その58
R38基地2階南側の部屋
屋根の上から降下した上沼大尉らアルファ中隊の一部は、南側の鉄板に集合していた。
だが、北側の鉄板から香貫軍の激しい銃撃にあい身動きが取れない。それでも味方が撃たれないのは、北側の鉄板と南側の鉄板の中間にもう一枚の鉄板があるおかげだった。
「トップ、みんな無事に降下できたか?」上沼大尉は、降下した隊員の状況を確認して戻ってきた“トップ”・大谷先任曹長に尋ねた。
「降下中に撃たれた者が2名、着地に失敗して足を骨折したドジが1名。みんな命に別状ありません。あと、パラシュートで脱出した海軍のパイロットも2名保護しました」
パラシュート降下中にもっと被害が出るだろうと考えていた上沼大尉はホッとした。やはり真上の目標を狙うのは難しいんだろう。次はこっちが攻撃だ。9回裏の逆転満塁ホームランといこう。上沼大尉は武器小隊長を呼んだ。
「北側の鉄板にいる敵に60ミリをくらわせろ。敵がたまらず逃げ出したら、そこにカールグスタフをお見舞いするんだ」
「フーア」武器小隊長は迫撃砲のもとに這っていった。
1分後、最初の迫撃砲弾が北側の鉄板上空で炸裂した。
迫撃砲からの攻撃を避けようと移動をはじめた青木中佐らの香貫軍に向けて、カールグスタフ無反動砲が発射された。
スロープから南側の部屋に侵入した敵の左翼を攻撃するはずだった青木中佐は、北側の鉄板付近で釘付けになった。敵を挟み撃ちするはずだったが、逆にこちらが挟み撃ちにあった。
それに南からの迫撃砲による攻撃は、ボディーブローのように効いてくる。
ただ、我々の後方に屋根から降下してきた敵は1個小隊程度だ。たいした数ではない。1個小隊で南側の敵をけん制して、残りの2個小隊でスロープの敵を攻撃しよう。青木中佐はそう考えると、小隊長たちを呼んだ。
スロープの敵に正面攻撃をかける藤井中佐らの中隊も、激しい銃撃を受けていた。
スロープ手前の掩体壕まであと50センチ。もう少し掩体壕に近づいたら青木中佐と連携をとって同時に突撃しよう。迫撃砲の支援があればもっと早く掩体壕に近づけたはずなのに。くそっ! 藤井中佐がそこまで考えたとき、敵の銃撃方向が変わった。
夜明けを告げる薄明かりが窓から差し込む中を数名の兵士がこちらに向かって走ってくる。敵の銃撃は、その兵士らに向かっていた。
「伏せろ! 伏せろ! ばかもん!」藤井中佐は怒鳴った。
司令官が敵の砲撃による損害の補充を送り込んだのか? そう考える藤井中佐の横に、走ってきた兵士の一人が滑り込んできた。「藤井君の言うとおり、私は大馬鹿者だな」
「司令官! あなたのいる場所ではありませんよ! ここは!」藤井中佐は首を振った。
「そう言うな。あそこに残っていてもすることがない。君たちと一緒に戦わせてくれ」
「わかりました。お考えがあってのことだと思いますが、せめて我々の後ろについてください。これだけは突撃隊指揮官としての命令ですよ。司令官」
「ダー」堀内少将が応えた。
なかなかスロープに近づけない香貫軍は苦戦していたが、ジリジリと接近してくる香貫軍を止められない星川軍もまた苦戦していた。
上沼大尉らが屋根から降下したことで、左翼からの攻撃が減ったこのチャンスに正面からの攻撃を阻止しなければ核弾頭の奪取はできない。焦りを感じはじめていた下田大尉のヘッド・セットに上沼大尉の声が響いた。
「ブラボー6、アルファ6、このままじゃ埒が明かん。一つずつ潰していこう。こっちにはまだ60ミリとグスタフがある。これでブラボー左翼の敵を追い立てて移動を開始する。時間もない。10分後には攻撃を開始したいが、いけるか?」
「ラジャー、ブラボー6。君の案に賛成だ。準備が出来次第連絡する。10分もかからん」下田大尉はアルファ中隊を左翼の攻撃に割り当て、残りで正面の敵をけん制することにした。左翼が手薄だが、そこは上沼大尉に任せるしかないな。そこまで考えた下田大尉はそれぞれの指揮官を呼んだ。
