本当の家族を探して
少しだけ背の高い木の上で、一羽の小さな鳥がいます。
茶色い体に黒の縞模様が混じり、顔にはくっきりと白いラインが浮かんでいる、ホオジロと呼ばれる鳥です。
枯草で作ったお椀型の巣の中で、ホオジロはじっと動きません。
卵を温めているのです。新しい命の為にじっと我慢しています。やがてもぞもぞとホオジロは動き始めました。
雛が孵化するようです。母鳥になるホオジロも甲斐甲斐しく孵化の手伝いをします。
すると四匹の雛が顔を出しました。みんな元気に鳴いています。大人になれば母鳥と同じように茶色とくっきりとした模様が浮かび……おや?
一匹だけ他とは違う装いの雛がいます。
どうして同じ雛なのに違うのでしょうか。兄弟姉妹も気になっているようです。
「ねえ、どうして君だけ体が青いんだい?」
「僕にもわからないよ」
「どうして君の体は大きいんだい?」
「僕にもわからないよ」
他の雛たちからは気味悪がられ、少しだけ距離を置かれています。
ですがそれももう一羽の親鳥が飛んでくるまで。獲ってきたエサにありつくために雛たちは力いっぱい鳴き出しました。
チチチ、チチチ、と甲高い声が響きます。
しかし青い雛だけはピー、ピーと空気が抜けたような鳴き声でした。
父鳥はそんな雛をいぶかりながらもエサを分け与えます。
親鳥たちから存分に愛を与えられ続けた雛たちはすぐに大きくなりました。
その中で一羽だけ特に体の大きな雛がいます。あの青い雛です。
大きな口で父鳥が運んできた虫を丸のみにします。ですが他の雛たちはそれが面白くないようです。
「おい! 青いの! またお前が食べたのか!」
青い雛は青いの、と呼ばれているようですがあまり親愛のこもった響きではありません。
「僕は体が大きいからいっぱい食べなくちゃ……」
「お前だけが食べているから僕らがあんまり食べられないんだぞ!」
叫ぶ雛に他の雛も同調します。
喧嘩に発展しそうな空気になると親鳥が雛たちをなだめました。
「こらこら。喧嘩はよしなさい。食事ならまた獲ってきてあげるから」
そう言い残すと親鳥は飛び去って行きました。
雛たちは不満そうにしながらも親鳥のいうことを聞きました。
そんな雛たちを見つめる影がありました。
「しめしめ。親鳥がいないぞ。今なら簡単に雛を襲えそうだ」
一匹の蛇です。狡猾で、しかも獰猛な笑みを浮かべています。
ゆっくり、しかし音を全くたてずに木の上にある巣に向かって忍び寄ります。
真っ先に気付いたのは青いのでした。
「だ、誰だお前!?」
その声に驚いた他の雛たちも一斉に鳴き出し、親鳥に助けを求めます。
「ピーチクパーチクうるさいな! でももう遅い!」
蛇は大きな口を開けて雛を丸のみにしようとします。その時です! 青いのが蛇の前に立ちふさがりました!
必死でくちばしと爪を振り回して蛇を威嚇します。思わず驚いた蛇はのけぞってしまいます。
そうするうちに親鳥が戻ってきました。
「ちえ! なんだ! 雛のくせに無駄に体の大きい奴がいるな!」
シュルシュルと樹を下っていき、草むらの中に消えました。
「みんな! 大丈夫だったかい!?」
「うん! 青いのが守ってくれた!」
「そうか。よく頑張ったな」
「……ありがとうお父さん」
褒められた青いのは嬉しそうです。他の雛たちももう青いのに白い眼を向けたりはしません。
この日を境に家族の絆は一段と深まりました。青いの、という言葉は親愛を込めて呼ばれるようになりました。きっと、この子たちは本当の意味で家族になったのでしょう。
ある日、青いのがふと上を見上げると、南から北へ、ツバメが優雅に空を横切りました。
ふと、自分の体を眺めます。
「どうして僕の体は青いのだろう」
家族の体は茶色と白、黒、くっきりした色です。自分のように青く、ぼんやりとした色ではありません。
ツバメが飛んできた南の空を見上げます。ふと、なぜか、そこへ行かなければならない、という思いが湧いてきました。それと同時にともに生まれ育った家族は、本当の家族ではないという気持ちも生まれてしまいました。
本当に血が繋がっているならこんなに姿が違うはずはないのです。
それはとても、とても当たり前のことでした。だからこそ、青いのは本当の家族に会いたくなりました。今の家族が嫌いなわけではありません。でも、本当の家族ならもっと自分を愛してくれるのではないでしょうか。
そんな不安と期待が入り混じった複雑な感情が青いのの胸中を占めていました。
そして数日後。
まだ日が昇っていない、夜と朝の間。
ひっそりと青いのは翼をはためかせます。
「行くのね?」
ですがその時、後ろから声をかけられました。母鳥です。まるで青いのの行動を見透かしていたようでした。
「うん。僕はどうしても僕の母親を知りたい。やっぱり僕はお母さんの子供じゃないと思うから」
母鳥は悲しそうに目を伏せます。
「そう。じゃあ止めることはできないわ。でも、いつでも帰ってきていいのよ」
母鳥の言葉にジワリと胸が熱くなります。でも、旅立ちを止めることはできず、南の空へはばたきました。
じっとりと汗ばむ日差しを切り裂くように飛び続けます。
青いのは本能に従い、まるで何度も往復した道であるかのように進み続けます。
その様子を見ていた美しい水色と緋色の体をした翡翠が並んで話しかけます。
