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その52

星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”


和木空挺軍曹がロックオンした航空機は、徳永中佐が操縦する“アルファ・フライト” リーダーのMC-130Jだった。

“アルファ・フライト” リーダーがホルモン・スモーク南側の木を通り過ぎようとしたときに発射されたミサイルは、徳永中佐がミサイル警報の警告音を聞いたのと同時に爆発した。

ミサイルは、MC-130Jの右側操縦席の下に直撃して、爆発しながら右側の操縦席を破壊して上に抜けていった。直撃というよりも、かすったという表現のほうが正確かもしれない。おかげで、操縦席にいる徳永中佐と、コンバットの命に別状はなかった。

ミサイルの犠牲になったのは副操縦士だけだったが、爆発の衝撃で上を向いたMC-130Jは上昇してしまい、この位置からでは目の前に迫るホルモン・スモーク2階に大きく開いた出入り口には入れない。このままでは屋根に激突してしまう。

徳永中佐は、爆発の衝撃で操縦系統に異常をきたし、重たくなった操縦桿を目一杯引いた。

MC-130Jは、なんとか屋根の上空に出た。

このままでは、いつ操縦系統がダメになるかわからん。ホルモン・スモーク内部への再侵入は不可能だ。その前に落ちる。「屋根の上だが降下! 降下! 降下!」徳永中佐は、とっさの判断で降下を命じた。

キャビンでは、爆発の衝撃とその後の急激な機首上げにもかかわらずレンジャー隊員たちが立ったままの姿勢を維持していた。自分たちが乗った輸送機が落ちそうだということは言われなくてもわかる。落ちる前に降下したい。そのためには倒れるわけにはいかない。身体の前と後ろに大量の装備を身につけているため、一度倒れれば再び起き上がるのに時間がかかる。レンジャー隊員は、スタティック・ラインと、航空機の隔壁をつかんで必死に身体を保持し、降下を待った。

カーゴマスターから降下の命令を聞いたジャンプ・マスターは、ドアから顔を出して飛行高度を判定した。これならいける。よし!「ゴー! ゴー! ゴー!」

先頭の上沼大尉に迷いはなかった。ジャンプ・マスターの合図を聞いた次の瞬間、上沼大尉は空中に身を投げていた。

全員の降下を確認した左右のジャンプ・マスターは、カーゴマスターに向けて親指を立てると降下していった。

「カーゴマスターの野郎、落ちる飛行機に残っているくせに冷静な奴だ」右のジャンプ・マスターは、ジャンプの瞬間そう思った。

ジャンプ・マスターは、スタティック・ラインがパラシュートを引き出し、引き出されたT-11パラシュートが広がって、ガクンと吊り上げられるような感触が伝わってはじめて降下目標を確認した。

真下は建物の屋根ではないが、この風なら流されて屋根にたどり着く。逆に強い風で屋根を通り過ぎるほうが心配だ。ジャンプ・マスターは、屋根の中央に降りられるように操縦性が向上した新型のT-11パラシュートを操作した。

先に降下したアルファ中隊の上沼大尉とアルファ中隊第1小隊のレンジャー隊員も、ホルモン・スモークの屋根に向けて降下していった。

強い北西風によってパラシュートは流されたが、きわどいところで全員が屋根の上に降り立つことができた。




R38基地ホルモン・スモーク屋根 星川合衆国陸軍 3/75Rangerアルファ中隊の一部


上沼大尉は、着地の瞬間、身体が覚えた着地姿勢をとり屋根の上を転がった。素早く膨らんだ落下傘を萎ませて立ち上がると、パラシュートを外して身軽になった上沼大尉は、ヘルメットにNVGを着けるとM4A1カービン銃を構えて周囲を見渡した。

そこでは、パラシュートを外したレンジャー隊員が続々と駆け出して集まってきている。その中心から、第1小隊長・桜井中尉の円形防御をとらせる大声が響いていた。

降下直後の最も無防備な状況は脱しつつある。だが、降り立った場所はホルモン・スモーク2階の滑走路ではなく屋根の上だ。

「さあ、これからどうする」

悩まずに一つずつ問題を解決していくんだ。まずは、人員の確認と周囲の偵察。そのあと2階に降りる算段を考えよう。上沼大尉はそう決断すると、完成しつつある円形防御の内部に向かった。




星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”


“チョップスティック・アルファ・フライト”の2番機と3番機の操縦士は、編隊の隊形を維持するために、徳永中佐が操縦するリーダー機から目を離さずに操縦していた。

突然、リーダー機の機首付近で爆発が起こると、リーダー機は機首を上げて上昇をはじめた。最初は上昇を始めたリーダー機についていこうとした2番機の機長は、踏みとどまってホルモン・スモーク2階に侵入する高度を保った。

「アルファ3、アルファ2、アイム リーダー、侵入を続行する。続け!」2番機の機長は、リーダー機が被弾したため自らがリーダー機となってホルモン・スモーク2階に侵入する決断を3番機に伝えた。リーダー機に不測の事態があった場合、自動的に2番機が指揮を引き継ぐことは、事前に打ち合わせ済みだったのである。


特徴的な逆ガル・ウイングをもった艦上攻撃機・流星改二が、両翼に装備した20ミリ機銃を発射しながら飛行するその横を“チョップスティック・アルファ・フライト”は飛行し、ホルモン・スモーク内部に侵入した。

2番機の機長は、風向風速、飛行高度、速度、そして豊富な経験で養った勘からレンジャーを降下させるタイミングを計算した。今だ!

