スレチガイ
18才、叶、キャバ嬢。
この後、生涯忘れることが出来ない人との出会いが待っていた。
「じゃあね…」
そう言葉を交わして、叶と天は別れた。
実に24年ぶりの再会だった。
お互い年を重ね、それぞれの家庭を持っている。
叶には夫と子供2人…
天には同級生の奥様と2人で仲良く暮らしていた。
そんな叶と天は、24年前とても愛し合った仲だった。
出会いは叶が働いていたキャバクラだ。
叶は、中学を卒業すると、高校へは行かずにフリーターをしていた。
色々とバイトをして、18才でキャバ嬢になる。
放任主義と言えば聞こえはいいが、放ったらかしな叶の両親は中学を卒業すると離婚した。
それだけが原因なわけではないが、早く家を出て1人で暮らしてみたかった。
新規オープンのお店を見つけ、面接へ行った。
ピカピカで眩しい程の店内は、週末のオープンへ向けて慌ただしく準備が進められている。
源氏名は何にする?
細マッチョタイプの店長はどうやら叶を合格にしたようだ。
全く考えてもいなかったので、とっさにカナエでいいです。と本名で承諾した。
お店は無事にオープンから半年が過ぎ、常連さんたちにも、新規で来るお客様にも、値段も手頃で通いやすいと評判だった。
カナエたち女の子もとても仲が良く、働きやすいお店だ。
お客様もそれぞれ指名の女の子が定着してきている。
カナエにも指名のお客様が増えてきたところだ。
18才という若さもだが、何よりも接客がすごい。
男心をくすぐるのがとても上手なのだ。
それも芝居かかったような感じではなく、素のままでのカナエがそうなのだ。
良くいえば天職なのかもしれない…
カナエのお客様がある時、会社の後輩を3人連れてきた。
カナエの2つ年上でハタチの3人だ。
値段も手頃だから、若いお客様も多かったが、この3人の後輩くんたちはとってもエネルギッシュだった!
自己紹介をする時に、カナエは必ずメモ帳に名前を書いてもらっていた。
いつものようにメモに座っている席順に下の名前だけを書いてもらったら、みんなで大笑い!
時計回りに、天、陽、涼、
付いている女の子が、叶、幸、恵
そして連れて来てくれた先輩が、浩
見事に一文字だらけだった。
こんな偶然があるんだねぇーなんてみんなで感心していた。
それからも、先輩の浩さんは後輩くんたちを度々連れてきては飲ませていた。
特に天くんは毎回、来ていた。
理由は聞いたことはなかったが、家も車で20分くらいと言っていたので来やすかったのかもしれない。
ある日、お店が終わり数人のグループでカラオケへ行こうと外へ出ると、小雨が降っていて肌寒かった。
上着など持っていなかったから、足早に三軒隣のカラオケ屋に入ろうとすると、近くに止まっていた黒い車の運転席から見覚えのある男性が降りてきた。
私服だからわからなかったけど、天くんぽいなー
「カナっ!」と声をかけられて確信した。
「どーしたのー?天くーん」
先に入ってて!とカラオケ屋へうながし、天くんのもとへ歩いた。
私服姿を見るのも、二人きりで話すのも初めてだから変な感じがした。
寒いから車に入ろうと、助手席のドアを開けてくれた。
なんだかいつもと違う雰囲気の天くん。
「何かあったの?」と聞くと「先輩に怒られた」と…
理由を聞こうとしたら、
「オレがいけないんだよ。先輩がカナのこと本当に大事に思っているのを知ってて、カナのことが好きになったって話したから…」
ん???
浩さんが、カナエの事を気に入ってくれているのはわかっていたけど…
天くんが?カナエを好き?
イヤイヤ!ナイナイ!