「やあ。青い鳥君。一体全体君はどうしてそんなに急いでいるんだい?」
「僕は僕の家族を探しているんです。どこにいるか知りませんか?」
「へえ。君と同じような体をした鳥なら見かけたことがあるよ。海を超えて、ずっと南西に向かった先さ」
青いのは心が躍りました。自分の中の何かが確かにそこに仲間がいると告げています。
進路を南からやや南西に向けて微調整しながらまた飛び続けます。
やがて青いのはとても大きな水溜りを目にしました。
「すごく大きな見地たまりだなあ。これが海なのかなあ」
そうつぶやくと白い体に黄色い嘴をしたカモメが応えます。
「そうだよ。君は旅人のようだね。これから海を超えるつもりかい?」
「そうです。いかなければならないんです」
青いのは決然と答えます。
「そうかい。それならいいものを食べて英気を養った方がいいよ。君は泳げない鳥のようだからね。とらえやすい獲物がいる場所を教えてあげよう」
「ありがとうございます」
みんないい鳥だ。
心の底からそう思う。今まで出会った方々はみんな優しく、気に留める必要もない自分を気遣ってくれた。だから自分の家族もきっと。
海を超え、山を越え、青いのはようやくそこにたどり着きました。
からりとした陽気に聳え立つ樹。そしてそこで、ようやく青いのは自分と同じ鳥を見つけました。
「こんにちは!」
青いのは元気よくあいさつします。ようやく会えた同族に青いのは胸がいっぱいです。
「やあこんにちは。もしかして旅人かい?」
「はい。ここから北東の海を超えてやってきました」
「そうかいそうかい。随分遠くから来たんだねえ。越冬するにはまだ早いけれど、どういう用事だい?」
「僕の本当の両親に会いに来たんです」
すると同族は妙な顔をしました。
「本当の両親? そんなものを探してどうするつもりだい?」
「どうって……えっと、ひとまず会ってみないと……」
青いのには具体的にどうするという願望はありませんでした。ただ、漠然と愛してくれるのではないかという期待だけがありました。
「ふうん。でも探すのは難しいだろうなあ。私たちは親が誰かなんて気にしないからね」
「どうして? あなただって、産んで、育ててくれた両親がいるでしょう?」
「うん? 私たちはみんな、育ての親と産みの親は別だよ? 君だって兄弟姉妹を殺して育てられただろう?」
「……え? 僕の兄弟姉妹は生きていますよ」
呆然とする青いのに対して同族は納得したようにうなずきました。
「そうかそうか。君は少し遅く産まれたんだね。だから兄弟姉妹を殺す前に一緒に育てられたんだ」
青いのはもう訳が分かりません。もう話を聞きたくないと思っても、体はいうことを聞いてくれません。
「私たちにはね。托卵という性質があるんだ」
「托卵……?」
「うん。卵を他の親に預けて自分の子供を育てさせるんだよ。本当ならその親の子供が産まれる前に卵を壊すんだけど……君はそれができなかったようだね」
青いのは必死に同族のいうことを否定しようとしました。けれどできませんでした。
それが正しいのだと、そうするべきだったのだと、なぜか理解してしまえます。
「そんな……じゃあ、僕は家族だと思ってた人たちを裏切っていたの……?」
「裏切るも何も、私たちはそういう生き物なんだよ。私たちはカッコウなんだから」
いつしか青いのの周りにはたくさんの同族が……カッコウがいました。もしかしたらこの中には青いのの本当の家族もいるかもしれません。
ですが、それを確認する勇気はありません。血のつながった家族がいたとしても何だというのでしょうか。結局のところ自分を見ず知らずの赤の他人に押し付けた輩です。
そんな相手が自分を愛してくれたとして、喜ぶことができるのでしょうか。
青いのは飛び立ちました。どこへ行けばいいのか自分でもわかりませんでしたが、すぐにここを離れたくて仕方がありませんでした。
とにかく闇雲に飛び回り、夜も昼もわからずにぐちゃぐちゃな心のまま飛び続け……生まれ育った土地に戻ってしまいました。
「でも、もう会えない……」
会ってはいけない。かつての家族にとって自分は疫病神でしかないのです。
ひっそりとどこかへ飛び立とうとしました。
「あ! 青いの! 久しぶり!」
その前に兄弟が青いのを見つけました。すると他の家族も一斉に集まってきました。
「ねえ、家族には会えた?」
「元気だった? ケガをしてない?」
口々に家族は青いのを心配します。青いのはしばらく黙っていましたが、ぽつぽつと事情を説明し始めました。
自分がカッコウであること。托卵という性質。
それらをすべて語り終えた後、青いのはこう締めくくりました。
「だから僕はもうここにはいられない。いちゃいけないんだ」
しばらく誰も口を開きませんでした。
しかし、母鳥が遂にそれを破りました。
「そうね。でもあなたは私たちの家族なのよ」
「でも、本当の……」
「血が繋がっていないからなんだっていうんだ。今まで一緒に暮らしてきたじゃないか」
「そうだよ! 青いのは僕たちを蛇から守ってくれたよ」
「みんな……」
青いのはゆっくりと家族の顔を見つめます。
「僕は、ここにいていいの?」
全員が頷きました。青いのの胸に暖かいものがこみ上げます。
こうして青いのは再び家族の一員として迎えられ、幸せに暮らし始めましたとさ。