僕の番(短編)
「また番の誘拐があったらしいよ」
学園の食堂はお昼時になると生徒達でごった返す。
前の時間が休講になったので早めに席が確保できたニナは、パンを囓りながら隣のラウノに話しかけた。
ニナが通う王立学園は基本的には貴族の子が通う学校だ。ただしニナのように裕福な商人の子や、騎士の子にも門戸は開かれている。
ニナがラウノと出会ったのは学園の入学式だった。学園まで来たはいいものの、貴族の子の多さに気後れし立ち止まっているところを声をかけられた。
ラウノの柔和な物腰と丁寧な口調にほっとしたニナは、思わず泣き出してしまった。ラウノは驚いた顔をしつつも、ニナを慰めつつ教室まで連れて行ってくれた。
それ以来、ニナとラウノは仲の良い級友だ。
「獣人?」
「番を見つけて居ても立ってもいられずに誘拐しちゃったって、ひどいよね」
この国には二つの種族がいる。
ひとつは人族。
もう一つは獣族。人族よりも身体能力も特殊能力も上回る種族のことだ。獣人とも呼ばれ、狼や犬、猫などさらに細かく分かれる。身体的な特徴として獣の耳や尻尾を持つものがいる。
問題となっているのは獣人による番の誘拐だ。獣人は番と呼ばれる生涯の伴侶が本能で判るらしく、番を見つけると恐ろしいほどの執着で手に入れようとするのだ。
人には番のような本能は存在しないため、獣人の番が人であった場合に問題が起きる。
獣人にとっては最愛の伴侶でも、人にとっては同意なく行われる求愛行動だ。恐れ慄いて逃げる者や、付きまとわれて精神を疲弊する者もいる。今回のように誘拐してしまう獣人も多くいる。
獣人にとってみればどうして番だと判らないのか、どうして受け入れてもらえないのかと理解できず、両者は常に平行線だ。
「人が番っていうのは厄介だよね。人側からすると恐怖でしかないもん」
二つ目のパンに手を出しながら、ニナはうんうんと頷く。獣人同士であれば、番と出逢えれば仲睦まじい伴侶となれるのだろう。
無理だなとニナは思う。
「ニナがもし獣人の番だと迫られたらどうする?」
「逃げる!絶対に嫌だな。私は素敵な恋愛結婚をするって決めてるから」
年頃の娘らしくニナは結婚に夢を持っていた。ニナは平民であるため、地元には恋愛結婚した知人友人も多い。
「大店の一人娘なんだから、恋愛結婚は無理だろう」
「政略結婚予定の貴族のラウノに言われたくない」
平民であるニナにも分け隔てなく接してくれるため、たまに忘れそうになるがラウノは高位貴族の子息なのだそうだ。偉ぶったところもないし、高圧的でもない。よくできた人だとニナは思う。
「番っていうのも獣人にとっては恐ろしい制度だよね。その人と決められたら変更はできないんでしょう?相手が既婚者だったり、年齢が凄く離れていたらどうするの?」
「所詮は獣だからね、力で奪うしかないんだよ」
ぶっそうなことを微笑みながら言うのはやめて欲しいとニナは思った。ラウノらしくないなと思ったがすぐに忘れてしまった。
「学園の獣人はみんないい人達ばかりでよかった」
学園には級友にも他の学年にも獣人がいる。耳や尻尾の形が違うため、犬かな?狐かな?と想像するのは面白い。ニナの隣の席にも猫族の獣人がいる。たまにゴロゴロ喉を鳴らしているのは可愛いと思う。
「ラウノは貴族なのに、婚約者とかいないの?」
「いないよ。結婚する予定の子はいるんだけど、婚約はしていないかな」
カップの珈琲を飲みながらラウノが答えた。少し答えを逡巡したように見えたのは気のせいか。
「私もこの前の休暇にお見合いの絵姿を散々見せられちゃって。いよいよ、逃げられなくなったかもしれない」
「お見合い相手から選ぶの?」
「学園を卒業したら、結婚するんだろうね。自由な時間もあと一年だよ」
ニナが学園に入学してもうすぐ三年だ。四年で卒業となるため、もう自由な時間も残りわずかだった。父親は学園でどこかの貴族のお坊ちゃんでもひっかけて来たらいいと期待しているようだが、その期待は捨ててもらいたいとニナは思う。
「そういえば、近所のお姉さんが獣人と結婚してた。番だったんだって」
「結婚は順調だったの?」
「仲良くしてた。赤ちゃんの耳がピコピコして可愛かった」
犬族の獣人の番だったらしく、そのまま二人は恋に落ち結婚したそうだ。幸せな人の番もいるのだと少し番を見直した。
