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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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東京のビジネスホテルから:集められた弟子たち

 臨床研修医としての2年間が終了した時点で、僕は大学院に進んだ。


 当たり前だが、それは医学研究を行うためである。4年間で新知見を見出し、学術論文を書き上げ、そして、その価値が認められれば“医学博士”という肩書きをいただけるというものだ。

 それだけ聞くとエリートコースのような筋書きだが、それほどたいしたものではない。多くの医師が名ばかりの“医学博士”の称号を持っている。もちろん、給料に反映されることもない。


 大学院時代の話は以前に少ししたが(第6話:『大学病院の研究室から』)、あのときのように「ツラかった、大変だった」という内容を伝えたいわけではない。

いまになってみると、あのころの自分が、ただただ懐かしいだけだ。


 僕の研究生活は、東京・御茶ノ水にある国立の大学病院に週末を利用して通うというところからはじまった。希望するテーマに関係する研究機関がそこにあったからだ。

 金曜日の夜に上京し、土・日は缶詰状態で研究室にこもり、日曜の深夜、もしくは月曜の早朝に栃木に帰るという生活だった。


 大学わきのビジネスホテルを定宿としていたのだが、ほとんど軟禁状態と言ってもよかった。妥協を許されず、研究と論文執筆は夜中まで続き、社会とも隔絶した生活を強いられ続けた。ほどなくして、プライベートを含めたいっさいを切り捨てた生活が常態化した(このあたりの様子は、第6話で詳述している)。


 深夜、ホテルに戻ると風呂に入って寝るだけ。ぐったりだった。狭い部屋にひとつだけある小さい窓からは、間近に迫った隣のビルしか見えなかった。隙間からわずかに射し込む蒼白い“月明かり”が、妙に印象深く記憶に残っている。


 20代の僕は、あのとき何を求めて、何に一所懸命になっていたのだろうか。目の前の作業をこなし、論文を読み込む毎日のなかで、いったいなにを考えていたのだろうか。

 そんなことを考える余裕すらなかったかもしれないが、医者としてはまだまだ駆け出し、研究もはじまったばかりで体力も気力も十分にあった時期だから、自身のキャリアアップと明日の医療の発展とに胸を踊らせていたのだろうか・・・・・・。おそらく、そうだったに違いない。

 大学院を修了した後も、僕は自分の大学で研究を続けた。“10年で200本の医学論文に名を連ねる(邦文・英文を含めて)”という業績は、いったい自分に何を残したのだろうか。


 十数年後、僕は研究から退き、逃げるようにして大学を辞め、自分を正当化するために被災地の医療支援をはじめたものの・・・・・・、たいした実りや充足感のないまま独りの生活を続けている。


 あのころの僕が、いまの僕の姿を見たら、なんと言うだろうか。

「将来の幸せに活かされない研究なら、やっても無駄じゃないか」と言うのか、それとも、「それでも医療の基礎となる医学研究なるものを垣間見ることはできたし、ある程度の論理的思考力を学ぶこともできた。そして何より、文章を書く抵抗がなくなり、こうした思い出をしたためることに一役かっている」と、無理矢理の申し開きを導き出そうとするのか。


 いま、僕はお茶の水のホテルにいる。

 明日の朝、机を並べながら苦楽をともにした2人の同僚に十数年ぶりに会う。研究指導医だった恩師の呼びかけで、僕ら3人の弟子(だった人間たち)が招集されたからだ。

 どうやら深刻な病気らしい。長期療養に入る前に一言話しておきたいことがあるとのことだった。


 良いも悪いも変わっていくのは常に周囲だけ。僕らが変わるなかで、あの頃と変わらない月明かりだけが蒼白く光っていた。

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