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形だけ大人になった僕たち  作者: 木痣間 片男(きあざま かたお)
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医者の言うことより、よほど力のあること

 最近の診療に関して、いや最近というわけではなく、以前からだったかもしれないが、でもやっぱり最近感じるのは、いわゆる“生活習慣病”に対する助言だ。


 顔面神経麻痺を呈してはじめて糖尿病が発覚したとか、脳出血になってようやく高血圧と向き合うことになったとか、「血液がドロドロです」なんて言われて脂質異常症というものを知ったとか、そういうような人が後を絶たない。


 たいていの人は太っているか、愛煙家か、運動不足か、大酒飲みか、ストレスかのいずれか、あるいはすべてを有している。


 そこで、医者の正論として「そういことがないよう注意しましょう!」なんてことを言いたいわけではない。もちろん、生活習慣を正せばこうした疾患の発症率を減らせることは明白であるが、そうすることが本人にとって楽しい人生かどうかは、また別問題である。


 脳梗塞を2回やったにも関わらず、ダイエットのできない50代前半のバツイチ糖尿病患者がいた。

 ホテル内に料亭を構える板前である彼の言い訳は、「忙しいから運動できない」と「味見をしなければならない」だった。それから、「普段の食事も、ついつい適当に済ませてしまうので」とのことだった。


 1回目は小脳、2回目大脳皮質という部分の梗塞だったから、幸い麻痺という症状はなかった。だから、それほどの後遺症に苦しむこともなかった。それがかえって、彼を病識から遠ざけてしまったのかもしれない。

 それでも2ヶ月に1回の外来受診には、注意を受けるとわかっていても必ず現れた。が、しかし、「来なくなったら本当にヤバいと思うので必ず来ます」と言っているわりには、「今月は宴会シーズンだったから」とか、「暑くて走れなかった」とか、「缶コーヒーは微糖にしたんです」とか、「タバコはだいぶ減らしましたよ」とかの釈明に終始するのだった。


 こちらの「薬増やしましょうか」とか、「インスリン注射にしましょうか」とかいう提案には応えてくれない。「薬は増やしたくない」の一点張りだった。

 前向きなのか後ろ向きなのか、治療に積極的なのか消極的なのかよくわからない。

 毎回採血をして、淡々と事実を伝え、リスクに関する注意を促す以外にやりようがないし、だんだん事務的な対応になっていくのは避けられなかった。


 そんなこんなで、彼の営む料亭においても昨今のコロナ禍の波を受けることになった。客足は日々遠のき、売り上げは如実に激減。見事に仕事は減った。

「コロナでお客さんが減ったからだいぶ暇になっちゃいました。稼ぎが下がったのはつらいけれど、自分の身体を見直すいい機会だから、ちょっと歩くようにしています」ということを打ち明けてくれた。

 とりあえず前向きさを示してくれた。


 飲食店に与えたコロナの影響は計り知れないものがあったが、彼にとってはこういう機会でもなければどうなったかわからない。

「収入が減ってしまったのは大変でしょうけれど、ウォーキングにはお金がかかりませんから、この機会に運動の習慣を身に付けてください」と投げかけた。


 僕が、何度も何度も口酸っぱく説明してきた内容よりも、コロナの方に彼を変える効果があったのだ・・・・・・。が、まあそれはいい。


「でも、1回、2回歩けばいいというわけではありませんよ。続けなければダメですからね」

 せっかくはじめた運動の取っ掛かりに対して、継続するようクギを刺した。


「はい、先生、実はオレ再婚したんスよ!」


「えっ、そうなんですか! いつの間に?」


「2ヶ月くらい前ですかね、新しい奥さんは30代です。これからも働かなきゃいけないから病気になってなんかいられないんですよ」


「木痣間先生の言うことを守って」と言ってくれなくてもいいけれど・・・、医療の力なんてコロナと新しいお嫁さんにはぜんぜんおよばないということだ。


「うん、理由はどうあれ、運動する気になったのはいいことです。これからもがんばりましょう・・・・・・、次回の“HbA1c”の値、結果が出るといいですね」


 僕は、平静を装いながらいつものように事務的な診療を終えた。

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