だが、香貫軍は下田大尉らの準備を待ってくれなかった。
ハラミ・ステーションの東南東約3メートル
“ロストル010”から脱出した緒方少尉と石川少尉は、すさまじい射出の衝撃にぼう然としながらパラシュートに吊るされていた。二人は風に流されながらハラミ・ステーションの南側を通る砂利道に向けて降下していった。ぐんぐんと砂利道は迫ってくる。もうすぐ地面だ。
二人とも着地するときの転び方を教わっていたが、ぼう然としている二人に転び方にまで考えている余裕はなかった。それでも二人は幸運だった。
緒方少尉は、砂利道脇の雑草の葉に着地して滑るように砂利道に落ちた。砂利道で右肩をしたたかに打ちつけたが無事だった。
一方の石川少尉は、偶然にも砂利道の小石の上に足からストンと着地した。ホッとしたのもつかの間、風で流されるパラシュートに引っ張られて石川少尉は小石の下に落ちた。落ちたときに腰を打ったが、緒方少尉と同様に無事だった。
「腰が! くそっ!」石川少尉はブツブツ言いながらパラシュートのリリースハンドルを外し、足に絡まったパラシュートの吊り索を外していた。
「見事な着地だがその後がいけないな」石川少尉の背後から声がした。
「うるせぇ! こっちは腰を打って痛てぇんだよ」石川少尉が振り向くと、そこに飛行装備を身にまとった同じ年頃の少年が立っていた。「お前さっき紫電改から脱出したやつか? 王子だろ?」パラシュートの吊り索を取り外すのに手間取る石川少尉は、手を休めてその少年に顔を向けた。
「いかにも私は酒匂王国出雲家第3王子、出雲隼人です。だが、今は酒匂王国連邦海軍少佐・出雲隼人。君とは戦友の出雲隼人です」出雲少佐はナイフを取り出すと、石川少尉の足に絡んだパラシュートの吊り索を切りはじめた。
「おれは星川合衆国海軍少尉・石川新之助! やっぱり王子か。助けられてばかりですまねぇ。よろしくな」石川少尉が右手を差し出すと、出雲少佐はナイフを置いて石川少尉の右手を握った。
「いえ、いつも助けられているのは私たちのほうです」出雲少佐はにっこりと笑った。
「いしかわー!」石川少尉を探す緒方少尉の声がした。
「ここだー!」石川少尉が答えると「今すぐ行く。だいじょうぶかー」と緒方少尉の声。
「お前こそ大丈夫かー 早く来いよ! 酒匂の王子も一緒だ!」石川少尉がそういい終わる前に小石の陰から緒方少尉が現れた。
「だいじょうぶか? 石川」
「あぁ、だいじょうぶだ。いま王子に手伝ってもらって吊り索を切っているところだ。お前はだいじょうぶか?」
「オレはこのとおりさ」緒方少尉は石川少尉の無事を確認すると出雲少佐のほうを向いた。
「私は星川合衆国海軍少尉・緒方翔太です。お目にかかれて光栄です」緒方少尉は丁寧にお辞儀をした。
「そのような堅苦しいことをおっしゃらないでください。先ほども石川殿に申し上げたのですが、私たちは戦友です。私は、あなた方二人を信頼できる親友だと思っています」出雲少佐は緒方少尉の手を握って言った。
「親友だと思っているなら石川殿はないぞ。石川でいいよ石川で」吊り索から自由になった石川少尉は立ち上がった。
「おい、殿下に失礼だぞ」
「だって親友だろ。親友ならファーストネームで呼び合うのが星川の流儀じゃないか」
「ファーストネーム? あなた方は石川、緒方と呼び合っていたが」
「そう言われればそうだな」三人は笑った。
「じゃあ、出雲、緒方、石川と呼び合えばいいじゃないか」石川少尉の言葉に出雲少佐と緒方少尉は同意のうなずきを返した。
「決まりだな。じゃあ親友として言わせてもらうぞ。出雲、俺たちを助けてくれたことは本当にありがたく思う。だけどあんな危険なまねはもうするんじゃねえぞ」