「降下!」機長の命令で、副操縦士は降下開始のグリーンライトを点灯させた。

3/75Rangerによるホルモン・スモーク内部への降下が始まった。


“チョップスティック・アルファ・フライト”の後方1メートルを飛ぶ“チョップスティック・ブラボー・フライト”さらにその後方1メートルを飛ぶ“チョップスティック・チャーリー・フライト”もホルモン・スモーク内部に侵入し、滑走路上空でレンジャー隊員を降下させ始めた。




R38基地ホルモン・スモーク2階 香貫公国R38基地守備隊 第9掩体壕


滑走路脇に作られた9箇所の掩体壕のうち、最も南側にある掩体壕が第9掩体壕だった。この大き目の消しゴムと同じ大きさの掩体壕には6名の戦略ロケット軍の基地警備兵が配置されていた。

急ごしらえとはいえ、頑丈なコンクリート・ブロックを積み重ねてできた掩体壕は、爆弾の直撃を受けない限り崩れることはなかった。それでも至近距離で爆発した爆弾の衝撃はすさまじく、3名が負傷した。

この掩体壕を指揮する高野軍曹は、このままで終わらせる気など毛頭なかった。高野軍曹と無傷だった二人の警備兵は、掩体壕の外に出ると掩体壕の壁に隠れて流星改二による機銃攻撃をやり過ごした。

「真ん中の輸送機を狙え……よし、今だ、撃て」二人の警備兵が9K38を放った。

2発のミサイルは、ちょうど一人目が降下を開始した“チョップスティック・チャーリー・フライト”のリーダー機に向かっていった。

2発のミサイルは白い煙を出して滑走路上空で花開くパラシュートの間を飛翔した。この2発のミサイルのうち1発は、降下するパラシュートの一つに当たった。パラシュートを突き破ったミサイルは、目標を見失って壁に激突したため問題なかったが、もう1発はリーダー機の右外側のエンジンを直撃した。

三人の警備兵は「やった」と思ったが、目標は依然パラシュートを吐き出し続けていた。

失敗か! と思った瞬間、攻撃したリーダー機の左側を飛行していた3番機の左主翼が廊下の壁と接触し、引っかかった主翼を支点にしてくるりと回ると機首を壁に激突させた。

そのまま滑走路に落ちた3番機は爆発した。

この光景を見た三人の警備兵は、なぜ攻撃していない左の輸送機が墜落したんだろうと顔を見合わせたが、流星改二による機銃攻撃の音が聞こえてきたため、急いで掩体壕の壁に隠れた。

3番機が壁に接触した理由は、ミサイルの爆発による衝撃でリーダー機の針路が左に向いたからである。3番機の操縦士は、リーダー機との相対位置が変わらないようにリーダー機だけを見て操縦していた。操縦していないほうの操縦士は、レンジャー隊員の降下に影響が出ないよう一定の速力と高度で飛んでいるかを飛行計器で監視しながら、チラリチラリと窓越しに前方を監視していた。

操縦していないほうの操縦士が左側の壁に接近しすぎたと気付いたが、その時は既に遅かった。左の主翼が廊下の壁に接触したとたん機首が回転し操縦士の目の前に壁が迫っていた。

3番機から降下できたレンジャー隊員は5名だけだった。




R38基地ホルモン・スモーク2階 星川合衆国 レンジャー第3大隊本部中隊、ブラボー中隊


滑走路の中央部に降り立った3/75Ranger大隊長・青柳中佐ら本部中隊の一部とブラボー中隊は激しい銃撃を受けていた。

滑走路沿いにある無傷の掩体壕と、その先にある南側の部屋に通じるスロープ脇にある掩体壕から、絶え間なく銃弾が飛んできた。

沢原大隊上級曹長は、身体をペタンと滑走路に伏せて、前方に見える崩れた掩体壕に向かってじりじりと移動していた。ヘルメットを滑走路に押し付けたまま移動する沢原大隊上級曹長の耳には、ピュン、ピュンと飛んでくる銃弾の音が聞こえていた。

ピュン、ピュンという銃弾の音から、敵が自分を狙って撃っているわけではないと分かっていたが、時おりビシッという銃弾の音も聞こえた。ビシッという銃弾の音は、銃弾が自分に当たるほど近くを通過したときの音だ。「下手な鉄砲数撃ちゃ当たる。てな」沢原大隊上級曹長はそう呟きながら、ヘルメットを滑走路に押し付けたまま周囲を見渡して崩れた掩体壕に接近する経路を探った。右に移動すれば敵の銃撃は減るはずだ。そう判断した沢原大隊上級曹長は、彼の後方で、やはり滑走路に伏せているレンジャー隊員に向かって「俺について来い。絶対に頭を上げるなよ」と怒鳴ると、再びじりじりと移動をはじめた。

滑走路に伏せて移動する沢原大隊上級曹長の目に、一人の兵士が立ち上がろうとしている光景が映った。暗くて断定はできないが、その兵士は大隊長・青柳中佐だと思った。

青柳中佐としては、この難局を打開するためには指揮官が率先して立ち上がって突撃しなければならないと考えていた。立ち上がって部下に「突撃」を命じる。だが、その突撃は、頑丈なコンクリートに守られた機関銃座に対しておこなうには不適切だった。

青柳中佐は、立ち上がると手に持つM4A1カービン銃を高く上げて「突撃」を命じようとした。その時、敵の銃弾が青柳中佐の額を貫き、次いで右肩を貫いた。青柳中佐はくるりと回転すると、その場に倒れた。

「くそ!」沢原大隊上級曹長は、ギラギラした目の青柳中佐が不安だったが、その予感が的中したと思った。立て続けに将校を失って、誰がレンジャーをまとめて戦えるようにするんだ! 沢原大隊上級曹長は無性に腹が立った。

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