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その48

星川合衆国海軍 VAW-114 E-2D“トング・ノベンバー02”


「完全にロストしました。ポイント・デフェンスに戻す潮時です。追い詰めたと思ったのですが」CICO(先任管制士官)の助言に榎本中佐は「よし、戻せ」と指示するとMFDに表示されたシンボルの一つをコツコツと叩いた。

「おい、CICO、すまんが“グリルネット”に繋いでくれ」

「はいどうぞ、チャンネル2、グリルネット45」CICOは、榎本中佐の要請に応じて特殊な偵察機に接続できる無線機の周波数を設定した。




星川合衆国空軍 RC-135W“グリルネット45”


ホルモン・スモーク(香貫のR38基地)の東北東5キロ、その上空150メートルを西に向けて飛行する4発の大型機があった。撃墜されたRC-135Vとほぼ同型の電子情報収集機RC-135W、コールサイン“グリルネット45”である。

“グリルネット45”には、12名のスクナビと1匹の軍用犬が搭乗していた。

最高機密の偵察機器を搭載したRC-135が星川の領空を出て飛行する際は、必ず2名の警備兵と軍用犬が搭乗する規則となっている。トラブルによって星川以外の空港に着陸した場合、機密の塊であるRC-135を防護するためである。

もちろん今回の搭乗員は正規兵のクルーで構成され、名誉将校は搭乗していない。


AWACSの撃墜は、クルーに大きな衝撃を与えた。だが、緊張が高まる地域での偵察任務を護衛なしで幾度もこなしてきた正規兵のクルーは、すぐに冷静にもどった。「安全な場所からいい情報なんか取れるもんか!」クルーはみなそう思っていた。

「さあ、AWACSをやった奴らがどこに行くか探ってみよう。デッキ、ヘディング0-3-0、全センサーを東に向けたい」偵察機器に囲まれたキャビン中央に座るミッション・コマンダーの中佐は、榎本中佐の要請を受けて彼らが見失ったSu-27SMを探すことになった。


これまで民間機を装って民間の航空路を飛行していた“グリルネット45”は、その装いを捨てて右に旋回しながら航法灯を消した。敵のSu-27SMに接近する恐れもあるが、わが身の安全よりも任務が優先する。それにSu-27SMはどこに行くのか? クルーはそのことに関心があった。




星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部


「結論から申し上げますと、この騒動があってもCASに常時3機オン・ステーション可能です(近接航空支援のため常時3機現場在空可能)。当初計画では常時2機オン・ステーションでしたので1機増えることになります」CVW-5留守番最先任のVFA-97飛行隊長・中西中佐は、ぶっきらぼうに報告した。

中西中佐の前にはチャートを広げたテーブルがあり、その向こう側に立つブルー・ドラゴン指揮官・岸本中将は大きく頷いた。

岸本中将の頷きを確認した中西中佐は続けた。「幸いなことに、この騒動に対処するため飛び立った航空機は全て古いF/A-18Cです。我々はこの古いF/A-18Cを“レガシー・ホーネット”と呼んでいますが……この“レガシー・ホーネット”は足が短いのでホルモン・スモークには投入しません。防空と空中給油のみに使っています。

ですが、レンジャーの降下開始時間が延びたために燃料が少なくなった機体があります。これらに対する給油と、空母打撃群のCAPの再編成、そして“トング・ノベンバー02”から要請があった相模川西岸の限定的な偵察を全て“レガシー・ホーネット”の2個飛行隊が行うため、どうしても今後3時間は常時3機オン・ステーションが限界となります」

「現状で降下前にこうむる75(レンジャー)の損失は計算内ですが、この損失はホルモン・スモークの建物内部で発生する輸送機の被撃墜として計算したものです。ホルモン・スモーク建物内部での損害を考慮すると常時4機による支援が必要です」歩くコンピュータ・高須賀大佐の報告に岸本中将は渋い顔をして頷いた。

「ならば、速度の遅い<瑞鶴>艦載機の出撃回数を増やすために、できるだけ<瑞鶴>をホルモン・スモークに接近させましょう。できるな」酒匂軍・入江男爵は酒匂海軍第1航空艦隊第5航空戦隊から派遣された航空幕僚に振り向いた。

「可能です。それに、5航戦司令はすでにその気でおられると考えます。ただ、あまりホルモン・スモークに<瑞鶴>を近づけると危険です」と答えた5航戦航空幕僚は、壁に設置された作戦状況図に表示された<瑞鶴>のシンボルを指差した。

<瑞鶴>のシンボルは間もなく鈴川の作戦区域北端に達する位置にあり、増速しながら北上していた。すでに減速して針路を南に向け始めていないと作戦区域内での行動を保てない位置だった。

「よろしい。私の命令で<瑞鶴>の行動範囲を無制限にせよ。5航戦司令には司令の判断でできる限りホルモン・スモークに接近し最大限の出撃を繰り返すよう伝えなさい。よろしいですか?」入江男爵は5航戦航空幕僚に命ずると、岸本中将に承認を求めた。

