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その60

R38基地ホルモン・スモーク2階


R38基地では、殺しあう戦闘から命を助ける戦闘に移行していた。

星川、酒匂、香貫の区別なく緊急を要する重傷者はスロープを越えて滑走路に搬送された。滑走路には星川軍のSH-60R、SH-60S、酒匂軍のSH-60Kが飛来し、重傷者を<瑞鶴>に運んでいった。

ヘリコプターの離発着の合間を縫って星川軍のMC-130J、C-130J、酒匂軍のC-2が着陸し、医薬品と医療関係者を卸すと、替わりに核弾頭と、容態の安定した重傷者を収容し二俣川コロニーや平塚コロニーに運んでいった。

これまで敵同士であった彼らの間に奇妙な連帯感が生まれていた。敵同士なのは分かっている。でも傷ついた仲間の命を救いたい。壮絶な戦闘を経験した彼らに、敵も、味方も、勝ち組も、負け組みもなかった。


上沼大尉は、滑走路で重傷者をヘリコプターに運ぶ作業の陣頭指揮をしていた。

重傷者を乗せたヘリが飛び立った。「次のヘリが来るまで20分あるな」上沼大尉は、次の搬送を待つ重傷者の列に向かうと、自分の部下を探して声をかけていった。

「おい、望月、早く治せよ。医官は、1か月もあれば今までどおりジャンプもできると言ってるぞ」

「中隊長、ちゃんと治すからオレを中隊から出さないでくれよ。待っててくれますよね」

「当たり前だ。お前、ジャンプ・マスターになるんじゃなかったのか? 待っててやる。だから早く治せ」上沼大尉は、望月特技兵のなくなった右足を見ないように肩を軽く叩くと、その場を離れた。

「小田、当分酒は飲めんぞ」

「やあ、中隊長、治ったあとに飲む酒はうまいでしょうね」

「今度酔っ払ってドアを壊したら、お前の豚のようなケツを思いっきり蹴飛ばしてやるからな」小田3等兵曹の唇が青い。メディックに知らせよう。上沼大尉は、急いだそぶりを見せないようにその場を離れるとメディックを探した。


上沼大尉は、メディックに小田3等兵曹の状況を知らせると、下田大尉がCCT(戦闘統制員)・柴田一等軍曹と話し合っているところを見つけた。

「下田大尉、どうしたんですか?」

「重傷者を運ぶヘリが緊急通信を受信したらしい」下田大尉は柴田一等軍曹に頷いた。

「そうなんです。ここでは受信できていないのですが、上空からは受信できたのでしょう。コールサインは“チョップスティック・アルファ・フライト・リーダー”……」

上沼大尉は、柴田一等軍曹の言葉を遮った。

「ちょっと待て!“チョップスティック・アルファ・フライト・リーダー”?」上沼大尉は声を上げた。俺がジャンプした飛行機じゃないか。みんな生きていたのか!

「そうです。ここから北にある木の上に不時着したそうです。敵のミサイルで死亡したコ・パイロットを除いて乗員8名は全員無事。ただバグ(虫)の襲撃を受けているので早く救出してほしいそうです」

「次に来るヘリは?」

「あと5分後にSHが来ますが、対潜戦用機内装備を下ろしていないので、担架の負傷者を運ぶことはできません。ギュウギュウ詰めに乗っても6人が限界です。10分後に3機来る酒匂のヘリなら大丈夫ですが」

「その木まではすぐに着くのか?」

「3分ほどでしょう。ここから飛び立って15分もすれば戻って来れます。2往復、30分もすれば全員救出できますよ」

「下田大尉、そのヘリを貸してくれないか。全員救出まで俺がバグを食い止める」

「ヘリの件はいいが、あんたが行くことないだろう」

「いや、おれは“アルファ・フライト・リーダー”に借りがあるんだ。自分たちは墜落するのに我々のジャンプを優先させてくれた。行かせてくれ」

「一人で行く気か?」

「6人しか乗れないんだろう。俺一人で満杯だ」

「最先任者はここで指揮をとるべきだと思うがね」規則に厳しい下田大尉は顔をしかめた。

「俺が屋根でウロウロしている間にレンジャーをまとめていたのは下田大尉じゃないですか。この戦いに勝ったのは下田大尉のおかげですよ。最先任といっても俺は頼りないからね」