ニナはいかにその子供が可愛かったかを、ラウノに身振り手振りを交えて解説する。まだ幼すぎて体が安定しないらしく獣化することもある。ニナも獣の時に抱っこさせてもらったが、肉球が愛らしくて何度も押しては嫌がられた。
「でもラウノが婚約したら一緒にいられなくなるね。だから卒業まで婚約しないで!ラウノは私の唯一の友達だから」
婚約者のいる異性と一緒に行動することは、流石に非常識なように思える。実は今もそう思われているのだろうかとニナは少し落ち込んだ。だから友達ができないのか。
ニナには学園に友達がいない。貴族ではなく商人の子だからか。なぜが級友がニナには冷たいのだ。唯一相手にしてくれるラウノがいなくなれば、ひとりきりになってしまう。
自分のこと最優先で、清々しく図々しい頼みごとをするニナにラウノが吹き出した。
「まだしないから大丈夫だよ」
「良かった」
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それから一年経ってもニナには友達ができない。業務的なことであれば対応してもらえるが、雑談には決して応じてもらえない。貴族は冷たいなと悲しくなった。
「ニナさん、提出物の期限は今日までですが覚えていらっしゃいます?」
教室で帰り支度をしていると、珍しく女生徒に話しかけられた。チラチラとこちらを気にしているなとは思っていたが、提出期限を教えてくれようとしていたのか。舞い上がったニナはがたんと椅子から立ち上がって女生徒に答えた。
「ありがとう!すっかり忘れてたのですぐに提出してくるね」
「……どういたしまして」
「ねえ、私ってそんなに浮いてる?」
「どうなさったの?」
「誰も相手にしてくれないから」
「だって……、それはほら。あの方が」
あの方?と疑問に思ったところで教室の扉が開いた。中に入って来たのはラウノだった。女生徒はびくっと肩を振るわせるとそそくさと教室を出て行った。
「聞いてよ、ラウノ!提出物の期限が今日までだって教えてもらえたの」
「僕が教えてあげようと思ったのに」
「それはありがとう」
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「複数人で組んで作業するって、友達いない人には酷だよね」
「どうしたの?」
次の魔法の講義は、数人でグループを作って研究結果を発表するらしい。友達のいないニナには講義よりもグループ作りの方が難しい。
声をかけて冷たく遇われたらどうしようと考えて、泣きたくなった。
「僕がいるからいいじゃないか」
「ラウノはちゃんと友達いるのに、いつも申し訳ない。私が嫌われものなために」
しょんぼりと肩を落とすニナの頭をぽんぽんと撫でると、ほら移動だよとニナの手を取った。
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「来月にはもう卒業してるんだね。なんだか寂しいや」
卒業間近な食堂は人気もまばらだ。今日の講義は終わって寮まで帰るだけだったが、なんとなく二人で食堂にいた。
「ニナは卒業したらどうするの?」
「実家に帰って家のお手伝いをするよ。またお見合い地獄に陥るんだろうな。いやだな」
眉間にしわを寄せたニナが頬杖をついてため息をつく。店を継いでくれそうなどこかの次男あたりが有力候補なんだろうなと今までの傾向から考える。
「お見合いで結婚するのが嫌なら、僕としたらいい」
「ん?」
ラウノの言ってる意味が判らなくて、ニナは首を傾げた。グループ講義を一緒に組もうかみたいなのりで言うのはやめて欲しい。
「僕はニナの唯一の友達なんだろう?」
「私は平民なんだけど」
「関係ないよ」
「いや、あるでしょう」
「恋愛結婚が希望なら、僕と恋愛したらいい」
「ちょっと待って、何言ってるか判ってる?」
いつになくラウノの余裕がなさそうで違和感を覚える。冗談なのか本気なのか、本気だったがどういう意図があるのか判らなくてニナは泣きそうになった。
集団ひっかけだったりしないよねと、思わず周りを見回した。
「結婚する予定の子がいるって言ってた」
「ニナと結婚する気だったからね」
「僕はニナが好きだよ。ニナは?」
「どこまで本気?」
「最初から本気」
「ラウノのことは好きだけど、結婚するって言われるとちょっと困る。そこまで考えられない。いやどうだろう。ラウノこそ高貴なご令嬢と結婚した方がいいんじゃないの?貴族的には」
「無理だよ。ニナ以外とは結婚できないって家族も判っているから大丈夫だよ」
