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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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万年筆の記憶から:ギャル風のファザコン娘

 30代最後の歳のころだ。この業界では、ギリギリ「若手だよね」と言われる最終関門を通り抜けるか抜けないかの時期だろうけれど、いい大人であることは間違いない。

 相手は20代半ばの女性で、これまた「賞味期限内だよね」と言われる瀬戸際だった。そんな二人のわりとピュアな関係について語る。


 20代半ばと言ったが、見た目はギャルに近い。髪の毛は少しだけ茶色で、ややソバージュがかっていた。と、思っていたのだけれど、ほとんど地毛だと後で知った。束ねていたから最初はわからなかったけれど、肩甲骨が隠れるくらいの長さはあった。

 年齢の割には幼い印象だが、わりと気っぷはいい。そんな女性と知り合った。

 職業は保育士、出会いのきっかけは保育園の健診に行ったことだ。


 当時というか、いまもだけれど、僕は万年筆をときどき使う。このときも、持参した白衣の胸ポケットに、いつもの万年筆がささっていた。おもむろに取り出したところで、「あっ、先生、万年筆使うんですね」と声をかけられたのだ。

「えっ、あっはい・・・・・・、いまはほとんど電子カルテなので出番は減りましたけど、以前はカルテを書くときに使っていましたし、今日は、紙なので使おうと思って」

 健診で診た所見を、指定用紙に記入していく作業があるからだ。


「アタシもペン好きなんですよね。万年筆も持ってみたいと思ってるんです」

 まあ、ステーショナリー女子というのもいるだろう。別に特別なことではない。ひけらかすつもりはなかったけれど、健診の合間、万年筆に関する僕の想いのような話題が続いてしまった。

 モンブラン、ペリカン、アウロラ、デルタ、ビスコンティーといった銘柄や、ペン先のサイズや固さなどを説明した。そして最後の「少し物書きの仕事もしているから、ゲラの校正なんかは赤の万年筆を使っているんだよね」という一言だった。

「赤の万年筆?」

「アウロラの“オプティマ”という赤いセルロイドのような素材で造った・・・・・・(省略)。それがすごい気に入っていて、赤インクを入れているんだよね」

「そうですか、それはカッコよさそうですね・・・・・・、今度、見せてください!」


 マジか!? この人・・・・・・。一応メール交換を済ませた。


 1ヶ月くらいしてからだろうか、銀座“伊東屋”でもよかったのだが、僕らは青山の“書斎館(しょさいかん)”に向かっていた。そこまで言われたら、いい大人として万年筆を買ってあげようということになる。しかもちゃんとしたところで。

 広い店内ではなかったけれど、ショーケースにきれいに陳列され、照明によって輝いた万年筆を見ているとちょっとした宝石店に来ているようだった。いや、僕らにとっては宝石以上の価値のある場所に思えた。プロの目利きによって、“万年筆初心者”の彼女は、――でも僕の影響を受けてか――、“ミニ・オプティマ”の緑を選んだ。

 万年筆から生まれた不思議な関係だった。


 それから、たまに食事に行ったり、飲みに行ったりするようになった。男としては、落ち着いた雰囲気の場所の方がきっといいのではないかと勝手に思うのだが、彼女は居酒屋レベルのやかましい飲み屋の方を好んだ。

「高くないところでいいよ」

 気遣いなのか、かしこまったところが苦手なのか、きっと両方だと思う。というのは、けっこう飲む娘だった。そして、酒癖がすこぶる上品というものではなかった。いつも少しだけ飲み過ぎて、少しだけ世話が焼けた。

 僕はあまり飲めないので、ほとんど酔うことはない。彼女を介抱する役回りとなっていた。それはつまり、肩を貸した方が安全かなと思う程度の千鳥足で店を出るのが常だった。


 家族の話をよくしてくれた。歳の開いた弟と妹とがひとりずついて、お母さんがいる。普段は寮に住んでいるが、週末は実家に帰る。どうやら父親はいないようだった。離婚したのか、亡くなったのか、そこは尋ねなかった。


 ある日、ちょっとだけいつもより飲んだかな・・・、でもこれくらいはいつもくらいかな・・・、と思われる量の酒を飲んだところで、彼女は酔い潰れてしまった。僕の車に乗せた時点で、すでに爆睡状態だった。

 選択肢は3つ。実家に送るか、寮に送るか、どこかに宿泊するか。

 最初の2つは、この状態では届けられない。実家は論外、寮に送ってもいろいろ面倒なことになるだろう。つまりは一泊できるところを探すしかない。


 若いころの自分だったら迷いはなかったと思う。が、しかし、僕もいい加減いい歳だし、おっさんみたいな言い方になるけれど、彼女も嫁入り前である。考えた末に、ビジネスホテルに連れて行くことにした。

 洋服は皺になるから脱がせた方がいい。下着類はすべて見たけれど――そこそこセクシーなランジェリーだったけれど――、それ以上の手は出さずに、浴衣を着せた。

翌朝、服を着替えさせたことに関しては何も言わなかった。「ちょっと飲み過ぎたみたい」というような言い訳をしていたけれど、酔い潰れた真意のほどはわからなかった。


 よくあることかもしれないけれど、彼女はやはりファザコンなのだろう。父親のいない家庭で育ち、弟と妹のためにお母さんを助けながら働いている。少しだけ大人の男に甘えたくなる気持ちもわからなくはない。

 抱きかかえるくらいのことは、しょっちゅうだったけれど、それ以上に進展することはなかった。繰り返し強調するとかえって気持ち悪いと思われるけど、僕もいいおっさんだから、20代の娘をどうこうしようなんてことは考えなかった。


 だからもちろん付き合っていたわけではない。連絡がなければ、僕も連絡をすることはない。そういうなかで、少しずつ連絡は途絶えていった。きっと、いい意味で僕がいらなくなったのだろう。そう思っている。

 こういうのをプラトニックというのか、純真というのか、ピュアというのか、そんな格好いいものではない。僕にとってはもったいないし、恐れ多いと思っていただけだ。


 こういう娘が、なぜ万年筆を欲しがったのか? 答えは簡単だ。きっと、父親がよく使っていたのだろう。

 オプティマを使うたびに彼女を思い出す。


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