だって彼女いるって聞いたことあるし、単純にモテそうだし。
なにも好き好んで、キャバ嬢を選ぶことないし。
そうは言っても、天くんの目も表情も真剣だ。
「先輩にはいっぱい怒られた。けど、真剣なんだって話したら、じゃあライバルだな。って言ってくれたんだよ」
カナエはなんと答えればいいのかわからずにいたら、「オレの気持ち知っててもらえればいいから。」
と言って帰って行った。
あれから数週間が過ぎ、浩さんがお店に来た。
いつもと変わらないように努力はした。
でも、大きく違ったのは浩さんだった。
浩さんはカナエに、
天のこと、真剣に考えてやって欲しい。
あいつ、口悪いしチャラく見えるけど、会社では真面目に仕事やってるから
カナエちゃんのことが気になりだしてから、彼女にも話して別れたんだよ
なかなか別れてはくれなかったみたいだけど、納得してもらうまで話し合ったみたい。
と言い、そして最後に、
なんで天をカナエちゃんに会わせちゃったんだろー!
俺がバカだったなぁー
と言っていた。
カナエちゃんには会いに来たいけど、天のこと考えると俺がいつまでもカナエちゃんを呼んでるのも悪いし…
ありがとね。カナエちゃん。
と握手をしてその日を最後に浩さんはお店へ来なくなった。
すると、ほぼ毎日、黒い車の天くんがお店の終わる1時ころに近くで待っているのだ。
外に出て、タバコを吸っている時もあれば、座席を倒して仮眠をしているときもある。
そんな時は、運転席の窓をコンコンとノックした。
何を話すわけでもなく、カナエの家まで送り届けて帰って行くだけだった。
お客様とのアフターで、別のお店へ行く約束があっても怒らず「気をつけてね」とだけ言い残し帰って行く。
そんな日々が続くと、約束をしているわけではないが来ていない時がとても不安になった。
どこかで事故にあったんじゃないか、具合が悪く寝てるんじゃないか…
必要以上に心配になっていた。
クリスマスイブの夜、お店ではパーティーが行われる。
とびっきりのオシャレをして、お目当ての女の子へのプレゼントを渡しに来るお客様で店内は終始満員だった。
バックや財布、化粧品、アクセサリーなどカナエもたくさんプレゼントを頂いた。
お店が終わり、プレゼントを抱えて外に出ると天くんが車から降りてタバコを吸っていた。
気がつけば、天くんを見つけた時のカナエの表情がパッと明るくなった。
「カナーおつかれさま」
「たくさんプレゼントもらったんだね…でも、俺からのプレゼントが一番心こもってるぜ」
そう言ってネックレスをつけてくれた。
小さいけど、ダイヤのネックレス。
「天くん…ありがと」
何も用意していなかったカナエは、いつものように家まで送ってもらい、「おやすみ」と言って運転席へ乗り込もうとする天くんの洋服を掴んだ。
帰ってほしくなかった。
車を見送りたくなかった。
初めて、天くんを家の中へ入れたが…
付き合うと返事を出したわけでもなく、何を話せばいいのかわからずにいたら
「無理しなくていいよ」と頭をポンポンされた。
帰ろうとする天くんの背中が無性に恋しくて、背中に抱きついていた。
口は悪いけど、心底優しくて、いつのまにか天くんに恋をしていた。
19才になったばかりの叶は、新しい恋が始まった。
イブの夜、天くんとキスをした。
「今日はここまで。カナのこと大事にするから」
と、そのあとはいつもと変わらない天くんだった。
お正月休みに入り、約束していた一泊旅行へミヤとでかけた。
いっぱい話したいことがあって、眠りについたのは明け方だった。
慌ただしくチェックアウトをしてから、アウトレットモールへ向かった。
お正月セールを狙ってだ。
恐ろしいくらい混雑していたが、天くんへのプレゼントを買いたかった。
キーケースを買おうと決めていた。
カナエと天くんはあの車のおかげで、2人きりの時間を育んできたからだ。
GUCCIのキーケースを手に取り、これに決めた。
プレゼント用にリボンをかけてもらった。
お正月休みは、会社の保養所へ同僚たちと行くと言っていた。早く会いたいよ。
三が日が過ぎると、電話が鳴った。
この頃、携帯電話が流行り出し、いつでもどこにいても声が聞ける素晴らしい物は、恋人同士には必需品となり始めていた。
叶も携帯を買い、天くんからの電話を待っていた。
「これから2人で初詣行かない?」
「うん。行きたい」
そう言うと天くんが車で迎えに来た。
初詣に行くのに車で来てどうするんだろ?