岸本中将は答える代わりに中西中佐に質問した。「<瑞鶴>の上空援護に回せる機体はあるか?」

「残念ながらありません。ですがホルモン・スモークの東に配置するE-2から早期警戒情報を提供することはできます。」岸本中将の問いに、再び中西中佐が答えた。

「ありがとうございます。情報をいただけるだけでも十分です。すでに犠牲者も発生していますし、最も危険なのは、これから降下する陸上部隊の隊員です。彼らを最大限援護しなければなりません」入江男爵の言葉に、岸本中将は彼を信頼した判断に間違いなかったことを確信した。

「正直なところ、近接戦では我々のジェットが落とす500ポンド爆弾より、<瑞鶴>艦載機の20ミリ機銃による正確な射撃のほうが心強いです。しかし、艦載機の損害が多くなるのは確かです。それでもよろしいですか?」高須賀大佐は、入江男爵に決断の再考を促したのではなく、幕僚の義務として最悪に事態についても事前に承知してほしかった。

「岸本中将が訓示されたように両国の国民を直接守る作戦です。艦載機の搭乗員もそれはわかっています。問題ありません」入江男爵は試すような質問をした高須賀大佐に気分を害することもなく答えた。

「失礼なことを言い、申し訳ありません。他意はございません」高須賀大佐は頭を下げた。

「高須賀大佐、頭を上げてください。この私が知るべきことを言われただけです。それこそ幕僚としての任務です。あなたの率直な意見は、我々への信頼の証です。それに勇敢なのはあなた方だけではない。我々の将兵も勇敢です。見ていて下さい」入江男爵はそう言い終わると口を引き締めた。


「最後に75の意見を聞きたい。大隊長に繋がるか?」岸本中将の本音は、3/75Ranger大隊長・青柳中佐が、この騒動に動揺していないかを確認したかった。同じ特殊部隊の一員として信頼しているが、青柳は初めての実戦だ。そのことが心に引っかかっていた。

「まもなく繋がります」と言って、通信員が岸本中将にマイクを渡した。

「クロー6です」青柳中佐の声が、通信中継機E-6を経由して司令部のスピーカーに流れた。

「クロー6、ドラゴン・ホーンだ。敵は追い払ったが、君の部下を乗せた輸送機が1機撃墜された。その状況は把握しているか」

「把握しております。今、バラバラに散った輸送機が再集結してホルモン・スモークに向かうところです」

「このままいけるか?」

「いけます。大隊本部の主要将校を失ったので、現場で大幅な作戦変更は難しいですが、それ以外は慎重に搭乗区分を決めてあったので1機程度の損失は問題ありません。ただ、航空支援は必ず増やしてください」スピーカーから流れる青柳中佐の声は冷静だった。

青柳は大丈夫そうだ。これなら作戦を続行できると岸本中将は考えた。

岸本中将はマイクの送信ボタンから指を外して司令部の幕僚に問いかけた「30分遅れで調整できるのだな」

司令部の幕僚はみな「可能です」と答えた。

「クロー6、ドラゴン・ホーン、降下開始時刻を30分遅らせる。それ以外は計画どおり進めてくれ。君の要望に応えるために<瑞鶴>は計画よりもホルモン・スモークに接近して航空支援にあたる。<カール・ビンソン>も出撃回数を増やす。君たちを決して孤立させない。頼んだぞ」

「イェサー」青柳中佐は、薄暗いMC-130Jのコックピットで目をギラギラとさせていた。岸本中将がこの目を見たら不安に思っただろう。だが、スピーカーから流れる青柳中佐の声は最後まで冷静だった。

「神のご加護を! ドラゴン・ホーン、アウト」

「フーア、クロー6、アウト」


「よし、みんな聞いたな。降下開始時刻を30分遅らせる」岸本中将の決断を受けた幕僚は、時間の変更を関係部隊に知らせるために散らばった。


「艦長、中西中佐、君らの“くそったれ2”を発動する。5分後にCDC(戦闘指揮所)に皆を集めてくれ」同席していたCSG3司令部先任幕僚(副司令)岡部准将は、艦長・大辻大佐と中西中佐にそう命じると一足先に司令部を出てCDCに向かって行った。

「じゃあ、朝飯の前にやることをやっちゃいますか」と言って中西中佐も司令部を出て行った。

「海軍はもっと上下関係に厳しいと思っていたが」岸本中将は、中西中佐の背中を見ながら言った。

「将軍。この空母に搭載している空母航空団は“フーリガンズ”とも呼ばれた、ならず者集団です。ですが、技量も高い者ばかりで、任務は完璧に果たします。それだけは私が保証します……彼らの言動をお許しください」大辻大佐は岸本中将に謝った。

「いやいや、うちのデルタやグリーンベレーの隊員も似たようなものです。敵の奇襲に対する対処といい彼らを頼もしく思っているところです。気になどしていません」岸本中将は、そう言って手を振った。

