瞬間移動
みなさんは瞬間移動について、どの様に考えていますか。今現在理論上は可能とされているが実際にはできないという事象が多く蔓延っています。そんな世界のもどかしさを小説に興そうと思い、書き始めました。
テレポーテーション
飛 星 龍 之 介
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瞬間移動。テレポーテーションとも云われる。瞬間移動は超能力の一種で、物体を一瞬で他の場所に移動させたり、自身が移動したりする。もし瞬間移動したときに自身の体はどのような影響を受けるだろうか。
◇◇◇
「そもそもテレポーテーションは物理法則に反しているんだよ。」
長髪を後ろに束ねた流線のようなしなやかな容姿。三十路でこれほどの美人はなかなかいないだろう。そんな彼女が教師として働いているんだ。何か良からぬ妄想をする生徒、ましてや先生も多い事だろう。
「聞いているのか、春良日!」
このとき僕の名前が呼ばれたことに疑問を持ったことに驚いた。そもそも授業中にずっと下を向いている生徒に対して注意を喚起することは教師として当然のことだろう。しかし、僕はその至極当然のことに疑問、いや反発を持っていたのだ。
「すみません、寝ていました。」
「君には何度も注意をしたはずだが、どうも直らないみたいだね。」
彼女は呆れたという顔をしながら僕に云い放った。普通の教室であれば、この日常的に起こるであろう騒動に嘲笑する生徒がいてもおかしくはないが、ここには先生と僕しかいない。
「次は気をつけます。」
「その台詞には飽きたよ。何か他にいうことはないのかい?」
この授業は本当につまらない。テーマは超能力についてだ。元号が令和から零務に変わったのは僕が未だモノ心ついていなかった頃。新天皇の即位と同時に大きな科学革命が起こった。瞬間移動に成功したという論文が発表されたのだ。しかし、当時この論文に対して事実無根である、虚偽の内容であるという慢性的な批判が殺到していた。そういった大衆の声とは裏腹に政府が新たに公布した教育の在り方に「超能力」という分野を設けたのだ。とても突飛な話のように感じられるが、これはこの世界の事実。
「もっと月明先生の授業が面白ければ、僕が寝ないで濟むんですけどね。」
「そういう捻くれたことを言っていると、いざと云う時に後悔するぞ。学生の内は多くに触れ、多くを学ぶべきなんだよ。」
「僕はその台詞にも飽きましたよ。」
「君は恐らく社会に出た時に後悔するだろうね。」
僕がこの授業をつまらないと評価する理由は二つある。一つ目はシンプルに興味がないということ。二つ目は超能力など信じていないということだ。後者に関しては国民の大半がそう感じているに違いない。瞬間移動に関する論文には被検体の事後報告が含まれていなかったのだ。
◆◇◇
零務弌年 水無月參日
被検体ニ「瞬間移動実験」ヲ試ミル。今マデノ実験カラ「人工的リミッター解除」ヲ被検体二施ス事デ、被検体ノ運動能力ヲ極限マデ上ゲラレル事ガ分カッタ。此ノ施術ハ我々ノ実験ノ大前提ト成ル。
零務弌年 水無月肆日
施術ハ無事二成功シタ様ダ。来ル日二向ケ、被検体二ハ少シノ間、準備運動デモシテモラオウ。驚ク事二被検体ノ走ル速度ハ自動車ヲ軽ク超エテイル。今ノ処、実験ハ上手ク行ッテイル様ダ。明日ハヨリ本番二向ケタ段階二移行シヨウ。
零務弌年 水無月伍日
非常二不味イ事ガ起コッタ。被検体ヲ走ラセテイタトコロ、マッハ一ノ速度デ被検体ノ眼球ガ潰レテシマッタ。又、腕部ハ複雑二破損シ、下半身ニモ相当負荷ガ掛カッテイタ様デ、鉄棒ヲ埋メ込ンデイタ筈ノ骨ハ再度走レバ粉砕シテシマイソウダ。シカシ、此ノ実験ヲコンナトコロデ終ワラセル訳ニハ行カナイ。未ダ此ノ被検体ノ観察ヲシタイトコロデ有ッタガ、モウ止ムヲ得ナイ。明日、実行スル。
◇◇◇
パラダイムシフトと云う言葉を知っているだろうか。今まで常識とされてきた事柄がある日突然一八〇度ひっくり返ってしまい、新しい常識ができると云う事を意味する言葉だ。そんな一種の意識革命が起こったのが零務の時代の始まりの年だった。記憶が定かではないが、あの時のテレビ番組はそのことで詰まっていたな。
