ!」
おどける僕に、彼女は必死になって詰め寄る。
今は一人でも味方が欲しい状況であるにもかかわらず、僕を沈没する船に乗せないようにするために。
ああ……本当に失敗した。
だって、僕の中に彼女への尊敬や憧れ、そういったものとは違った別の感情が生まれてしまったのだから。
僕は……彼女の本当の意味での強さに、どうしようもなく惹かれてしまったのだから。
それこそ、あの石室で誓った復讐すらも霞んでしまうほどに。
「だったら、まずはあなたがその力を手に入れるところから始めましょう。大丈夫……この僕が、あなたを最後まで支えてみせます」
「あ……あああ……!」
彼女の真紅の瞳から、とめどなく涙が溢れる。
これまで、誰一人としてそんな言葉をかけた人がいないのだろうと、その姿から容易に想像できる。
……僕も、同じだったから。
そして。
「本当に……本当に、あなたを頼っていいの? あなたを、信じていいの……?」
「はい……僕を頼ってください、信じてください。僕は絶対に、あなたを裏切らないし、あなたから離れたりしません」
「本当に? 本当に?」
「はい、本当です」
僕の胸の中に飛び込み、そのくしゃくしゃになった顔を押し付けながら、彼女は何度も尋ねる。
そんな彼女を、僕は強く抱きしめた。
僕はもう……この愛おしい彼女から、離れられない。
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