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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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バイオリンリサイタルから:要は集団行動が苦手なだけ

 スポーツ観戦に興ずる人たちがいる。サッカーや野球といった球技で目立つ。それは、アイドルや有名アーティストのコンサートなんかにも言えることであり、とても盛り上がっている一団を見かける。

 もちろん、その対象物をこよなく愛しているのはわかるし、楽しもうという気持ちもわかる。でも、自分の身内というわけでもないのに、単に好きだからという理由だけで、「よくそんなに熱くなれるな」と思っていた。


 のっけから感じの悪いことを言って申し訳なかったが、でも本当にそう思っていた。

 バンドを組んでいた過去があるから音楽は好きだし、これまでも、芝居を観に行ったり、野球の応援に行ったりしたこともある(ちなみに、芝居を演じたことはないが、少年野球の経験はある)。

 静かに感動することがなくはなかったけれど、そこまで熱くなることはなかった。スタンディングオベーションはかったるいし、オーディエンスなんていう言葉も嫌いだった。


 で、復興支援ということなのだろう。原発被災地に、バイオリニストの千住真理子さんが来ることになった。町の小さな体育館にもかかわらず、リサイタルが開催されるのだ。

 ソロだろうが、アンサンブルやオーケストラだろうが、クラシック音楽自体嫌いではない。こう言ってはなんだが、クラシックCDだけで500枚は持っているだろう。

 僕は、だいぶ以前に、彼女の演奏を独りで観たことがある。東京の紀ノ国屋ホールだった。生意気を言うようだけれど、それはもちろん悪くない音色で、心に染み入る名演奏だった。帰路につく足取りは少しだけ気高く、満ち足りた気分に浸れたことを覚えている。


 でも、やはり熱くはならなかった。


「なんて、冷めたヤツだ」と言われるかもしれないけれど、きっとそれは、音楽は黙って聴くものであって、観て騒ぐものではないという意識があるからだろう。


 パイプ椅子の並べられた客席の指定はなかったので、早めに到着した僕は、最前列の、向かって斜め右の席を選んだ。演者との距離は、5メートルにも満たなかったであろう。


 バイオリンといえば、優雅な楽器である。お金持ちの、おセレブのための演奏というイメージがある。

「演奏経験がないから」というのは深く納得のいくところだし、真理子さんの技術たるや、最高峰にあるというのも理解しているつもりだし、さらに、こんな貴重な機会は二度と得られないだろうということも重々承知のうえで、それでもなお批判を覚悟で明かすと、おそらく僕は、寝てしまうだろう、ということを感じていた。

 失礼があってはいけないと知りつつも、僕は最前列を選んでしまった。


 曲にまつわるエピソードや、福島との縁などの軽いトークを交えて、リサイタルがはじまった。

 イメージ通り、風情、趣、優美といった、どう表現していいかわからないけれども、ゆったりと洗練された演奏が何曲か続いた。こういうのを聴いていると気持ちよくなってくる。案の定、少しだけ眠くなってきた。

 が、しかし、5曲目あたりで急に展開が変わった。

 突然のアグレッシブな弾奏に度肝を抜かれた。体勢を整え、筋肉を硬直させ、血管を浮き立たせ、骨格をきしませ、その鬼気迫る表情に対して、優雅とは対極に位置する気迫のこもった、観ようによっては狂気に満ちた演奏が始まったのだ。


 それは、遠くから眺めただけではうかがい知ることのできなかった表現だった。

 奏でられる音色からは想像のできない、人間として備わっている本性というか天質というか、生命力のような部分が観察できた。

 5メートル以内の距離だからわかる、息づかいと鼓動、それはまさにスポーツをも越えたバイオリンという楽器との格闘だった。


 これを観れば誰でも同調して熱くなる。どんなスポーツや芸術でも、真剣であればあるほどその熱は伝わるということに、この歳になって、いまさらながら気が付いた。

 そういう意味では、本物の熱量というのを、僕は知らなかっただけだった。


 周りを見渡すと、他にも熱くなっている様子の人がいた。だが、さすがにクラッシクのリサイタルのなかで歓喜の声を上げる人はいない。じっと聴き入っているだけだ。


 狂喜に沸く人たちというのは、たいていの場合において集団だ。独りで盛り上がる人はあまりいない。尋常でないほどの喜びを表現する人というのは、そういう人同士、気持ちが伝搬するのだろう。

 だからもうひとつ、そういう意味においてさらにわかったことは、僕にとって、要は集団行動が苦手というだけだった。


 いつか、歓喜の声を上げてみたい。

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