「やあ、ハル君。今帰り?」
突然に話し掛けられて思わず猫の様な反応をしてしまった。
「あっ…。」
「ごめんごめん。急に話し掛けちゃったね。」
「これもパラダイムシフトの一種か…?」
「また意味の分からない事を云ってるね、ハル君。で、結局今は帰りなの?」
「ああ、すまない。僕は今帰りだよ。あと…。」
「何?」
「おはよう、こんにちは。こんばんわ、もし会えなかった時のためにおやすみなさい、西園寺。」
「それって確かトゥルーマンショーだっけ?しかもその台詞朝に云うモノじゃなかった?」
「なんだ知ってたのか。まあいい。それで西園寺は部活終わりか?」
「そうだよ。それでハル君を見かけたから声を掛けたんだ。」
彼女は僕の隣のクラスに在籍する所謂「友達」と云うモノだ。彼女の事を紹介しておこう。小中高と一緒で家もご近所。しかし幼馴染みという訳では無い。実は付き合いは中学三年の時に偶々趣味が一緒であるということから始まったのだ。
「じゃあ、一緒に帰ろっか。」
「そうね、行きましょ。」
彼女はいつも僕に微笑んでくれる。僕は正直、彼女の顔が好きだ。髪型はボブヘアだがコリアンの様に前髪が空いている。眉は平行眉で、目が吊り目。歯並びが良く、笑った時の顔がとても子どもっぽいが知的だ。
「最近、部活の調子はどうだ?」
「まあ、可も無く不可も無くかな。今度コンサートがあってそれに向けて練習してるよ。ハル君の方は?」
「僕の部活のことは知っているだろ?今まで通り何もやって無いよ。」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん。」
彼女は吹奏楽部に所属している、そして僕は文化部。この文化部は総称の文化部では無い。つまり文化部の文化部なのだ。まあ、活動としては映画や漫画、アニメなどの文化物を鑑賞するだけの部活だ。僕の部活には僕しか部員がいない。
「じゃあ、僕はこっちだから。おやすみ、西園寺。」
「うん。じゃあね。また明日、ハル君。」
今度コンサートがあるのならば行ってみるとするか。しかし、僕がおやすみと云ったら、彼女はまた明日と返した。
◇◇◇
道徳とは何だろうか。例えば、何故人は殺してはいけないのに、動物は殺して食べているのか。こんなの人間の自己満足ではないか。食欲を満たすために動物を殺し、ゴミを捨てることで環境を殺す。性善説というモノがあるが、結局は生きていく中で矛盾が生まれてしまう。
「今日は何を考えているのかね。」
この文化部の顧問である月明先生が僕に話しかけてきた。今日も先生は美人だ。叶うことならば、この人と先生としてでは無く、友人として出逢ってみたかったモノだ。
「何を妄想している、春良日。顔がにやけているぞ。」
「何を云っているんですか、先生。僕はデフォルトでこの顔ですよ。」
「ほう。では君の顔はかなり気色が悪いな。」
「それ先生が生徒に云うべき言葉じゃないですよ。」
流石に無理があったかと少し、本当に少しだけ反省するとしよう。
「で、何を考えていたんだ。」
「うーん、まあ大した事ではないんですか、道徳って何だろうって感じですかね。」
「君にしては大きいモノを考えているな。しかし、どうせ捻くれた考え方をしているんだろ。」
「僕が真剣に考えているのに、何でそんな事を云うんですか。」
僕には友達が少ない。この屁理屈っぽい性格が原因ともいえるが、僕は友達をそこまで必要とは感じていない。しかし、こんな僕でも捻くれていると云われると少し傷付くモノだ。
「まあ。そうムキになるな。だが、私は君の考えている顔は好きだよ。」
「え、本当ですか?」
「また、デフォルト顔になっているぞ。」
友達が少ない故に、褒められる事に慣れていない。殊更に月明先生の様な美人に褒められるのは滅法だ。しかも、男として顔を褒められるのは素直に嬉しい。
「春良日、君はチョコレートを食べるかい。」
