プロローグ
「やっと……完成したか」
私はそう呟き、ふうと息を吐く。
目の前には、人生の全てかけて研究した成果があった。
――賢者の石。
使い方次第では神にも悪魔にもなれる、凄まじい力を宿した石だ。
その伝説の中にしか存在しなかった賢者の石を、私はついに自分の手で造ることに成功したのだ。
私は賢者の石を摘まむ。
見てくれは小さな石炭にしか見えない。しかし、内包する『力』がそれを否定する。
錬金術師なら誰もが憧れ、しかし誰一人として今日まで造ることが出来なかった賢者の石。
それを……それをついに完成させることが出来た。
「ここまで来るのに80年もかかってしまった」
10歳のときに錬金術を学び始め、そこから80年。
人生のすべてを目の前に賢者の石にささげてきた。
私にはどうしても賢者の石が必要だったからだ。
夢の中で見た、『あの世界』を作るために。
「空を飛ぶ鋼の大鳥。馬よりも速い鉄の馬車。街を乗せた巨大な船。……どれもこれも私の代では作れなかったか。ふふ、口惜しいものだな」
夢に出てくるアレらに比べれば、賢者の石など造るのは簡単だった。
そして賢者の石を使えば、夢の中の世界を再現することも難しくはないはず。
しかし――
「ごほっ、ごほっ、ごほっ…………ふぅ。……また血か」
私の寿命は尽きようとしていた。
「少し……休むか」
そう言い寝室に戻ろうとしたときだった。
突如、私がいる研究室の扉が開かれた。
武装した集団がヅカヅカと入ってくる。
その先頭にいるのは、見知った男だった。
「うんっふ。久しぶりですねぇ……師よ。いや、白金の錬金術師殿とお呼びしましょうか? うんっふ」
でっぷりと太った男が嫌らしい笑みを浮かべる。
この男は私の元弟子で、いまは王族付きの錬金術師となっていたはず。
それがなぜこんな辺境に?
決まっている。賢者の石を狙ってきたのだ。
「オズボーンか……ここに何をしに来た?」
「うんっふ。たまたま近くを通りかかったので、敬愛すべき師にご挨拶をと思いまして。うんっふ」
「ほう……こんな辺境にか?」
「ええ、ええ。師を想うあまり、気づけば足がここへと向かっておりました。はい」
「嘘をつけ。目当てはコレだろう?」
手に持つ賢者の石を見せる。
瞬間、オズボーンの目の色が変わった。
「おお……本当に完成させていたのですね。素晴らしい!! 師よ! これは素晴らしいことですぞ!!」
オズボーンは続けて、
「では師よ、その賢者の石をわたしめに。老いた貴方では使い道がないでしょうからなぁ。うんっふ」
「馬鹿を言うなオズボーン。貴様のような邪な輩にこの石を渡すものか」
「……残念です。では力づくで頂くとしましょう。お前たち、やれ」
「「「ハッ!」」」
オズボーンの配下の者たちが私に近づいてくる。
無理やり奪おうというわけか。
私はにやりと笑う。
「言っただろうオズボーン。この石は渡さんと」
私は賢者の石を口に放り込み、そのまま飲み込む。
オズボーンとその配下が目を見開く。
「お、オズボーン様、どういたしましょう?」
「馬鹿者! 腹を切り裂いて取り出せばよかろう!」
「そ、それでは白金の錬金術師殿を……」
「そうだ! あのジジイを殺せ! 殺して奪え!!」
「は、はいっ」
配下の者たちが剣を抜いた。
逃がさないようゆっくりと近づき、私を壁際まで追い込む。
「御許しを、白金の錬金術師殿」
「そこの馬鹿弟子に使われる君たちには同情をするよ。だが……やはり渡せんな」
私は壁の一部を手で押し込み、隠していた仕掛けを作動させる。
ガリガリガリと歯車が回る音が響き、研究室のあちこちで火の手があがった。
神にも悪魔にもなれる賢者の石だ。
いざというときには研究室ごと抹消する準備はしておいた。
最も、『自分ごと』となったのは皮肉な話ではあるが……まあ、寿命が尽きかけていたのだ。
あまり惜しくはない。
「オズボーン様! 火が――火がっ」
「消せ! ここには賢者の石の研究資料があるのだぞ!」
「き、消えません!」
この火は私が錬金術で作り出した特別なものだ。
水や土をかけたところで早々消えはしない。
「資料を! ここにある資料をすべて運び出せ!! はやくっ」
「白金の錬金術師殿はいかがいたしましょうっ?」
「あんな死にぞこないのジジイなど捨ておけ! 賢者の石は不滅の石だっ。焼け跡から探せばいい!」
「ハッ!」
オズボーンに命じられ、配下の者たちが研究室にある資料を外へと運び出していく。
ここにある資料はすべて偽物で、本物の資料は私の頭の中にしかないのにご苦労なことだ。
火はどんどん大きくなり、燃え広がっていく。
「確か……転生、というのだったな。ふふ……次の生があることを切に願うよ」
こうして、白金の錬金術師と呼ばれた私は93年の生涯に幕を閉じた。