うつぶせの窪みに収まる二の腕の相性とは
女の子がサボテンと対峙するもので、小説を書いてみようと。ちょっと危ない怪しげなことで生活している女の子の部屋が浮かんだので、それを背景に進めてみました。
サボテンの鉢が黒のドット柄だと分かったとき、フォーカスがきちっと浮かび上がりました。
「お誕生日おめでとう。この前のとき、来週わたし誕生日なのって教えてくれたね、ありがとう、嬉しかったよ。いくつになったのなんて野暮なことは聞かないけど、あたらしい齢を迎えて、これからもよろしくね。なんだか、だんだんお正月の挨拶みたいになっちゃったなぁ。はい、これ、プレゼント。誕生日って聞いてておジャマするのに、空手ってわけにはいかないし。ほらっ、大通りの信号機脇の花屋さん、どこかの本店ビル挟んで2軒あるじゃない、どっちもコンテナ半分に切ったみたいな小さな店が。両方のお店を二往復して、やっぱりそれがここの部屋にはぴったりかなって買ってきたんだ。ユーカリの鉢も捨てがたかったんだけど、そこのトっぽいおニイちゃんが、風とお日様のたっぷり当たる屋外でないとダメだっていうんで、こいつにしたわけ。あの出窓だったら、カーテン越しでも日射しは十分だろうからね。水はやりすぎると根腐れおこすんで、オレが来た時に手当てするから、ヒナちゃんは眺めるだけでいいよ」
部屋に入って荷を解いてから男はずーと喋り続けている。なじみになって二年たつが、名前だってロクすっぽ聞いてない男から、ずっと部屋に残すものを、それも手を当てて世話しなきゃならないものを寄こされるなんて。そんなことは百も承知と、男は凝ったデザインの鉢まで付けて持ってきている。
「その鉢、ぴったりだろう。納めてあったのは同じ柄の明るめの青だったんだけど、やっぱりドット柄は黒だよね。ヒナちゃんの寝室モノトーンだから、カーテン越しからの柔らいだ光にピッタリ映えると思うよ」
そうまで言われれば、しみじみと両手で持ち上げベッドのある部屋まで持っていかなけれなならない。もうお客様の時間は始まっているのだ。
ことが終わると、男はひとりでシャワーに向かう。一応は聞いてみるが、「いいよ無理しないで。もう少し休んでてあげないとヒナちゃんの身体が可愛そうだ」と、まだ繋がっていたときを見るようにそこに掌をあてて。足元でクシュクシュになってしまってるキングサイズのタオル地を掛けてくれる。
「ありがとう。いつも優しいのね」
その返事を待つほど「野暮じゃない」と、すでにシャワー室に向かう男の背中に声を掛ける。半ば作法のようにやり取りに固まってきているが、残り香を楽しんでいたいのは正直なことだ。男の方でもそれをしっているのが、少しだけしゃくに障る。でも、今日はそんなささくれさえ起こってはこない。眠い。意識でなく身体が眠いのだ。目を閉じる刹那、男のもってきたサボテンがシャワー室に入った男の代わりに、うつ伏せに寝返ってできた背中のくぼみに寄り添い、掌をあててきた。
どれくらい眠ったのだろう。目が覚めると、男はサボテンとタッチしたように窪みに二の腕を納めて寝ている。眠ってなんかいないくせに、寝たフリしたままなので放っておいた。このまま寝息ばかりで終えるのかと思っていたが、むくりと起き上がりサボテンを凝視する。
「顔が変わってきた。店に居たときと違ってる」
口に出してるんだから誰かに聞かせようとしてるのに、それは私だけではないような、私が応えなくても構わないような口ぶりだ。
「こんなにすぐにヒナちゃんの部屋に馴染むなんて、よっぽど気に入られたみたいだね」
今度は私に傾いた話しようだったので、目を合わせ、うなずいてみる。良くは飲み込めないが、お客様には合わせなくちゃ。
「サボテンてさぁー、じぃーと何も変わらいみたいに見えて、同じ目線でいろいろお喋りしてあげると、ちゃーんと分かってくれていて、たまには何か返してくれるんだよ」
と、いつもの作り話する楽しい顔に戻って、こちらに振ってくる。うーんとか、そうなのとか、鏡みたいに返してあげるのが一番うけとりのいいお客様へのおもてなしだ。
「さっきヒナちゃんがスヤスヤしてた間、同じように気持ちよく眠ってくれるひとの部屋に来れたって、少しそばに寄って温たかさもらったって、よろこんでたよ」
言い淀みなく男の話は続いていく。声は同じだが、喋り口調は少しずつ離れ、遠い処にから話しているように聞こえてくる。
「少し冷え性の女の子の部屋が一番良く眠れるんだって」
男の帰ったあと、わたしはもう一度眠ることにした。今日はもう電話は絶って、出ないことにする。眠くて眠くて、それがとても心地良い甘さに思えているから。
わたしが心地よく眠っていられる間、わたしの部屋にきたサボテンが枯れることはないと思う。それを男に伝えてやろうかと思ったが、どうせしってるだろうからとシャクにさわったので、そのままにした。
サボテンはそんなわたしをしっている。サボテンは、もうわたしの部屋の、わたしの側にいる存在なのだから。