「何を言っているんだか。最後の輸送機が30分後に来る。乗り遅れたらおいていくからな」

「オッケー!」上沼大尉は、バグ対策の装備品を取りに駆けて行った。

下田大尉は、上沼大尉の後姿を見ながら思った。あの軽いノリさえなければ良い指揮官なんだが。




R38基地ホルモン・スモーク北側の木


SH-60R“レッド・スティンガー27”は、上沼大尉を卸すと“チョップスティック・アルファ・フライト・リーダー”の乗員を乗せてホルモン・スモークに向けて飛び立った。木に残されたのは、上沼大尉を含めて3人となった。

「さあ、へりが折り返しに戻ってくるまでここを護りましょう」上沼大尉は“バグ・バスター”弾を装填したM4A1カービン銃を構えた。

「なにも君が来ることなかったのに」上沼大尉からもらったM4A1カービン銃を持った徳永中佐が言った。

「うちの堅物にもそう言われましたよ」

「堅物?」

「ええ、ブラボー中隊長の下田大尉です。でも、たたき上げのベテランはすごいですよ。大隊長が倒れてからは下田大尉が指揮していたんです。彼のおかげで勝てたんです」

「君らは無事に屋根に降りられたのか?」徳永中佐は、そのことが気がかりだった。

「あなたのおかげで我々は全員屋根に降りられました。ありがとうございます」上沼大尉は、それからの経緯を徳永中佐に話した。

「そうか、決定的なときに間に合ってよかった」

「徳永中佐も奇跡的ですね」

「そうなんだ。君たちを降下させたあと、機首が上がりはじめてな。操縦桿を押しても元に戻らないんだ。どんどんスピードが落ちて失速した。機首がガクンと落ちた瞬間、この枝にからまったんだ」九死に一生を得た話をしていても“マスク”徳永中佐の表情は変わらなかった。

「ヘリが来ましたよ」残っていたもう一人のクルーが叫んだ。

「徳永中佐、戻りましょう」上沼大尉は言った。

“レッド・スティンガー27”は速度を落とし着陸態勢に入っていた。




R38基地ホルモン・スモーク2階


“レッド・スティンガー27”を降りた上沼大尉らは、隣に駐機しているC-130Jに向かった。

向かう途中、上沼大尉は高井大佐がいるのを発見した。

「先に行ってください」上沼大尉は徳永中佐に言うと、高井大佐のもとに走っていった。

「高井大佐、我々は撤収します。これが最後の輸送機です」

「上沼大尉、何と感謝してよいのか、我々の傷者、よろしくお願いします」高井大佐は頭を下げた。

「だいじょうぶです。敵であろうとなかろうと、きちんと治療しますよ。私の国はそういう国だと信じています」

「私も、あなたのような国に生まれたかった」高井大佐は小声でつぶやいた。

エンジンをかけ始めたC-130Jの轟音で、高井大佐の言葉は上沼大尉に聞こえなかった。

「なんですって?」上沼大尉は聞きなおした。

「いえ、何でもありません」

「あなた方には迎えが来るのですか?」

「はい。時期は決まっていませんが本国から迎えが来ます」

「高井大佐、それでは」

「はい。よろしくお願いします」二人は握手するとそれぞれの方向に分かれた。


C-130Jの後部ランプでは、一人の兵士が手を振っていた。アルファ中隊最先任下士官“トップ”大谷先任曹長である。

上沼大尉はC-130Jの後部ランプに達すると、エンジン音に負けない大声で言った。「トップ、まだいたのか」

「まだいたのかじゃないですよ。鉄砲玉みたいに行ったきりで。先に帰投した第2小隊、武器小隊を除いてアルファ中隊全員揃いました。中隊のドンケツは中隊長殿! です!」

「そう怒らないでくれ。俺が鉄砲玉できるのもトップがいてくれるからなんだ」上沼大尉はそう言うと、もう一度スロープの付近を見渡した。そこには、こちらに向かって手を振っている高井大佐ら生き残った香貫の兵士がいた。

上沼大尉も手振った。

後部ランプは、ゆっくりと閉まり、彼らは見えなくなった。


上沼大尉を乗せた星川軍最後の輸送機は、午前中のやさしい日の光を受けてホルモン・スモークを飛び立った。

ブルー・ドラゴン作戦が終わった。

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