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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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人生の選択から:過ちを前提とした生き方

 振り返ると僕の人生、数々の場面において、「選択が違っていたらどうなっていただろうか」ということを考える。


 職場の選択、研究テーマの選択、恋人の選択、結婚の選択、もっとさかのぼるなら男子校の選択、医学部の選択である。

 男子校に行っていなかったら医者を目指すこともなかったような気がするし、医学部に行かなければ、僕のことだからしがないサラリーマンでもやっていただろう。もしかしたら、そんな仕事の方がのんびりマイペースで、性に合っていたかもしれない。

 職場や研究テーマが違ったら上司が変わり、出世の方向性も変わる。幸か不幸か大学准教授という地位まで上り詰めたが、そんなものはいまとなっては何の役にも立たない。

 出会う女性も変わってきただろうし、結婚相手が違えば、いまのように独りではなかったかもしれない。子供がいればさらに変わったはずだ。

 

 そしていま、被災地に来なければ、それはそれでまた違った半生を歩むことになっていたであろう。考えるだけ無駄だが、やり直しの利かないところが人生であって、確かに面白いところでもある。


 いずれにせよ、どういうわけだか僕は医者になり、長い間この世界に根を下ろしてきた。

 ちょっと言いにくいが、僕の記憶のなかには、やむを得なかったとはいえ、ちょっとだけ後悔している患者が2人いる。つまり誤診だ。


 1人目は、いわゆる“結核性髄膜炎”の診断の遅れだった。

 本疾患の診断確定はひじょうに難しく、しばしば“ドクターズ・ディレイ”と呼ばれて、論文等でも注意喚起が促されている。

 僕はこのとき3年目の医師だった。髄膜炎の診断は髄液検査によって容易になされたが、病原菌の同定が難しかった。当初はウイルスによるものと考え抗ウイルス薬を投与したが、ちっとも効かないどころか症状は日に日に悪くなる。意識障害が出現した時点で結核を強く疑ったが、賛同する上司や同僚はいなかった。さまざまな分野の感染症専門家に相談したところ、1人だけ僕の診断を推すものがいた。結果、結核の治療に踏み切ることができたが、そこに至るまでに数日を要してしまった。


 もう1人は、“くも膜下出血”を見逃した。やはりこれも当初は髄膜炎を考えたものの、後になって本症と診断を改めることになった。最初から脳神経外科医に任せていればよかったのだが、善意で診療を引き受けた自分の落ち度だった。

 どちらの患者も若かったために最悪の事態は避けられたが、不利益を被らせたことは事実である。


 結果論になるが、この2症例においては、「自分の信念を貫く」、「他人の意見に耳を傾けて従う」、「最初から全面的に人に頼る」という3つの解答が存在したと思うのだが、そんな真逆とも言える決断を、若い自分がその場で正しくくだすことなど到底できなかった。


 さまざまな理論と原理とを勉強して医者になったが、実臨床でまず経験したことは、正しい医療とか、理屈とおりの身体というものではけっしてなかった。これまた、そういうものとは真逆であるところの、“不確定”と“不条理”とであった。

 突然襲いかかる病気に対してとりあえずの病名を告げ、これからどういう事態が起こるか想像できないなかで診療を継続する。「自分は正しい」と感じるよりも、「自分は間違っていないか」という検証のために多くの時間を割いて生活することになる。「人間として許されることをしているのか」という自問は、普通の暮らしの中ではあまりないことだろう。


「だから過ちは仕方がない」と言いたいわけではない。「過ちを前提として、そうなったとしても被害を最小限に食い止めるにはどうしたらよいか」という考えのもとで、診療計画を立てる必要がある。


 過ちを繰り返してきたような人生だったが、不確定と不条理のなかでもがき続けるこの仕事が、実は自分には合っているのかもしれない。「ためらいと迷いのなかで、ときに過ちを犯すような人間でなければ医療は務まらない」と言っては、自己弁護のし過ぎか・・・・・・。

 これからもまだまだ選択を迫られる人生が続くだろう。過ちを前提としていれば、危機管理能力も高まるというものである。自戒の念を込めて、いまはせめてそう思うしかない。

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