第11話 チャノンとセフィー
カエデが魔術師ギルドで試験を受けていた頃、チャノンとセフィーは冒険者ギルドにいた。
「ここが冒険者ギルドだにゃ」
チャノンが確信を持って扉を開け中に入る。
瞬間、ギルド内にいた者たちの視線が2人に突き刺さった。
鎧を身に着けた戦士。
杖を手にした魔法使い。
右胸に信仰する神の紋章が描かれた神官。
こんなにも雑多な職種が集まっている場所は、冒険者ギルドを置いて他にない。
セフィーは冒険者ギルドを一瞥してから口を開く。
「…‥フンッ。ほとんどが卑しい人族のようだな。汚らわしい」
「ここは人族の街だからとーぜんにゃ。それに冒険者って人族がいちばん多いらしいよ?」
「チッ、不快なところだ」
「まーまー、そ―言わないで登録するにゃ。ねえねえお姉さん、ボクたち冒険者になりたいんだにゃ」
チャノンがカウンターにいた受付嬢に声をかける。
受付嬢は猫獣人のチャノンを見て、エルフのセフィーを見て、にこりと微笑む。
「ようこそ冒険者ギルドへ。冒険者登録の希望でよろしいですか?」
「うん。よろしーにゃ」
「……」
笑顔で頷くチャノンと無言を貫くセフィー。
この態度には、荒くれ者相手に慣れている受付嬢ですら困り顔。
「そ、そちらのエルフのお嬢さんも冒険者登録を希望されているのでしょうか?」
「……」
「あのぅ……」
「ちょっとセフィー。おねーさんが訊いてるんだから答えてあげるにゃ」
「フンッ。なぜわたしが人間族ごときと口をきかねばならんのだ」
「口きかないと冒険者になれないにゃん」
「……チッ」
セフィーは舌打ち一つ。
受付嬢を睨むようにしてやっと目を合わす。
「冒険者登録だ。早くしろ」
「は、はい。では説明をさせていただきますね。当ギルドで冒険者になるためには試験を受け合格しないといけません。まず試験費用が銀貨1枚。それから登録とギルドカード発行費用が銀貨2枚。合わせて銀貨3枚かかりますが、よろしいでしょうか?」
「いいにゃ」
「銀貨3枚も取るとは強欲だな。貴様ら人族の卑しさには、呆れを通り越して尊敬すら覚えるよ」
「お、恐れ入ります……」
セフィーに高圧的な態度に受付嬢が身を縮こまらせる。
「もうっ。セフィー、そーゆーことは言っちゃダメにゃんだよ。ボクがおねーさんと話すからセフィーは黙ってて」
「フンッ」
チャノンに窘められ、セフィーはぷいとそっぽを向く。
「ごめんねおねーさん。だいじょーぶにゃ?」
「は、はい。問題ありません。仕事柄慣れていますし」
受付嬢は居住まいを正し、カウンター越しにチャノンを見つめる。
「では冒険者登録を希望ということでよろしいですね?」
「うん!」
「承知しました。それでは試験にあたって申請書にお名前を頂けますでしょうか」
受付嬢はそう言うと申請用紙を2枚取り出し、二人
の前へと並べる。
「こちらとことらに、それぞれお名前をご記入ください」
受付嬢の言葉にチャノンの表情が凍りつく。
助けを求めるように隣のセフィーに顔を向け、
「……ねぇ、セフィー」
「なんだ?」
「んとね……ボク字ぃかけないんだにゃ。セフィーは字ぃかける?」
チャノンは救いを求めた。
求められた側のセフィーは、自信満々に薄い胸を張る。
「当然だろう」
「ホントにゃ? じゃあボクの代わりに――」
「エルフ語はもちろんのこと、古代語に精霊語も書けるぞ」
「……人間族が使ってる共通語は?」
「人間族の共通語だと? フッ。エルフであるわたしがなぜ人間族が使う文字など憶えなくてはいけないのだ?」
「…………はにゃぁ~」
チャノンが深いため息をついた。
