厄災の皇子、その末路
新連載始めました。
どうぞよろしくお願いします。
僕は、生まれてきてはいけなかったのだと、全ての人からそう言われ続けてきた。
ガニア大陸最大の国、“メルヴレイ”帝国の現皇帝であり父である“ブレゾール=デュ=メルヴレイ”から、二人の兄、第一皇子の”モルガン“から、第二皇子の”マクシム“から、宰相から、大臣から、貴族から、ただの使用人達から、民衆から小さな子どもまで。
――厄災の皇子、“ヴァレリアス”。
それが、僕の名前だ。
厄災の始まりは、僕という生命の誕生と引き換えに、母である第二皇妃、“クローディア=デュ=メルヴレイ”の命が奪われてから。
当時、母は“聖女”と崇められており、王侯貴族だけでなく全ての国民は、第三皇子の誕生よりも聖女の死を悼んだ。
しかも、僕の髪と瞳は、どちらも黒色だった。
父と母は、髪も瞳も黒ではないというのに。
そう……僕は生まれた時から、誰からも祝福されることはなかった。
物心ついた四歳の時、僕は初めて父である皇帝陛下に謁見することとなった。
それまで僕は、一度も父に会ったことがなかった。
だから、侍女に父に会うのだと聞かされ、心をときめかせたことを今でも覚えている。
でも。
『クローディアの命を奪った者など、見たくもない』
それが……僕が聞いた、最初で最後の父の言葉だった。
その後の僕は、皇宮の敷地の一番端にある屋敷で、一人暮らすこととなった。
どうやら、皇帝陛下から絶対に視界に入れるなとの命令が下ったらしい。
だから僕はあの日以来、皇帝陛下の姿を見たことはない。
でも、父である皇帝陛下とは会うことはなくなったものの、二人の兄とは何度か顔を合わせることがあった。
といっても。
『この人殺し』
『半分とはいえ、オマエと血が繋がっているなど、反吐が出る』
二人の兄は、僕を見るたびに容赦ない罵声を浴びせ続けた。
そんな僕の姿を見ている使用人達も、嘲笑を浮かべるばかりで誰も庇ってくれたりなんてしない。
それどころか、食事や衣服も満足に与えられることもなく、僕はいつもひもじい思いをしていた。
そうして、惨めな生活を送り続けていた、七歳の時。
北方の異民族国家、“サヴァルタ公国”がメルヴレイ帝国に宣戦布告した。
もちろん、大国であるメルヴレイ帝国はサヴァルタ公国を見事打倒し、むしろ属国に加える結果となった。
だけど皇帝陛下は、これまで一度も牙を向けたことがなかったサヴァルタ公国が戦を仕掛けたのは、聖女を失ったことによる厄災によるものだと宣言した。
そうなると当然、矛先は母が死んだ原因である僕へと向けられることとなる。
それからも、帝国内によくないことが起こるたびに、それらは全て厄災によるものであるとされ、僕はいつしか全ての帝国民から忌み嫌われる存在となっていた。
皇宮から一歩も出たことがない僕が、どうしてそのことを知っているかって?