「石川の言うとおりです」石川少尉の言葉に緒方少尉も同意して言った。
「ありがとう。考慮する」
「考慮じゃなく、約束してくださるかで…」緒方少尉は、いつもの言葉づかいと敬語が頭の中で交錯し言葉に詰まった。三人は、また笑った。
「それじゃあ、バグ除け(虫除け)をばら撒いて、銃の点検をしながら助けを待とうぜ」
三人は、彼らの周囲にバグ除けを撒くと、護身用の拳銃を点検しながらいろいろな話をした。
話をはじめて10分くらい経つと、北の方向からヘリコプターが飛ぶ音が聞こえてきた。
三人は急いで赤色の発煙筒を焚き、発光弾を空に打ち上げた。
ヘリコプターの音が徐々に大きくなると、草むらの上空から星川軍のMH-60Sが現れた。
開け放たれたMH-60Sのキャビン・ドアから金城1等兵曹が大きく手を振っていた。
R38基地2階南側の部屋
「RPG!」携帯型対戦車ロケットが発射されたことを警告する叫び声に続きバーンという爆発音、そこら中に降り注ぐ弾丸の音。そして負傷した兵士の叫び声。またSAW(分隊支援火器)が狙われた。敵は総攻撃をかけてきたと考えていいだろう。くそっ! こっちが攻撃をかけようと準備している隙に敵の総攻撃が始まった。ここが踏ん張り時だ。下田大尉は部下のレンジャーと共にM4A1カービン銃を撃ちながら思った。
重岡2等兵曹は、敵が接近してきてからというものRPGを持つ敵兵士を見つけては隣で射撃姿勢をとる江見1等兵曹に報告していた。報告を受けた江見1等兵曹は、その兵士を一人ずつ狙撃していった。おかげで、これまではRPGによる被害はなかった。だが、今では複数の敵兵士が同時にRPGを発射している。これでは狙撃が間に合わない。この作戦を指揮しているやつがどこかにいるはずだ。重岡2等兵曹は、しだいに明るさを増す2階南側の部屋を見渡した。
限られた空間で無線による指揮をするのに長いアンテナを備えた無線機など必要ない。指揮官は無線機の近くに位置するものだが、その無線機は見つからないだろう。ならば敵兵士の動きを見て誰が指揮官か見分けるしかない。
ん! 重岡2等兵曹は双眼鏡を持つ手に力を入れた。キョロキョロと周りを見渡し、時おり大きく手を振り上げる兵士を発見したのである。
「見つけた。8インチ先、床を何かが引きずった後が見えるか。その東側だ」重岡2等兵曹は、周りの喧騒に負けない大声で言った。
江見1等兵曹が、スコープでその敵兵士を捉えると親指をあげた。
星川軍正面への攻撃を指揮する藤井中佐は、周りの兵士がAK-74の先端に銃剣を装着しているかを確認した。ほとんどの兵士は、朝日を受けて光らないよう銃剣に布を巻いていた。兵士一人一人の表情までは確認できないが、士気は十分なはずだ。RPG-7を持つ兵士を多く失ったが、攻撃の障害になっていた星川がSAWと呼んでいる機関銃は倒した。敵左翼に攻撃をかける青木中佐とは連携が取れている。よし! 突撃だ! 藤井中佐は立ち上がろうとした。
江見1等兵曹のスナイパーライフルMK13から1発のウィンチェスター・マグナム弾が発射された。
ウィンチェスター・マグナム弾は、江見1等兵曹の狙い通りに頭を上げようとした指揮官のヘルメットに命中した。7.62ミリのウィンチェスター・マグナム弾はたやすくヘルメットを突き破ると、兵士の頭部を貫通した。その指揮官は即死だった。
「藤井中佐が撃たれた! 藤井中佐が撃たれた! 中佐が!」藤井中佐の隣にいた通信兵が叫んだ。江見1等兵曹が狙った指揮官は藤井中佐だった。
なにっ! 堀内少将は藤井中佐に向かって匍匐のスピードを上げた。いまだ敵の銃撃は激しく、立ち上がって藤井中佐のもとに駆けて行くことはできなかった。
堀内少将は藤井中佐の隣に来ると、身体を伏せてヘルメットを床に押し付けたまま「藤井君!」と、藤井中佐の肩を揺らした。藤井中佐の揺れるヘルメットからは、大量の血が流れ出てきていた。