この助手席から見る天くん、すきだなぁ。
なんて思っていたら、高速道路へと入っていき着いたところは日光だった。
「近所の神社だと、お客に会うかもしれないだろーお店に来たら何言われるかわかんねーし」
誰にも見つからないようにと気を使ってくれたみたいだ。
お店の近くで毎日待っているのは平気だったの?
と思っていたら、「付き合うってなったら、そりゃ気も使うよ」と言っていた。
初詣を終わらせて、ご飯を食べようとお店を探していると定食屋さんを見つけた。
そこへ入ろうと言うと、こんな所でいいのか?と確認してきた。
価値観の違いがあると思っていたらしく、カナは定食屋もファミレスも行かないと勝手に思われていたようだ。
そんなわけないでしょ!至って普通です!
と活を入れ、カナは定食屋さんののれんをくぐった。
帰りの車で、叶は天くんに「なんでカナって呼ぶの?」とずっと疑問に思ってたことを聞いてみた。
すると「みんなカナエとかカナエちゃんて呼んでるから、俺は違う呼び方がしたかった」だって。
2つ年上なのに、なんて可愛いんだろうか…
「カナも、天くんはもうやめろよ。天でいいから」
「なんか照れ臭いねぇー天ー!」
おどけて見せた。
帰りの途中、パーキングエリアで休憩をしている時にプレゼントのキーケースを渡した。
喜んで早速付け替えてくれた。
天への初めてのプレゼント、喜んでもらえて良かった。
送ってもらうと、明日から仕事だから帰るね。と言って運転席に乗り込んだ。窓に開けてキスをする。
カナは「今日はありがと。楽しかった。でも、もうお店に迎えに来てくれなくても大丈夫だからね。天の気持ちもわかったし、なるべくアフターへも行かないし、それより天も仕事あるんだから早く寝なくちゃ」
本当に体の心配をしているのがやっと伝わったらしく、理解してくれた。
週末は天がカナの部屋で待っていることが日課になった。カナも早く帰って天に会いたかった。
若い2人が愛し合い、何度も何度も愛を確かめ合う。
カナは天のいろんな部分を知り、のめり込んでいく。
こんなに幸せな日がくるなんて…
それほどまでに天が愛おしかった。
平日は仕事があり、なかなか天とは会えない。
カナエが起きる頃は天は仕事の真っ最中。
天が仕事終わる頃には、カナエはお店へ向かう。
話す時間もないまま、週末になることが多いのが現実だった。
カナエにも、1つ重大な出来事が…
アフターを断り続け、お客様を1人手放してしまったことだ。
恋人が出来たとはいえ、カナエの仕事はキャバ嬢に変わりはない。
カナエにも生活があり、今すぐ辞めるわけにはいかないのが現実だった。
無駄遣いをしているわけではないけど、もらった給料の中から、カナエのお客様への誕生日プレゼントなども買う。買わなくてはいけないわけではないが、それもお客様を繋ぎとめておく大事な要素の1つだ。
平日なら天とも会えないから、アフターへも行けるか…と考えて天には言わずに付き合いを少しだけ増やした。
やはりアフターをするとお客様の来店頻度が高いのが事実だった。
前に行ったあのお店良かったよねー
今度はあそこのお店行ってみたいねー
最近流行ってるあのパブにいる人、めっちゃ面白いらしいよー
なんて会話も次々と出てくる。
花見の季節がやってきて、数人の女の子たちと焼肉屋へ行ったあとに公園をブラブラと夜桜見物へ
ベンチに座り桜を見渡した、街灯が当たる隣の隣にベンチに男女が深刻な顔をして座っている。
別れ話でもしているのか…
なんて思っていると、天?
天だよね?その人だれ?こんな時間になにしてるの?