「ありがとうございます。では、失礼します」大辻大佐は岸本中将と入江男爵に挨拶をすると、司令部のドアに向かってきびすを返した。そして、なんでフーリガンズをかばうような言葉が自分の口からスラスラと出てきたのだろう? 不思議に思いながらCDCに向かって行った。

ブルー・ドラゴン作戦は、30分遅れで続行が決まった。だが、すでに3/75Ranger(第75レンジャー連隊第3大隊)は1個小隊以上の損害を出している。厳しい戦いがより厳しくなったことにかわりはなかった。




星川合衆国空軍 “チョップスティック・フライト”


“チョップスティック・アルファ・フライト”一番機、MC-130Jのコックピットでは、徳永中佐がコックピット中央のMDFに表示された編隊僚機のシンボルをチラリと見て、ゆっくりと右に旋回を始めた。旋回が終われば、その先はホルモン・スモークだった。

“チャーリー・フライト”1番機のMC-130Jが撃墜された時はショックを受けたが、今の徳永中佐は、編隊の再編成に忙しく撃墜された仲間たちのことを考えている余裕はなかった。

徳永中佐は、特に1番機を失った“チャーリー・フライト”が心配だった。データリンクで結ばれているのは、それぞれのフライトの1番機を務める15SOS(第15特殊作戦飛行隊)のMC-130Jだけ。EMCON(電波輻射管制)を破って無線で“チャーリー・フライト”を直接指揮しようとも考えた。

だが、やめた。

このような事態も想定した綿密なブリーフィングを何度も積み重ねてきたのだから“チャーリー・フライト”2番機の機長を信頼しよう。それに“チョップスティック・フライト”の最後尾を飛ぶ“デルタ・フライト”からは何も言ってこない。旋回を開始したら、機首に装備したFLIR(赤外線センサー)で後に続く編隊僚機を確認しよう。徳永中佐は、そう考えた。

「コンバット(CSO:戦闘システム管制官)、旋回を開始した。FLIRで編隊を確認しろ。全部ついてきているか?」

「スタンバイ……合計10機、きれいについてきています」

「おっと、キャプテン、ブルー・ドラゴンから降下開始を30分遅らせる命令が来ました。我々が報告したETA(到着予定時刻)に合わせるようです」コックピットの後ろに座るコンバットはそう報告すると、現在の地点からホルモン・スモークまでの正確な所要時間を再計算した。


徳永中佐の1センチほど後方のキャビンでは、3/75Ranger アルファ中隊長・上沼大尉がホルモン・スモーク内部の地図とメモを見ながら顔をしかめていた。

“チャーリー・フライト”1番機には大隊の主要将校が搭乗していたため、一挙に大隊ナンバー2からナンバー4を失ったのである。

大隊S-2・横田少佐(情報担当)、大隊S-6西橋少佐(訓練担当)だけでなく、当初上沼大尉と一緒にこの機に搭乗する予定だったS-3兼副大隊長・松沼少佐(作戦担当)までも横田少佐と打ち合わせをするために“チャーリー・フライト”1番機に搭乗していたのである。

このため、大隊ナンバー2は上沼大尉となった。上沼大尉はアルファ中隊の指揮だけでなく大隊長・青柳中佐の補佐をしなければならない。これまで他中隊の細かな任務まで把握していなかった上沼大尉は、他中隊の任務を細かく見直して見落としがないかメモをみながら作戦計画書のページをめくっていった。

その時、機内スピーカーから徳永中佐の声が響いた。「諸君、ブルー・ドラゴンから降下開始時間が30分遅れるほかは計画どおり遂行せよとの命令を受領した」

この知らせを聞いた上沼大尉は、座席のシートベルトを外してコックピットに向かった。

「30分遅れで続行ですか」上沼大尉は、コンバットの隣に立って徳永中佐に話しかけた。

「やあ、大尉、遅れて申し訳ない。経路の安全確保と編隊の再編成に時間がかかった。我々は1機失ったが、ブルー・ドラゴン司令部はいけると判断したようだな」MDFの薄暗い明かりに照らされた徳永中佐の顔は、相変わらず無表情だった。

「やるなといわれてもやるつもりですよ。仲間の仇も取らなければ気がすみません」

「冷静にな、大尉、冷静にな」

「ありがとうございます。冷静ですよ。安心してください」

「わかった。大尉、あと10分ほどで低高度に降下する。この風だ、低高度ではだいぶ揺れるぞ。今のうちに装備の点検を始めたほうがいい。それと、少し早めに降下準備のシグナルを出す。我々は君たちを必ず目的の場所まで届ける。がんばれよ」徳永中佐はそう言って右手を差し出した。

「ありがとうございます。帰りは必ず迎えに来てくださいよ。まっています」上沼大尉は、徳永中佐の右手を握った。

「全員生きて俺の機に戻って来いよ! 約束だぞ!」徳永中佐は心の中で叫んだ。

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