「藤井君」藤井中佐の死を確認した堀内少将は、周りの空挺隊員と基地警備兵を見渡した。みんな私を見ている。これなら行ける。
堀内少将は立ち上がった。それよりも早く空挺隊員と基地警備兵が立ち上がった。
「兄弟たちよ! 神と共に!」堀内少将はAK-74を高く上げると空挺隊員と基地警備兵は一斉に「ウラー」と叫んで星川軍に向かって駆け出した。
しまった! 敵に先を越された。上沼大尉は後ろを振り向いて「60ミリを北側の鉄板に撃つんだ! 急げ!」上沼大尉は、自分たちの突撃を支援するため、北側鉄板の南端を目標に60ミリ迫撃砲を打たせていたが、予期せぬ敵の突撃に対処するために射撃目標を変更させた。
上沼大尉の命令を受けた武器小隊の隊員は、大車輪で迫撃砲を調整した。だが、急いだため目標の西10センチに着弾するように調整されていた。
調整が間違っていることを知らない武器小隊の隊員は、着弾地点を確認するため1発の迫撃砲弾を発射した。
「よし! 我々も突撃だ! アトホート!」青木中佐は北側の鉄板を飛び出した。空挺隊員は「ウラー!」と叫びながら青木中佐を護るように追い越して星川軍に向かって駆け出した。
その時だった。
間違って調整された星川軍の迫撃砲弾が、青木中佐の目の前で炸裂した。
青木中佐とその直前を走っていた中隊長は即死。そのほか、突撃の先頭集団で動ける空挺隊員は一人もいなかった。
突撃の出鼻をくじかれ、突撃を再編成する指揮官を失った左翼への攻撃は、まとまりがなく勢いを失った。
下田大尉は、正面に移動中のチャーリー中隊を急かすと、左翼を護るアルファ中隊を指揮するアルファ中隊第2小隊長・中川少尉を無線で呼び出した。
「アルファ2、ブラボー6、正面は激しい攻撃を受けている。そっちはどうだ?」
「ブラボー6、アルファ2。アルファ6の60ミリで敵を制圧しています。攻撃に勢いがありません。持ちこたえられます」中川少尉の声の後ろに散発的な銃声が響いていた。
「ラジャー、アルファ2。左翼が崩れたら我々は持ちこたえられん。やばくなったと判断したらすぐに報告しろ。躊躇するなよ。すぐに支援をまわす」
「フーア! まかしといてください」
「支援をまわすにも時間がかかる。やばくなったら早めに報告しろ。いいな」
「ラジャー」
「アルファ2、ラジャー、アウト」通信を終えた下田大尉は、瓦礫となった掩体壕に敵の銃弾が当たることによって生じるコンクリートの雨の中、腰をかがめて正面に移動した。
江見1等兵曹は、スナイパーライフルMK13を構え直すと息を止めた。スコープ越しに目標を狙い、静かに息を吐きながら人差し指をゆっくりと手前に動かした。
ウィンチェスター・マグナム弾が放たれた。
「青木中佐が戦死されました」
「なに!」堀内少将の走るスピードが緩んだ。
次の瞬間、堀内少将は、わき腹を蹴られたような衝撃を感じヨロヨロと前に倒れた。
「ブラーチャ! 司令官が撃たれた! ブラーチャ!」堀内少将の後ろを走っていた基地警備兵は堀内少将のわき腹を押さえながら叫んだ。
江見1等兵曹が撃った瞬間に堀内少将が走るスピードが緩めたため、ウィンチェスター・マグナム弾はわずかにそれて堀内少将のわき腹を貫通した。もし堀内少将が走る速度を緩めていなかったら堀内少将は即死だっただろう。それでもわき腹からの出血は激しく、ショック状態となり堀内少将は重傷だった。
必死の形相で突撃する香貫軍空挺隊員と基地警備兵は、基地警備兵の堀内少将が倒れたと叫ぶ声など聞こえなかった。だが、彼らの精神的支柱となっていた堀内少将が倒れたことは、まるでコップの水に垂らされた1滴のインクのように彼らに染みていった。
空挺隊員と基地警備兵は、一人また一人と突撃をやめ、床に伏せていった。




