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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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フラれた女との過ごし方:「・・・後悔しない?」の裏側

「・・・・・・後悔しない?」


 男が女性から、こんな言葉をかけられる瞬間というのはどういうときだろう。


 いきなり難しいことを問うたような気がするが、それほど悩むことでもない。性愛行為におよぼうとしたとき、その雰囲気のなかで女性から耳元でささやかれる一言である。

 すなわち「ワタシに手を出して責任取れるの」ということだ。


 その女性は、長く付き合っていた男と別れた。彼にも言い分はあるのだろうけれど、男の気持ちが離れていったことが原因だった。

「いいヤツだったけれど仕方ないのかな。ワタシもわがままだったし・・・・・・」

 スレンダーだがメリハリの利いた体つき、一重まぶたですっきりした顔立ちの彼女の口元からため息が漏れた。


 同じ現場に同期で入職した僕は、この切ないグチをひたすら聞かされる立場に置かれてしまった。もちろんそれは、ある程度自分から進んで、己が買って出た行為だった。下心がないと言えば嘘になるが、それでも同僚として彼女の力になりたいという気持ちはあった。


「長く付き合っていると、お互い嫌な部分が見えてくるのかな。そういうものが耐えられなくなった時点で別れが訪れるのかも」という、誰にでも言えるような、慰めとも言い訳ともつかぬような言葉をかけたことを覚えている。

 これまで僕も何回かの別れを経験していたが、たいして深刻でなかったから、そんな悠長な感想しか言えなかったのかもしれない。


「でもね、別れって時が経てば忘れられるというものではないみたい。時間が経てば経つほど、どうしてあのときこうしてあげられなかったのか、とか、なぜあのときあんなことを言ってしまったのか・・・・・・とか、そんないまさらどうにもならない、くだらない後悔を抱くのよ」

 僕のケースとは比較にならないほど深刻な別れだったようだ。

「プレゼントの全部は処分できない・・・、たまに嗚咽を上げてしまうこともある・・・」と打ち明けられた時点で、僕はもう何も言えなくなった。


 それから、どちらからともなく誘い合い、飲みに行ったり食事に行ったりする機会をもつようになった。相変わらず、放っておけない気持ちが持続していたからだ。

 ただ、彼女に対して特別な感情を抱くことは、意識的に避けた。同情しても意味はないだろうし、励ましたところで解決には導けない。余計な想いを押し付けても迷惑だろうし、会話を楽しむような関係を続けていれば、そのうち時が解決してくれる。それが一番いいと思った。


 静かに数ヶ月が過ぎていった。

 が、しかし、離別の話題が彼女から完全に消えることはなかった。会話の途中でも、ときおり宙を見つめることがあった。僕のことをどう思っているかは知るよしもなかったが、別れ際にはきまって、「今日も悪かったね、でも、いつもありがとう」と言ってくれた。


 気分よく飲んだある日の帰り道、僕は、「ちょっとゆっくりしていこうか」というような言葉をかけてしまった。「傷心を癒したいと思って自然に出てきたセリフ」と言えば正当に聞こえるが、こころの隙間につけ込んだということかもしれない。いや、はっきり言う、きっとそうだ。

 彼女はされるがままに、僕の行為にしたがった。


「後悔しない?」のたった一言に、すべての想いと未来とが詰まっていた。

 それはつまり、「オマエは、いまのこのワタシの気持ちをすべて受け入れる心づもりがあるのか」ということなのだろうけれど、でもそれ以上に、「アナタへの――要するに、僕への――この気持ちは一時であって、傷心が癒えた後まで続くかどうかわからない」という、正直な彼女の心情を代弁していた。


 迷ったあげく、彼女の不安に対して、勇気とプライドと理性とをもってその行為を中断する・・・・・・ということにはならなかった。それはきっと、互いへの儚い納得だったのではないか。


 別れた女性にとって、「時間が解決してくれる」は、半分は本当で半分は誤りである。確かに時間は必要だろうけれど、大事なのはその時間の過ごし方である。悲しみと付き合っていくには、その身もだえするほどの気持ちとどう向き合うか、どう関わり合うかである。

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