見ていられなくなり、先に帰ると言って逃げ出した。
家に帰ると、公園での光景が蘇る
全く眠れず朝になった。
時計を見たら6時半…今なら天も起きて会社へいく準備をしてる時かも。
勇気を出して電話をかけた。
10回コールが鳴り、留守番電話に切り替わった…
もう一度かけ直そうとしたけど、不安で指が震える
天…お願い…電話出て…
震える手でようやくかける
5コールが過ぎ、留守番電話の機械声を聞きたくないから切ろうとしたときに、天の声が聞こえた。
「カナ?どーしたの?こんな朝に」
いつもと変わらない天の声だ。
「ごめん。仕事前だよね。声が聞きたくなって。」
明らかに動揺しているのがバレバレだった
察知した天は、「夜、カナの部屋で待ってるね」
そう言って電話が切れた。
全く食欲がない…眠れなかったせいもあるけど、天と会うのが怖かった。
何を言われるのか不安で不安で、お店にいてもうわの空。体調が悪く見られ、早くあがるように店長に言われ帰ることにした。
帰り道は足がやけに重くて、やっと家の下に着いた。
二階の叶の部屋を見ると天がいるはず…
あれっ?電気が点いてない。
寝ちゃってるのかな?
鍵を開けてみると、天の靴がない。
天と会うのが不安で怖くて、足が思うように動かなかったけど、居ないのが一番辛かった。
約束したよね?
そのままの格好でロフトへ上がった。
布団に横たわり、目を閉じる。
泪が流れてきた…でも昨日は一睡も出来なかったからそのまま寝てしまったようだ。
「カナ」
天の声で目が覚めた。
1時間ほど寝てたらしい
「カナ?どーしたんだよ…泣いてたのか?」
よほどひどい顔をしているみたいだ。
叶は何か口に出したら、天が離れていっちゃうようで不安を口に出さなかった。
「なんでもないよ。天の顔見たらホッとしちゃって」
嘘ではない。
でも聞きたかったことは何も聞かなかった。
天も何も言わない…
もしかしたら、あのベンチにいたのは天じゃなかったのかもしれない。
見間違えただけかも。
そう、思うことにした。
それから2人は何もなかったように過ごしていた。
いつものように、いつものようにと。
ゴールデンウィーク中は3日お店が休みになった。
天も仕事が休みだから、どこかへ行こうと計画を立てた。沖縄の海が見たいと意見が一致し、飛行機とホテルを2泊予約した。
値段は高かったけど、初めての旅行。
ウキウキワクワクが止まらないー
天気も良く、あっちこっち行って、たくさん写真を撮って、美味しいもの食べて、イルカとも泳いだ。
側から見れば、幸せを絵に書いたような2人だった。
束の間の休息が終わり、日常に戻ると、またいつもと同じ生活が始まった。
あんなに一緒にいたのに…
また週末しか天に会えなくなる…
もっと一緒にいたいのに。
そんな気持ちが止められなくなる。
次の週末、天気も悪かったから叶の家でゆっくり過ごした。
ふと、叶は口に出して言ってみた。
「天、ここで一緒に住まない?」
一瞬沈黙があったが、天は満面の笑みで叶を抱きしめた。
「俺もそうしたかった。でも、それは無理なのかなぁって諦めてた」
良かった、勇気出して言ってみて…
翌週末には、厳選した荷物が運び込まれた。
その日から2人の生活が始まった。
朝、天は6時に起きて、会社へ行くための準備を始める。朝ごはんはいつも食べない。
叶は寝たばかりだけど、頑張って起き、天を見送る。
そのあと二度寝し、お昼過ぎに起きる。
洗濯、掃除、天の夜ご飯を作り、お店へ行く準備をして18時半に家を出る。
そのあと20時ころに天が帰宅。
洗濯物を取り込み、一人で飲みながらご飯を食べる。
23時には寝る。
2時ころ叶が帰宅し、お風呂に入ったりと音がして天が目を覚ます。
おかえりと声をかけ、また寝る…
ここに来て1ヶ月がたったころ
…そう…
こんな生活のために一緒に暮らし始めたのだろうか?
天は疑問に思うことばかりだった。
平日は叶もアフターと言い、明け方に帰宅することもある。
俺だけ真面目に帰ることはないか…
そう思い始まると、会社帰りには飲みに行くようになった。
もちろん、先輩の浩さんにも連れて行ってもらった。
飲みに来てていいのかよ!