それは、二人の兄や使用人達が、いつも僕を見ながら嬉しそうに話しているから。
そして……僕が生まれてから帝国内で起こった悪い出来事の全てが、僕のせいであると帝国に正式に認定された、八歳の時。
――僕は、皇宮の北の端にある塔の中へと幽閉された。
◇
塔の中は薄暗く、使用人すらもおらず、毎日一度だけ食事が届けられるだけの生活になった。
夏になれば塔の中はとても暑くなり、冬は凍えるような寒さになる。
食事も硬いパンと野菜くずのスープという質素なものになり、水さえも満足に飲むことができなかった。
服だって今着ているものしかなく、着替えだってままならない。
眠る場所も、木の板に藁を敷いただけの簡易なものだった。
でも……この塔には、たった一つだけ娯楽があった。
塔の地下にある古びた部屋の、ほこりのかぶった本の山だ。
おそらく、この塔は元々書庫か何かなのだろう。
それが長い間使われてなかったものだから忘れさられて、そのままになっていた。
幸いなことに、この塔へは扉から食事を差し入れるだけで誰も入ってこない。
だから僕が本を読むことを、誰も咎めたりする者はいなかった。
僕は毎日、食事や寝ることも忘れるほど、地下の本を読むことに没頭した。
本の内容は、どれも難しいことばかり書いてあったけど、それでも何度も読み返しているうちに少しずつ理解していった。
それに、本の内容を別の本で調べたりして、色々と自分なりに考えたりすることは楽しくて仕方がなかった。
そんな読書三昧の毎日を送り続け、気づけば僕は十六歳になっていた。
でも、僕の暮らしは変わらない。
おそらく死ぬ最後の時まで、僕はこの塔で本を読み続けるんだろう。
本が色あせてしまっても、何尾も、何度も、繰り返し。
今では本をめくらなくても、諳んじて読むことができるというのに。
すると。
――カタン。
塔の入口で、音が鳴った。
この音も、僕が塔に幽閉されてから毎日聞き続けてきたもの。
どうやら、もう夕食の時間みたいだ。
僕は入口へと向かい、食事の乗ったトレイを……って。
見ると、今日はいつもの硬いパンと野菜くずのスープじゃなくて、ふわあああ……! このパン、すごく柔らかい!
それに、スープの中にお肉まで入っているよ!
僕にはそれが信じられなくて、思わず自分の頬をつねってみる。
痛い。夢じゃないみたいだ。
どうしてこんな豪勢な食事なのか理解できなかったけど、僕は嬉しさのあまりすぐには食事に手をつけずに、食事の乗ったトレイを色んな角度から眺めて堪能した。
「プッ」
「クク……!」
……入口の扉の向こうから、笑い声が聞こえた。
それも、まるで馬鹿にするかのような、そんな笑い声が。
いつもなら、食事を運んでくる者は舌打ちや罵倒する声ばかりなのに。
その瞬間、僕は悟った。
目の前の豪勢な食事を見てはしゃいでいたことが情けなくて、気づけば僕は涙を零し、肩を震わせた。
……これは、最後の晩餐なんだ。
とうとう僕は、息をすることすら許されなくなってしまったんだ。
「僕が一体、何をしたっていうんだよ……っ」
毒入りの食事を眺めながら、そう呟く。
僕は、何も望んだりなんかしちゃいないのに。
僕は……この塔の中で息を潜めていただけなのに。
だけど、この食事を拒否したところで、明日も、明後日も、その次の日も、僕がこの食事に口をつけるまで延々と繰り返されるんだろう。
でも、最後は服毒死か餓死か、どちらかの選択を迫られる。
結論は、どちらを選んで死しかないのに。
「もう……嫌だ……」
僕がこの世界にいることが、そんなに罪なのですか?
僕は、そんなに罪深いことをしたのですか?
誰も答えてくれることはない問いかけを何度も反芻しながら、僕の右手がゆっくりと動く。
そして。
僕は、初めて食べる柔らかいパンをかじった。
「ウ……グ……ッ!?」
何度か噛みしめて飲み込むと、僕は床にのたうち回りながら喉と胸を掻きむしる。
苦しい! 苦しい! 苦しい!
そうしているうちに、とうとう僕の口から血が零れ始めた。
もうすぐ僕は、死ぬみたいだ。
その時。
「い……や、だ……死にたく、ない……よお……っ」
僕は声にならない声で叫ぶと、無意識のうちに指を口の中に突っ込んでいた。
あのパンを……毒を、吐き出すために。
「うえ……うえええええ……」
形を無くしたパンのようなものが、血と一緒に口の中から零れる。
でも、この苦しさから一向に解放される気配はなかった。
僕は……死ぬ、んだ……。
どうして?
どうして僕は、死ななくちゃいけないんだ?
そんな自問自答を繰り返し続け。
――世界が、黒に染まった。
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