第3話 錬金術と賢者の石と
「ば、バーディの街だとっ!? お前正気で言っているのかっ」
「うんうん。セフィーのゆーとーりにゃ。いまのはカエデのじょーだんだよね?」
エルフのセフィーが叱責するように、チャノンが驚いたように言う。
「冗談なもんか。もちろん本気で言ってるよ」
交易都市バーディとは、いまいるバルマーズ王国の中で、王都に次ぐ2番目に大きな都市のことだ。
なんでセフィーとチャノンがビックリしているかというと――
「わかっているのか? 今わたしたちがいるのはハイブレスト山脈だぞ。バーディの街までどれだけ離れていると思っている!」
単純に遠いからだ。
それも、かなりの距離がある。
「ああ、そこは大丈夫だよ。移動手段は用意するつもりだしね」
「用意する……だと? まさかこの引く馬がいない空の馬車のことか?」
セフィーが車馬を指しながら言う。
「お、正解。よくわかったね。見てな。いまから俺たちの乗り物を創り出すからさ」
そう言うと俺は落ちていた棒を拾い、地面に紋様を書いていく。
「ねーねーカエデ、それ魔法陣にゃ?」
「残念。似てるけど違うよ。こいつは錬成陣さ」
「れんせーじん……にゃ?」
「ああ。ま、簡単に説明すると錬金術師が使う魔法陣のようなものさ。…………よし。できたぞ」
俺は肉体強化を使用し、幌馬車を押して錬成陣の上に移動。
只人族より力が強い獣人のチャノンが手伝ってくれたこともあり、簡単に動かすことができた。
「さて、はじめるか」
幌馬車に両手をあて、
「……解析完了。変質開始。……物質変換完了。創造開始」
錬金術を行う。
「んにゃにゃにゃにゃ!? にゃっ、にゃんだこれーーーーーーーー!?」
チャノンが目を見開き大声を出す。
なぜなら、いま目の前では俺が触れている幌馬車がメキメキと音を響かせながら『別の何か』へと変質していたからだ。
「外装と車輪を強化。シートはふかふかで動力は……んー、ひとまず魔力でいいか」
通常、錬金術というものは等価交換でしか物質を創り出すことができない。
よく魔術と混合されることが多いが、『1から1』を、『1+1から2』を創り出す技術のことを錬金術と呼ぶのだ。
しかし、いま俺が行使した錬金術は違う。
俺が行使した錬金術は、0から100を生み出すものだった。
なにを隠そう、前世の俺が編み出したオリジナル錬金術だったりする。
対価は魔力。
魔力がある限り、いくらでも創り出すことが出来るのだ。
「できた。『魔導車』の完成だ」
錬成が終わり、前世の俺でも創り出せなかった物が完成する。
さっきまで幌馬車だった物は、錬金術で自走する馬車――魔導車へと創り変えられた。
こんな荒業ができるのも、すべて『賢者の石』のおかげだろう。
賢者の石を飲み込み、そのまま命を失った前世の俺。
まさかそれがきっかけとなって、賢者の石が魂に定着するとは思いもしなかった。
おかげで素材がなくても錬金術でなんでも生み出すことができるぞ。
「こういうの、確か『チート』って言うんだったよな。うん、いまの俺はかなりチートだな」
ひとり呟いていると、セフィーが俺の肩をぐわしと掴んできた。
「おい只人族の男! い、い、い、いまなにをしたっ!? なんだいまの魔法はっ?」
「只人族の男って……ちゃんと親しみを込めて『カエデ』って呼んでくれよ」
「そんなことはどうでもいい! 説明しろ!!」
「人の名前をどうでもいいとか……やれやれ、まあいいさ。いまのは『錬金術』だよ」
「錬金術だと……。嘘をつけ! わたしが知る錬金術とはずいぶん違うぞっ」
「そりゃそうさ。だって俺にしか出来ないオリジナルの錬金術だもん」
「……」
セフィーは言葉を失い、
「へええ。これが錬金術かー。ボクはじめて見たにゃ」
チャノンは感心し、
「カエデお兄ちゃんすごーい!」
ティファはぴょんぴょこ跳びはねていた。
「交易都市バーディまではコレに乗っていく。馬車よりずっと速いから、距離とか日数とかは考えなくていいよ」
「…………」
セフィーはもう言葉もないようだ。
代わりにチャノンが話しかけてきた。
「ねーねーカエデ」
「ん? なんだ?」
「ボクはやくコレに乗ってみたいにゃ!」
「ティファも!」
チャノンの言葉に、ティアが「はい」と手をあげる。
「おっけー。乗せてあげるよ」
俺は全員を車に乗せ(セフィーは最後まで乗るのを躊躇っていた)、南に視線を送る。
「よし。出発するよ」
こうして俺たちは、交易都市バーディを目指すのだった。