なんて言われたりもしたが、悪気は全くない。
まず、飲んでるなんて知らないし
浩さんが新しく行き始めたキャバクラへもついて行った。ハジける天を見て、浩さんが
お前たち、うまくいってないのか?
と聞いてきたが、首を横に振り、
何もないですよ。なんにも…
と答えた。
それから数日後、叶はお店にいる途中に貧血をおこし救急病院へ運ばれた。
点滴をして、倒れた時にできた擦り傷を消毒してもらった。
今日はこのまま病院に泊まって行ってね。
と用意されたパジャマに着替え、ベッドで寝かされた。
意識はハッキリしてるものの、まだフラフラしている。
天に連絡しなくちゃ…
そう思っても体が動かない…
看護婦さんに声をかけられ、これから担当の先生がくるからと。
来た先生は昨日とは違った。
女の先生が、突然ひと言、もうすぐ3ヶ月になるわね、若いけど結婚予定は?ご両親は知ってるの?
淡々と話し始めた先生を、ポカンと見る叶に、
聞いてるの?あなた妊娠してるのよ!
事務的なことを済ませて、タクシーで家に帰った。
昨日、倒れてから天への連絡はしていない。
今日帰ってきたら話さなくちゃ
家に帰ってもダルさは抜けず、横になっていたら天が帰ってきた。
「カナ、俺、実家帰るわ」
そう言うと荷物をまとめ出した。
「なんで?どうして?」
叶は泣きながらすがった。
天は何も言わずに鍵を置いて出て行った。
叶は1人になって考えた。
一緒に住み始めて、天のことをきちんと見れていたのだろうか。
お互い、感情を表に出して話したことがあっただろうか。
アフターで遅くなる叶の事を、天はどう思っていたんだろうか。
すれ違う時間ばかりで…
いつのまにか気持ちまでもすれ違ってしまったのか。
考えても解決なんて出来ない。
妊娠のこともあるし、きちんと話さなくちゃ。
お店は体調不良ということで少しの間、お休みをもらった。
体はだるいけど、横にばかりなってもいられない。
天に電話をかけても出てくれない。
留守番電話に入れてもかけてきてくれない。
天の実家へ行ってみることにした。
ここへ来るのは、一緒に暮らす前に一度だけ挨拶をしに来ただけだ。
こんな仕事をしているから、引け目を感じなかなか来られないのが本心だった。
そろそろ帰ってくる時間。
ガードレールに寄りかかり、天の帰りを待つ。
ちょっとフラフラするし、吐き気も治らない。
けど、今は天に会える方法がここで待つしかなかった。
時計を見ると22時過ぎ。
どこか飲みにでも行ってるのかもしれない…
そんなことを考えていたら、天が歩いてくるのが見えた。
でも、その姿を見てまた倒れてしまったのだ。
ぼんやりと目が覚めると、真っ白な天井だった
また倒れたのか…
あれっ?天は?
