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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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ママ友から:利用されても仕方ないか

 かすかに記憶のある名前の女性から、いま僕が働いている職場あてに、直接電話がかかってきた。

 取り次いだ事務からの伝言によると、「大学病院で、以前先生にかかっていた患者さんのようです」とのことだった。

 顔は思い出せない。したがって病名も思い出せない。が、しかし、病院に電話をかけて寄こすくらいだから「体の調子が悪いのかな」と思い、電話に出た。


「平川です、覚えておいでですか?」というのが、第一声だった。

「平川さんでいらっしゃいますか・・・・・・、すみません、うろ覚えなのですが、僕が大学病院にいたときに診察させていただいた患者とうかがいました」

「はい、先生に診ていただきました。重症筋無力症(きんむりょくしょう)の平川です」


 10年ほどの年月は経っていたものの、特徴的な病気なので、記憶はすぐ蘇ってきた。

 確か、すでに診断されていたものの、治療選択のセカンドオピニオン*を目的に相談に来られたのだ。症状、所見、検査データなどから、僕は、「診断に間違いないようなので、このまま“胸腺(きょうせん)摘除”という手術を受けられた方がいい」と返答した。筋無力症という免疫の病気では、根本的な治療として、胸腺という胸にある臓器を取り除く必要があるからだ。

 

 僕の意見が決め手になったかどうかわからないが、彼女は手術の意向を固め、地元の総合病院でそれを受けた。それは胸の谷間を大きく割く術式だった。

 というところで、僕の診療は終了していた。


「筋無力症の状態がどうなっているのか、少し気になりまして・・・・・・。ときどきだるいし、疲れやすいので」

 筋無力症だから、疲れやすいとか、だるいというのはよくある症状である。病気の再燃だとしたら厄介だ。

「診察してみないとなんとも言えないですが、福島のこの病院まで来られますか?」


 数日後、3時間をかけて彼女はやってきた。

 久しぶりの再会だった。37歳、2人の子のお母さんになっていたが、見た目はそれほど変わっていなかった。白ブラウスにデニムコーデという出で立ちだったが、長身で、スタイリッシュな容姿を維持していた。


 病気の再燃だとしたら少しまずいことだが、結果的に、そういうわけではなさそうだった。

「病気自体は落ち着いているようですが、なにかメンタル的な問題はないですか?」

「うーん、まあ、あるようなないような・・・・・・です」

 なんかはっきりしない。

 久しぶりだったから、自分の受け持ち患者という感覚はない。懐かしさから少しだけ世間話をして、大丈夫そうだから様子をみるよう促して、その日は終わった。


 間もなくしてライン通知が来た。

「仕事を辞めたから、いま、お昼どきは暇なの。ランチでもどう?」

「こっちは仕事しているよ」と思ったけれど、ちょっと訳があって、僕もいま金曜日は仕事をしていなかった。

 ということで金曜日の昼、つくば市内のイオンで待ち合わせをして、その後連れて行かれた店は“お好み焼き屋”だった。しかも、ママ友ひとりを連れて。

 僕としては、2人で会ってもまったく問題なかったが、3人での会食となった。


 医学的な話しはそこそこ、仕事(を辞めた)話、人付き合いの話、ショッピングの話、実家の話、子供の教育の話、そんなものが話題の中心だった。主婦の会話だから、それはそうだろうなと思ったのだが、僕の方は、転勤したり、うまく人と馴染めなかったり、浪費していたり、離婚していたり、子育てなんかしたことなかったりということだから、ママの生活において、役に立つ話しはまったくできなかった。


 がしかし、主婦にとっては、そういう道を反れた人間の話しの方が食いつきがよかった。

「木痣間さん、変わっていて面白いよね」ということで、それから4、5回、同様のランチに誘われた。メンバーはときに4人から5人に増えた。要は、話題提供のために、いいようにママ友の食事会に付き合わされたというだけだった。

 

 でもやはりそこは女性たちの集まり、恋愛の話しになる。つまり不倫願望だ。いくつになっても、どんな立場になっても女性は女を忘れない(人もいる)。

 なかには旦那さんとの関係で、相当の不満を感じている人がいた。それは、当の筋無力症の彼女だった。すなわち、そういうストレスが体調不良の原因だったのだ。

「『昼顔』見たわ。ワタシだったら、もう少しうまくやる自信あるわ。最悪バレたら仕方がないという感じよね。向こう(旦那さんのこと)のほうが悪いし」

 女性は、結婚と出産とを契機に、“主婦”と“母”とに役割を変える。それはそれで自然なことなのだろうけれど、うまく切り替えられない人もいるようだ。


「先生が勧めたから、ワタシ手術を受けたのよ。この胸のキズを見てください。もう誰にも見せられないカラダになってしまったのよ」

「ううん、まあ、そうかもね」と言うしかなかったが、「先生は奥さんとうまくいっているの?」という質問に対して、「いや、離婚してシングルなんだ」と正直に答えるか、「うん、うまくいっているよ」とごまかすか、一瞬悩んだが、とっさの判断で、「お陰様で、それなりに順調です」と、うわずった声で答えたのだった。



*セカンドオピニオン

患者が納得のいく治療法を選択することができるように、治療の進行状況、次の段階の治療選択などについて、現在診療を受けている担当医とは別に、違う医療機関の医師に「第二の意見」を求めること。

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