“恋愛映画”から:危なっかしい恋のために
映画の思い出というのは、誰にでもあると思う。
内容の面白さによって印象付けられた映画も多いが、誰とどういう状況で観たか、ということの方が思い出に残っている映画もままある。
まずは、小学生のときに観た『キタキツネ物語』だ。
クラスメイトの女子2人に誘われて、僕ともう一人の男子と4人で映画館に行った。
女子と一緒に初めて映画を観たという点において、印象深く心に刻まれているが、そのもう1人の男子というのが、クラスの人気者だった。女子の目的は、当然ソイツということになる。僕は単なる数合わせで呼ばれただけなのかもしれない。
映画には、ワナに掛かって死んでしまったキツネも描かれていた。僕にとって、とてもせつない記憶として残っているが、それはもしかしたら、“おまけ”扱いされたせつなさとの相乗効果なのかもしれない。
中学・高校くらいはアニメ映画が中心だった。
彼女なんてもののいない暗い思春期だったので、今回は、この時期の話しはしない。
そして、大学時代。少しだけ女子と付き合えるようになった僕が、正真正銘二人きりで観た初めての映画が、『ラブ・ストーリーを君に』だった。
白血病という不治の病にかかった少女(後藤久美子)と、家庭教師をしていた大学生の青年(仲村トオル)とのプラトニック・ラブがテーマだ。まさに、“病気系”恋愛作品の王道映画であった。
自分たちもまだ、恋愛初心者みたいなところがあったから、だいぶ緊張していた。
しかしながら、その彼女とは、この映画の日を最後に別れてしまった。
いまの自分の恋心と映画とのギャップを大きく感じたことを覚えている。人を愛する行為というのは、ここまで深く、このような覚悟が必要なのか、そんな恋ならしない方がマシだ。
恋愛と向き合いたくなかっただけなのかもしれないが、いずれにせよ、この映画もせつなさだけが思い出として残った。
社会人になってからだが、ホテルの部屋で、彼氏のいる女性と『マディソン郡の橋』を観た。その女性との関係は、第7話の”看護師さんから”で紹介した。
彼女は、すでに1回観たことがあり、「面白いから観てみて」という薦めにしたがい、彼女は2回目、僕にとっては初めての鑑賞だった。
アイオワ州マディソン郡で暮らす45歳の主婦と、52歳の写真家とにおける不倫の恋物語であった。
「たった4日間だけの本物の恋」というストーリーではあるが、立場のある主婦は、写真家との道を選ばなかった。この映画が感動的なのは、愛の炎を互いに秘めながら、別れて、死ぬまで相手を想い続けたところにある。
僕らの未来を暗示しているような気がして、僕は感慨に耽りながら、自分事として感情移入できた。彼女もそのつもりで鑑賞してくれた・・・・・・、のか、どうかわからないが、薦めたのは彼女なのだから、無理にでもそう思いたい。
いまでも僕は、この映画を、哀切このうえない恋だと思って愛して止まないのだが、観たことのある周囲の女子は、たいてい「ぜんぜん面白くない、大嫌い」と言う。たった4日間で女を落として、人生を狂わそうとした、その男の身勝手振りが気に食わないらしい。
そんな女子に対して、僕は内心、「せつない恋などしたことのないキミには、永遠にわかるまい」と思うのだが、冷静に考えれば、女子の言うとおりである。
僕も彼女を傷つけなくて良かったと思って、いまは納得するしかない。
ここまで述べてきて、思い出に残る映画は、たいていの場合、内容もさることながら、一緒に鑑賞した相手との恋においても、すべてせつない結末を迎えているということに気が付いた。
封印していたのだが、『ボディーガード』もあまりいい思い出はない。
これを一緒に観た相手は、こともあろうか、先輩の彼女だった。歌姫とボディーガードとによる純粋な大人のラブストーリーだったのに、ガードしなければならないのは自分自身だった。
なんか、少しドロドロした話しになってしまって申し訳なかったが、ここでひとつの仮説が生まれた。
“恋愛映画”は、恋人たちのためにあるのではない。もちろん独り身の人のためでもない。危なっかしい関係にある男女が、心の隙間を埋めるためにあるのだ。
良好な関係を築いている恋人同士は、何も恋愛映画なんてものを観る必要はない。自分たちの恋が真実であり、唯一無二である。他の男女の恋路なんかに興味はない。
だから、そういうカップルよりも、不倫の恋であったり、背徳の愛であったり、いつ別れるかわからない、あるいはまだ恋人関係には至っていない、不確実な関係にある男女が、何らかの感情を込めて観るのが、恋愛映画なのだ。
そういう映画を観て、どのような感情を抱き、どのような転帰をたどるのか、それは人それぞれだろう。
ずっとずっと、ラブロマンスものを観ていない。いまの僕にとって、せつない想いができるなら積極的に観てみたいとすら思う。