起き上がろうとすると、お腹が痛かった。
物音に気付いて、病室に天が入ってきた。
「カナ…ゴメン」
天は目に涙をためている。
「本当にゴメン」そう言いながら叶のお腹を布団の上からそっと撫でた。
この前の怖い女の先生が入ってきた。
残念だったわね…でも、まだ若いから…
体は大事にしなきゃダメよ。
そう言って出て行った。
叶は流産した。
天には妊娠していたことと、流産したことが一度に知らされたわけだ。
叶は泣くに泣けなかった。
現実逃避…
自分に起きた事を忘れようとしていた。
あんなに好きだった天へも、不信感を抱き、心配する天から避けていた。
いろんなことがもうどうでもいいやって、投げやりになる。
そんな時は、お店に出ているのが一番良かった。
そこへ、浩さんが来た。
気まずいが、いつも通りのカナエを演じようと努力した。
だが、浩さんは何もかもわかっていた。
優しく声をかけられ、安心した。
心につかえていたものがスッと抜けていった。
悲しかったはず、辛かったはず、でもどんなに泣いてもわめいても居なくなってしまった赤ちゃんは戻ってきてはくれない。
赤ちゃんが出来たとわかっても、喜んであげることが出来ないまま居なくなってしまった。
こんなに切ないことが自分の身に起こったのか…
叶は浩さんに救われた。
1人だけでも、たった1人だけでも叶の気持ちをわかってくれる人がいてくれた。
その日の夜、ミヤが部屋に来た。
この数ヶ月に起こった出来事をうまく話せただろうか。
ミヤは、今は忘れる時かもね。
リセットしよう。
そう言って慰められた。
それから少しの間、カナエは全開に楽しんだ。
仕事もアフターもプライベートもだ。
季節も夏になり、あれだけ気にしていた日焼けも気にせず、新しいことにたくさんチャレンジした。
ダイビングを始め、友達も増えた。
なんと言っても、垢抜けて、元々の綺麗さが増し、すれ違う時に振り返る男の人が出来るほどだった。
お店でも、お客様に良く褒められた。
前のカナエちゃんも良かったけど…って言う人もいるが色気も増したことにより指名も増えていた。
お給料も増えて、住んでいたアパートも引っ越した。
天との思い出の場所を少しでも早く離れたかった。
天と会わなくなって2ヶ月が過ぎていた。
まだ叶の中には、かすかに天への想いが残っていたのも確かだったが流産した時の気持ちにはもう戻りたくない。そこだけに蓋をしてきた。
それから4ヶ月が経ち、クリスマスの時期がやってきた。パーティで着るドレスをプレゼントしてくれるというからお客様と銀座へ行った。
お客様と言っても、叶の3つ上で22才の会社員のトモカズくん。
お給料だって少ないだろうけど、断ってもどうしても買ってくれるというのだ。
手を出しやすい値段を見ながらドレスを選んでいた。
これなんかどう?カナエちゃんに似合いそうだよー
と言って、薄い紫色のレースが散りばめられているロングドレスを指した。
凄くキレイ…
でも値段が高い…
そう思ったところに、これにしよっ!
そう言いながら試着室へ連れて行かれた。
お店の人に手伝ってもらい試着を終えると、着せたお店の人が驚くほど綺麗だった。
カーテンを開け、トモカズくんも驚いていた。
値段なんてどうでも良い、これしかない。
テキパキと購入し、カナエにプレゼントした。
パーティ当日、みんな煌びやかなドレスを纏って店内はとても華やかだった。
カナエはトモカズくんと同伴の約束をしていたため1時間遅れの出勤だった。
急いで着替えてお店に出ると、うわぁー!とどよめく店内にトモカズくんはご満悦だ。
お店がオープンしてから約1年半。
これほどまでに美人に成長した女の子は、カナエの他には居ないだろう。
それほどまでに綺麗だった。
今年もプレゼントをたくさん頂きました。
年が明け、カナエはトモカズくんと付き合うことになった。
カナエのポッカリと空いた穴を、少しずつトモカズくんが埋めていってくれてたことに気がついた。
全てを受け入れてくれた。
20才になったカナエをトモカズくんは大人として扱ってくれ、少し背伸びをするのが楽しかった。
なるべく2人の時間を作り、なるべくトモカズくんを1番に。そう考えていたカナエだったけど、トモカズくんはそんなこと考えないで大丈夫だよ。と
