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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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過去のすれ違いから:「それまで、こんな女もいたなと思うくらいで忘れないでください」

 大学病院時代のことだ。

 卒業を控えたひとりの女子学生が、卒業アルバムに載せたいから一緒に写真を撮って欲しいという要件で尋ねてきた。こう言っては自慢に聞こえるかもしれないが、医学教育にもそれなりに携わっていたから、まあそういう学生がいても不思議はない。


「病棟実習ではお世話になりました。お陰で、無事に卒業できそうです」とのことだった。

 卒業できても医師国家試験に受からなければ何もならないので、「おめでとう」と言っていいかわからないが、まあ、受験資格が与えられたということだから、まずはお疲れ様というところだろう。


「つきましては先生、もしお時間がありましたら、私と飲みに行きませんか?」


 んっ、そういう展開?

 卒業前にちょっと世話になった先輩医師と飲もうなんてことは、大学生のノリとしてはある。そうそう深い意味はないだろうと考えていたが、これが後に大きな誤算になるとは思わなかった。


 1年後、僕は大学を追われることになり、福島の被災地病院に移った。


 そんな矢先に彼女から一通のメールが届いた。卒後、地元を離れて神戸の大学病院で研修を積んでいるとのことだった。

「研修は神戸に来てみました! ホームシックで寂しいけれど、同期に恵まれて楽しくやっています。だけど、やっぱり寂しい・・・・・・」


 僕も大学病院を辞めたことを知らせた。

 何回かのやり取りの後、僕の「がんばって立派な医師になってください」という内容を最後に、連絡は途絶えた。最初は寂しくても、若ければどこだって適応できる。彼女からしてみれば、暇つぶしの近況報告だっただろうし、ほどなくして、僕の日常から彼女は消えた。


 そして、いつの間にか5年の月日が流れた。僕にとって、福島での医療が生活の一部となった。


 ある日突然、その日はやってきた。

 再びの近況報告から始まる彼女からのメールには、地元に帰省してきた旨が記されていた。それと同時に、「先生はご結婚されましたか?」という質問が添えられていた。


 彼女の身の上に何かあったのかもしれない。

 僕の返答としては、仕事ではそれなりの充実を示せてはいるものの、プライベートにおいてはけっして順調というわけにはいかない、むしろいまの惨状をありのままに述べた。

 さらに、「キミはどうなの?」という疑問も忘れなかった。


「私は子供が2人います・・・・・・。が、独りで育てています」という短い返答だった。

額面通りに受け取るなら、彼女は神戸で知り合った男性と結婚した。子供を2人もうけたが、理由があってシングルとなった。“だから”なのかはわからないが、故郷に戻ってきたということなのかもしれない。


「離婚・・・・・・というか、彼はもう亡くなりました」


 なんと、死別していたのだ。

 どう言ってあげたらよいのかわからず、しどろもどろの返信になってしまったが、「大丈夫です、打ち明けたのは私ですからお気になさらずに。再婚したいのもやまやまですが、そのためには、子供を優先してくれる人と出会えなければ・・・と思っています」とのことだった。


 結婚相手も医師のようだったが、亡くなった理由は明かしてくれなかった。妻子に対して良き夫であったことや、もしかしたら過労による疾病だったのではないかという推測を交えて、無念と労いとの気持ちを伝えた。


「医師同士ってスレ違いが多いから、私もほとんど一緒に生活していませんでした。『おはよう、行ってらっしゃい』くらいの挨拶でした。朝飯を作ってお弁当を渡して、夫が帰ってくる時間には、私は寝ているから、テーブルに夕飯を置いておく、そんな生活でした。DVされたことがあって、親に助けてもらったこともあります。そんなもんです。相手は他に女もいたし・・・・・・、いろいろです」


 なんと、夫は浮気をしていたのだ。

 どう言ってあげたらよいのかわからず、しどろもどろの返信になってしまったが、「それは仕方がありませんし、済んだことです。でも、本当にいろいろあるのです。実は、下の子は先天疾患をもっていて、それを理解してくれる人でないと・・・・・・、再婚はできません。条件が多過ぎます」


 なんと、お子さんのひとりが先天性疾患を有していたのだ。

どう言ってあげたらよいのかわからず、しどろもどろの返信になってしまったが、「んー、ショックと言うか、パニックですね。何とも言えない感情でした。生前はひどいヤツと思っていましたが、やはり子供にとっては、どんな男でも父親ですから。会えないことを理解していないし(息子はもう理解しているかな?)、がんばります! とりあえず、子供が大きくなるまでは」


「寂しい・・・」と言っていた彼女は、強い女性へと変貌していた。

 知らない土地での研修、結婚、DV、夫の不倫、死別などなど・・・・・・、そして、そのメールの行間には、僕と連れ添って行った飲み屋さんのこと、卒業アルバムの写真を一緒に撮ったこと、実習中のエピソードなどの思い出も綴られていた。

 彼女とのささやかな記憶がフィードバックしたが、それにしても今回のメールの意図はどういうところにあったのだろうか?


「○○で、先生とご飯を食べて飲んだのを覚えています。その時にいろいろお話しして、『素敵だなー』って思いましたもん♪。私は“卒アル”を先生と撮りたかったから、実習の仲間に頼んでお願いしに行ったのよ。また飲みに行きたい・・・・・・」


 ちょっとした(過去の)告白のようなニュアンスを含んでいた。そして、いまでも・・・・・・、あわよくば付き合ってもらいたいというサインなのか! 子供を理解してもらいたいという要求なのか?


 僕は、福島に来て、それなりに目的をもって暮らしていることを伝えた。

 それならそうと、もう10年早ければ・・・・・・、いまの僕には彼女を幸せにしてあげられるような気力は持ち合わせていない。


「福島は、きっとまた違うものを得られる場所なのですね。だから先生は、いまもずっとそこにいるのだろうと思っています。いつかおうかがいしたいです。まだ子供に手が掛かるから行けないけれど、いつか…頑張ります! それまで、こんな女もいたなと思うくらいで、忘れないでください」


「がんばって立派な医師になってください」という、若き日に僕が伝えた言葉は、違った意味で彼女にがんばりを与えたのかもしれない。

 このメールを最後に、すでに2年が過ぎた。もう一度、僕の日常から彼女は消えていってしまうのだろうか・・・・・・。

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