「チョコレート好きですよ。そもそもチョコは僕がこの世界で一番信頼している食べモノです!」
「そこまで思い入れがあるとは…。まあいい。途上国の子どもたちが、カカオを栽培して、先進国の人間が加工されたチョコレートを食べる。しばしばこの様な見方をされることがあるが、事実は違う。チョコレートの原料とされるのはカカオの種子の部分であって、果実の部分は途上国で食べられているんだ。つまり、本来捨てる筈の種子を加工して商品としているだけなんだ。」
「つまり、僕たちが勝手な理想化をしていると云う事ですか?」
「そう、ただの理想の押し付けに過ぎないんだよ。」
◇◇◇
僕は最近、素材食いというモノをやっている。素材食いとは料理をせずに原材料をそのまま食べるというシンプルかつ明瞭なモノだ。なぜこの様な奇妙な事をやっているかというと、化学調味料に頼らずに、本来の味を堪能したいというのが表向きの理由だ。しかし、僕が素材食いに対して奇妙だと評価するのは良いが、僕以外の人間が奇妙だと評価する事には納得出来無い。恐らくそんな人間がいたとするならば、全身誠意で論破するだろう。云うまでも無いが、僕は超絶利己主義人間だ。自分の存在を認証されなければ、その事に対して全戦力を使うだろう。
しかし、今日は僕の高校の創立記念日だ。つまり学校は休校。天気は曇り一つ無い晴天だ。今現在、僕は今日外出をするかしないかの脳内議論をしている。外出する事のメリット、デメリットを比較し、今の自分にはどちらの選択が良いのか。どんな事をしている時に、僕の天敵がやって来た。
「やっと起きたか、弟。今日は天文学的にも珍しい晴天だぞ。外に出てみたらどうだ?」
「あ…うん…。」
僕の姉である、春良日純星。藝大に通う所謂、藝大女子と云うモノだ。先刻僕は、自身の正当性を主張する為なら、全戦力を使うと云ったが、この敵に対してはそう都合が良く無い。まず、戦う気すら起きない。この人間は完璧なのだ。
「お姉ちゃんに対して、挨拶もできないのか?弟よ。」
「あ、おはよう…。」
この人間は本当に苦手だ。
「うんうん、おはよう。で、今日はどうするんだい?」
「そうだな、外に出てみようかな…。」
「そうか、気をつけて行ってらっしゃい。」
成る程、僕に議論する余地すら与えないと云うことか。今日は幸い戦う気になれ無い。偶には、人の意見に流されてしまおう。
「うん、何か少しだけ食べてから出ることにするよ。」
「偶にはちゃんとお姉ちゃんの料理食べてよね。素材食いだっけ?そんなんじゃ栄養足りなくなっちゃうぞ。」
「分かったよ…。」
僕は冷蔵庫に入っていた、トマトに齧り付いた。これがせめてものアンチテーゼだ。
◇◇◇
しかし、雲一つ無い晴天とは良いモノでは無いと考える。僕は「自分の」意思で外に出て来たが、例えるならばステージ上で四六時中スポットライトを浴びている様な。僕は日の光があまり好きでは無い。可能であれば、すぐにでもここで晴天に対してシュプレヒコールをして、世界が常に僕にとって良い天気に傾いてくれる事を願うばかりだ。
「あれ?ハル君?」
「西園寺か。やあ。」
僕は今とても歓喜している。まさか、最悪の気分がここまで最高の気分になるとは。しかし、ここで取り乱してはいけない。出来る限り平静を取り繕ろわなければ。
「今日はとても良い天気だね。これから何するの?」
「それが困った事に予定が無いんだ。西園寺は?」
「私も丁度暇をしてたところなんだ。良かったらお茶でもしない?」
「はい!お供します!」
「今日は随分と食い気味だね、ハル君。」
しまった。つい条件反射してしまった。しかし、僕の失敗のおかげで彼女の笑った顔が見れた。そして、一緒に出掛ける事が出来るなんて、願ってもみなかった事だ。
「じゃあ、行こっか。」
最悪の一日の始まりが、この美少女のお陰で最高の一日になりそうだ。美人というモノは素晴らしい。誰の発言かは忘れてしまったが、美醜は崩してしまえば、同じ本質だが、人間が表面上の美しいモノを評価する事は当然の事だと云っていた。まあ、当然か。