俺はカナエのこと好きだけど、俺は俺の生活リズムがあってカナエにはカナエのリズムがある。
そこを壊してまで一緒にいても、お互いのためにならない。ストレスをためないために気楽にやっていこう。
そう言って笑った
なんて大人なんだ…
そっか、そうだよね。
いつでも2人で、って考えなくてもいいんだよね。
とても気持ちが楽になった。
こんな付き合い方もあるんだ。
凄く平和だった。
トモカズはお店のことを聞いてこない。
始めは聞きにくいのかな?と思ったりもしたけど、ただ単に興味がそこにないのだ。
一緒にいるカナエが好きだからと。
休みの日には、いろんな所へ連れて行ってくれた。
トモカズの友達にもたくさん会ったりして楽しかった。
楽な付き合いでうまくいっていた。
2月の終わり、天から突然の連絡がきた。
会いたいと泣きつかれたが、叶は全くそんな気になれなかった。
好きな人がいる。そう冷たく天に断った。
嬉しくないと言ったら嘘になるかもしれない。
でも、今はすでにトモカズと付き合い、うまくいっている。隙間に天を入れることは不可能だった。
そのままトモカズと付き合い続け、カナエが23才になりお店を辞めた。約5年間お世話になり成長させてもらった場所だ。たくさんのお客様に出会い、いろんなことが、叶の思い出に刻まれた。
ありがとうございました。。。
それから数ヶ月たち、カナエとトモカズはハワイで結婚式を挙げた。
みんなに祝福され、とても幸せだった。
夫婦になり1年半がたったころ、トモカズと離婚が成立した。
少しずつ、少しずつ、すれ違うことが多くなり修復が不可能になってしまったのだった。
あれだけ幸せを感じていられた頃が嘘だったかのように、あっという間の出来事だった。
仕事も新しく探し、部屋も新たに借りた場所は少し小高い所に建つアパートの二階。
窓からは山手線が下に見え、玄関からは富士山が見える。叶はこのアパートが気に入っていた。
ホテルのフロントで働き始めた叶は、とても充実した生活が送れた。
同僚や上司にも恵まれて、会社帰りには新しくできたお店を見つけては上司にご馳走になった。
今までは行かなかったお店へ足を運ぶのがとても楽しかった。
それでも家に帰ると一人きり。
淋しくもなり、勇気を出して天に電話をかけた。
好きな人がいる。
そう冷たく話して以来…
「もしもし?」
数年ぶりに聞く天の声だ。
「天?叶です」
「……カナ?…久しぶり…どうしたの?」
そりゃそうだ。
あんなに冷たくあしらわれて、数年振りに突然の電話なんだから。
叶は携帯を耳に当てて、天の声を懐かしく思い出した。
後ろから女の人の声が聞こえた。
天ちゃーん、電話だれー?
一瞬でいろんなことを悟り、
「ごめんなさい」
そう言って叶は電話を一方的に切った。
そうだよね。
何年もたってるんだもんね。
彼女や奥さんがいてもおかしくないよね。
電話をかけたことを悔やみながら、数日を過ごした。
でも、携帯のアドレスから天の番号を消すことが出来ないでいた。
1週間たったころ、天から電話がきた。
「カナ?この前はなんかゴメン。かけ直すこと出来なくて…」
「天?もしかして結婚してるの?」
「うん…去年ね…カナは?あの後どうしてた?」
結婚して離婚したこと、今はホテルのフロントで働いていることを話した。
でも、どーにもならない。
会いたかったけど、結婚してたんだもん。
もう会えないのか…
数年間、会っても話してもいない元彼のことが今でも忘れられないってことではない。
それなりに楽しくやっている。
ただ、お互い1人なら…
そう単純な思いだけだった。
しばらくすると、叶にも彼氏が出来た。
毎月ホテルに出張で来る人だ。
名古屋の人だから遠距離恋愛。
お互い時間の空いた時に、新幹線に乗りこんで恋人に会いに行き来する。
性格はとても合う。体の相性もピッタリだ。
だけど、遠いということだけで不安を口に出すだけで喧嘩になってしまう。
信じきれない気持ちが邪魔をして、素直になれなくなってしまっていた。
別れは必然だったのかもしれない。
それから数ヶ月、上司からお見合いの話がきた。
全く考えていなかったけど、軽い気持ちで会ってみてと言われ、本当に軽い気持ちで会った。
昔ながらのおさではなく、紹介された当事者だけでの待ち合わせをして、食事をする。
