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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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孤独な終末期の過ごし方:覚悟をもっての死への取り組み

 医療に関してであるが、この旧“警戒区域”内にある被災地診療所を拠点に、“在宅診療”を実践している。言うまでもないが、すなわちそれは、患者宅にお邪魔して診療行為を施すということである。


 在宅診療が専門というわけではなかったのだが、この診療所での勤務を任された時点で、それは医者の仕事として必須となった。通いきれない患者が多かったからだ。

「要請に応じて、見よう見まねではじめた」と言うと、ちょっと不安がられるかもしれないが、まあそれが地域の実体である。贅沢は言っていられない。


 はじめてみてわかったのだが、在宅診療を希望する患者の家庭状況には、大きく分けてふたつあった。

 すなわちそれは、最後の看取りまで自宅で世話をしようという温かい家庭と、病院に連れて行くのが面倒だから家まで来てくれという冷たい家庭の“対照性”だった。

 前者には、昨今のコロナ禍において施設に入れてしまうと自由に会えなくなるという理由があり、後者には、二人暮らしで介護力が乏しくやむにやまれないという理由があったりするが、それにしても、在宅患者の二極化をみることになった。


 温かい家庭を訪問すると、たいていの場合、患者の旦那さんか、奥さんのベッドが横に並べられている。兄弟や親戚が集まっていて、和やかななかで診察が進む。

「おじいちゃん(おばあちゃん)、夕べはたくさん食べて、少し歩けたんです」なんていう会話が弾む。


 一方、冷たい家庭では、奥の暗い部屋にベッドがポツンと置かれている。家族が出迎えてくれればまだマシな方で、たいていの場合患者しかいない部屋を訪れることになる。

 話しかけても詳しい状況は伝わってこない。ご飯だけはなんとか食べた痕跡はあるが、どんな暮らしぶりなのか見当もつかない。


 現代社会における終末期の“表”と“裏”とのコントラストをはっきり感じる。


 医者の仕事は病気を治すというのが普通だと思っていたが、在宅診療を行うようになって改めて気付いたことは、上手に死なせることだった。

 介護力の豊富な温かい家庭ならそのまま畳・・・・・・、ほぼ独り暮らしで身寄りがないなら介護施設で看取る・・・、ということになる。

 前者の方が幸せな人生と思えるかもしれないが、周囲に最後まで気遣われながら逝くというのもなんだか申し訳ない気がする。後者が不幸な人生かというと、迷惑をかけずに施設で楽しく過ごしている人もいる。終末期になって、“生き切る”とは何かを、いやでも考えさせられる。


 変な質問をするが、「上手に病気を治してもらえる」という願いと、「上手に死を迎えさせてもられる」という願いとのどちらかを選べるとしたら、どちらがいいだろうか?

 年齢や家庭環境、社会的立場といった要素はあると思うが、なんの苦悩もなく、誰にも迷惑をかけず、静かにこの世から去れるとしたら、迷うことなく後者を選ぶ人もいるのではないか。


 身寄りのない天涯孤独な老人が、逝った。

 脳梗塞を契機に、僕の外来受診を続けていたが、70歳を過ぎたあたりから土地を売り、家屋を不動産に預け、成年後見人を立てることで“終活”をはじめた。

 診察に来るたびに、「はい、将来のことはだいたい決めていますから、後はのんびり余生を過ごすだけです。リハビリも順調だから大丈夫です」なんてことをおっしゃっていた。


 やがて歩行に支障をきたすようになったために、ヘルパーを雇いながら自宅で過ごすようになった。そして、訪問診療を継続するなかで、いよいよもって独居での生活が難しくなってきた。

「独りじゃ大変だから施設にでも入ったら」と勧めたところ、「まあ、しょうがないね」ということで、その提案にもなんなく応じてくれた。


 その後は施設でゆったり過ごすようになった。

 性格的に前向きでのんびり屋だからかもしれないが、他人の意見を素直に受け入れる。だから、福祉や介護の人たちもすごくやりやすい。施設での人気も高かった。もちろん、最後は、「先生に任せるけど、余計な延命はしないでいいから」と言って、なんのプレッシャーも与えなかった。


 理想的な死というのはどういうことだろうかと考える。

 開き直りが必要かもしれないが、遺産や相続や形見や墓守などの心配がまるでないのも、ある意味幸せな生涯かもしれない。

 先に冷たい家庭と言ったが、独りだったとしても計画性と本人の考え方とによっては、いかようにも変えられる。この老人は、迷惑をかけず、禍根を残さず、楽しみながら天寿をまっとうした。それだけの覚悟をもって死に取り組んでいたからだ。

 独りで潔く逝く、このことの充実がこれからのわが国にとってもっとも大切な課題かもしれない。

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