一部始終を見ていた受付嬢が、恐る恐る口を開く。
「あの、もしよろしかったら私が代筆しましょうか?」
「え? おねーさんが書いてくれるにゃ?」
「はい。冒険者の中には文字を書けない方もいらっしゃいますので、代筆をすることも私の仕事なんです」
受付嬢が提案をする。
しかし――
「ダメだ!」
セフィーはこれを断固拒否。
「え~、なんでダメにゃん?」
「チャノン、お前はあの糞虫からなにも学ばなかったのか?」
「クソむし?」
「奴隷商のことだ。あの糞虫はわたしが共通語の文字がわからないことをいいことに、いくつもの書類にわたしの名を書かせた。『エルフ語で構わないから』と言ってな。気づけばわたしは借りてもいない莫大な借金を背負わされていて、返済出来ぬのならと奴隷に堕とされた。わかるか? 人間族は平気で嘘をつく種族なのだ」
「そ、そうにゃんだ。たいへんだったんだね」
「ああ、そうだ。大変だったさ。終わりの見えない屈辱の日々。そしてわたしはあの日以来、人間族を信じるのをやめたのさ。フンッ。そう考えてみると、ここが本当に冒険者ギルドなのかも怪しいものだな」
「ん~……ボクはここ冒険者ギルドだと思うんだけどにゃあ」
二人の会話を聞いていた受付嬢が、青ざめた顔で「ぼ、冒険者ギルドです」と言っていたが、セフィーの耳にはまるで届かない。
「でもさセフィー、ボクたちの名前かかないと冒険者になれにゃいよ? どーするの?」
「簡単だ。ここに書かれているものを読める者を連れてくればいい」
「共通語を読めるひとって……あ! そうか!」
「ほう。どうやらお前にもわかったようだな」
チャノンとセフィーは頷き合い、同時にその者の名を言う。
「カエデだにゃ!」
「ティファだ」
「え?」
「え?」
しばし見つめ合うふたり。
「……カエデじゃないにゃ?」
「わたしがあの男の手を借りと思うか?」
「だってカエデなら文字読めると思うにゃ」
「ティファも読めるかもしれないだろう。それに……あの男にはただでさえ借りがある。これ以上増やしたくはない」
セフィーが屈辱だとばかりに言う。
「それでティファなの〜…………あれ? 待って待って。セフィーって只人族が嫌いって言ってるのに、にゃんでかティファには優しいよね。なんでー?」
「決まっているだろう。それはティファが子供だからだ」
「そんなこと言ったらカエデも子供にゃん。ボクより背もちっちゃいにゃ」
「わたしたちエルフは一人で生きていく能力がある者を『大人』として扱う。エルフの定義ではあの只人族の男は十分に大人だ」
「カエデ強いもんねー。にゃんか不思議な魔法も使えるし」
「……そうだな。あの男は底知れない力を秘めている。対して、ティファは幼い子供だ。誰かが守らねばならん」
「ふーん。そっかー。子供だからティファには優しいんだー」
「そ、そうだ。子供に優しくするのは当然のことだからな。それに……」
セフィーは目を伏せ、恥ずかしそうに、
「ティファは少しだけわたしの妹に似ているんだ」
と言った。
それを見てチャノンはにっこり笑う。
「セフィーもにゃ? 実はボクもにゃの。カエデがちょっとだけ弟に似てるんだー。だからにゃんかほっとけないんだにゃ」
「そうか、お前もか。……フッ、ずいぶんと目つきの悪い弟のようだな」
「にゃっはっは。弟の目はキラキラしてるんだけどねー」
「あの男はギラギラしているな」
セフィーが僅かに笑う。
チャノンも楽しそうに笑う。
笑い合う二人を前に、
「あのぅ……試験、どうされます?」
受付嬢は小さな声で問いかけるのだった。