叶より3つ上の人だ。
なによりも1日いた感想は、優しい。
とにかく、優しかった。
叶は一緒にいて安心出来る人を探していたのかもしれない。
そう思わせてくれる人だった。
1年付き合い、叶は結婚を決めた時に妊娠していることがわかった。
流産の過去を思い出し、少し怖かったけど、安定期になり叶は2度目の結婚式を挙げた。
息子が生まれ、すぐに次の子を妊娠した。
妊娠初期に少し出血をして1ヶ月間の入院が必要だと言われた。
病院で入院した日の夜、携帯が鳴った。
画面に「天」と映し出される。
ドキッとした叶は、携帯を持ってゆっくりと談話室へ行った。
そこまでコールが鳴り続けていたら出ようと思った。
談話室の窓際に着いたがまだ鳴っている。
と言っても、音は消してあるので手の中でブルブルと震えていた。
「天?」
「カナー!出てくれたー!」
どうしたのかを聞くと、天は離婚をしたと…
今は一人で住んでる。
仕事はずっと続けてる。
そう言っていた。
叶は?と聞かれ、答えにくかったが嘘もつけない。
「今ね、2人目を妊娠してちょっと入院してるの。」
そう言うと、天は黙り込んでしまった。
病院だしあまり長電話は出来ないことを伝えて、電話を切った。
天のことを考えてもいられないのが現状だった。
上の子はまだ1歳。
そしてこれからこのお腹にいる子を、無事に生みたい。それだけを考えようと言い聞かせた。
それから天から電話は来なかった。
無事に2人目が生まれ、子育てを楽しんでいた。
パートをしながら、学校の役員も務め、旦那さんともなんとかうまくやってきた。
自分の時間がだいぶ取れるようになって、SNSを見ていた時、懐かしい友達が見つかった。
天は元気かなー?
と探していたら、見つけてしまったのだ。
あの頃の無邪気な笑顔を…
懐かしい気持ちで連絡を入れてみた。
すぐに返信がきた。
天は離婚後、少し病気になり看病をしてくれた同級生と再婚をしたと言っていた。
何でもない日常生活のやり取りが続いた。
もう20年以上も経つんだねー
会いたいねー
そんな会話を始めてから約1年が過ぎ、やっと会うことが決まった。
でも、それは叶わなかった。
天の奥様の家族が遊びに来る日と重なってしまったということだった。
叶は楽しみにしていた。
子供たちはもう大きくなって手はかからない。
それでも、なんだかんだとあり、なかなか時間も合わせられなかった。
やっと会えると思っていたのに会えなくなり、でも文句も言えない…言う資格さえない…
お互い家族持ちなのだ。
そんなことがあって当然だ。
こんな思いになるくらいなら、天に会えると期待を持つのはやめよう。
連絡も毎日のようにするのが当たり前になってることをやめよう。
そう思っても数日後には連絡をしてしまっている。
そんなことの繰り返しだ。
会いたいのに会えない。
こんなに胸が締め付けられることなのか。
不思議なくらい、天に会いたい…
そして8月の終わり、実に24年ぶり。
やっと、やっと会えることに。
上野の丸井前で待ち合わせ。
金曜の午後2時ね。
電車が遅れて少し遅刻をしてしまった。
後ろ姿ですぐに天だとわかった。
「天?」
「カナ?」
お互い年はとっても、あの時のままの雰囲気、
照れ臭さはあるものの、昔話に納得したり反発したりあっという間に時間は過ぎていった。
「もう帰らなきゃだめ?」
「もう少し一緒にいたい」
お酒の力を借りて、驚くほど素直にスラスラと言葉が出てくる。
でも、本音だ。
叶の今の本音だった。
24年ぶりに天に抱かれた。
この会わなかった24年の間に、お互いいろんなことがあっても今こうして天と叶はまた結ばれていた。
次の約束はしないまま駅で別れた。
「じゃあね…」と。
あれから1ヶ月がたち連絡はちょくちょく来たりしたりと続いている。
この前の別れ際、天にギュッと抱きしめてもらえば良かったなぁ。と考える叶だったが、天はどうだったんだろうか?
そんな素振りは見えなかった。
なかなか届かない思いが交差して、楽しんでいただけだったのかも…
幾度となく交わらないタイミングのおかげで、お互い忘れられなくさせている。
この期に及んで、まだこの2人はスレチガイ続けていくのかもしれない。
完
最後まで読んで頂きありがとうございました。