「家族!どういうこと?」
知らぬ間に家族にまで話が回っていると。一体どういうことだと頭が働かない。
今日のラウノはちょっと錯乱しているのではないだろうか。
「だってニナは僕の番だから」
「ここにきてびっくりな発言来ちゃったよ。それ本当?いつから?」
「入学式の日に逢った時から僕の番だと判っていたよ」
あの時驚いた顔をしたのは泣いたからではなく、番を見つけたからだったのか。
「番っぽいことはしなかったね。誘拐したり、監禁したり」
「それやるとニナは僕のこと嫌いになるだろう?」
「まあ、そうだね」
「獣人だったって知らなかった。耳とかはないね」
「全ての獣人に獣耳があるわけじゃなからね」
「何の獣人なの?」
ニナがキラキラと目を輝かせながらラウノに問う。
お姉さんのところのわんこは可愛かった。あの肉球をもう一度触りたい。ラウノにもあの肉球はあるんだろうか。ピコピコの耳も実はどこかに隠してるんだろうか。
ニナの考えていることが手に取るように判ったラウノは、苦笑しながらニナを誘惑する。
「気になる?」
「気になる‼」
ラウノは自分以外の誰かがニナに近づかないように牽制し続けた。ニナに近づこうとすれば睨みを利かせ、近づかないようにさせた。
ニナは決して嫌われていたわけではない。むしろ、その素直な性根を好ましく思われていたくらいだ。だから誰も近づけないように、権威を振りかざして牽制し続けた。
獣人の番への執着は尋常ではない。それをここまで我慢してきたのだから、逃がすつもりは毛頭なかった。
「教えてよ!」
ニナがラウノの頭を撫でてみるが耳はないようだ。髪に触れるために、近づいてきたニナをラウノが抱え上げてニナを誘惑する。
「結婚してくれたら教えてあげる」
ニナはラウノに抱えられたまま見下ろしたラウノをじっと見て、どこかの次男と結婚するのとラウノとどっちがいいだろうかと考える。
結婚、結婚。
「誘拐しない?」
「攫いたくはなるかもしれないけど、しない」
「監禁しない?」
「外に出したくはなくなるかもしれないけど、しない」
後は何だったかと考える。
「生まれてくる赤ちゃんに肉球はある?」
「あるとは限らないけど、あるかもしれない」
「じゃあいいよ。何の獣人か教えてよ」
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(後日談)
「ニナさん、今度わたくしのお茶会に参加なさらない?」
提出物を教えてくれた令嬢がニナに声をかけてきた。ラウノの求婚を受けてから、級友が話しかけてくれる機会が増えた。卒業前で浮かれているのかとニナは喜んでいるが、ラウノのせいだとは微塵も疑っていない。
「でも私平民だよ。貴族のマナーとか判らないんだけど」
「ラウノ様とご結婚なさるのでしょう?今回は身内だけしか集まりませんの。練習がてらいかがかしら?」
「優しい!ありがとう」
キラキラとした目でニナが令嬢を見つめると、令嬢がはにかんだ笑顔を見せた。
「でもすぐに結婚するわけじゃないと思うよ。色々手続きとかあるんでしょう?」
「人と獣人の場合はもっと時間が短縮できるのをご存じないかしら」
「そうなの?知らなかった。どうしてだろうね」
「獣人の方が番を見つけた場合、ぼうそ……いえ、できるだけ早い結婚を望まれるのだそうですわ」
今暴走って言いかけたよね。やっぱり暴走するのか。
女の子にお茶会に誘われたと踊り出しそうに浮かれたニナを、眉間にしわをよせたラウノが見ている。
貴族のお茶会に参加して何かしでかさないかを心配しているのかな。
「週末に外出許可を取ったんだって?」
「よく知ってるね。近所のお姉ちゃんに獣人と結婚する秘訣とか聞きに行こうかと思って」
「なんで僕に聞かないの?」
「それって本人に聞くものなの?」
「あとお姉ちゃんの息子くんに会いたい!ピコピコの耳、ふさふさの尻尾、可愛い肉球!抱っこしたい!」
そこまで言ったところで、ニナの頬にラウノがかぷっと噛みついた。歯形がつくような噛み方ではないが、突然のことにニナの思考が真っ白になる。
「なにするの!?」
「獣人は嫉妬深いものなんだ。赤ん坊だろうと僕の番が他に心惹かれるのは許せない」
週末の外出許可は学園の許可は下りたのに、ラウノの許可が下りなかった。
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