その47
細い道沿いのダイダラの民家
瀬奈中佐らが入り込んだ細い道沿いにあるダイダラの一軒家では、男が車を発進させようとしていた。
この男の趣味は磯での夜釣り。これから伊豆半島まで車でいくところだった。
この時間、半年前ならすでに釣りを始めている時間なのだが、真っ暗な磯で海に転落してからは夜釣りをやめていた。
あの時は1時間ほど沖に流されたが、潮が変わって陸に戻された。本当に運がよかった。
男は、暗い海で漂流したときの恐怖は忘れることはできなかった。それでも、釣りをやめられなかった。明るい時間なら足元も見えるし、転落しないだろう。今、出発すれば日が昇るころには着くはずだ。
男は車を発進させた。
香貫公国空軍 “白バラ”編隊
“ブッチャーナイフ”のF-15Cが角を曲がってきた。追われる雲組と月組のSu-27SMとは間もなくすれ違う。
もうすぐ撃てるわ。「飛んで火にいる夏の虫とは、あなたがたのことよ」瀬奈中佐は、ミサイルの発射に備えてトリガーに指をかけた。
その時だった。
右から巨大な物体がのしかかってきた。なに!?
瀬奈中佐は驚いたが、それも一瞬だけのことだった。
「右、自動車、左に退避!」瀬奈中佐は、スロットルを前方に押し出しながら操縦桿を左に倒した。「高度維持! すれちがうわよ!」
8機のSu-27SMは、自動車に押されるように道路の端に追いやられ、そこを高度差10センチですれちがった。無事にすれちがえたのは、半分が操縦技量、半分が運だった。
「このまま第2ポイントに向かいなさい!」操縦桿を持つ手が震えていることに気付いた瀬奈中佐は、その手に力を入れながら敵を探した。
星川合衆国空軍 F-15C“ブッチャーナイフ・フライト”
角を曲がり終えた浜田少佐は、先に角を曲がって見えなくなったSu-27SMをヘッド・アップ・ディスプレイ越しに目視で探した。
F-15CのAN/APG-63レーダーもSu-27SMを探した。
先にSu-27SMを再探知したのはレーダーだった。
レーダーは8機の戦闘機と路上に出てきた自動車を探知したが、空対空モードで作動中のレーダーは、巨大な自動車を無視してSu-27SMのシンボルだけをヘッド・アップ・ディスプレイに表示した。
それでも目の前に現れた自動車を見過ごすはずもない浜田少佐は、自動車の動きを見てどの方向に自動車を避けるべきかと一瞬考えた。
その時、自動車のヘッドライトがついた。
ヘッドライトに照らされた浜田少佐は、眩しくて何も見えなくなった。
自動車の出現には驚かなかった浜田少佐も、ヘッドライトによって何も見えなくなったことには驚いた。「上昇!」浜田少佐は叫びながら操縦桿を引いてF-15Cを急上昇にいれた。
星川海軍 F-14D×2機“ロストル・ブラボー”編隊
可変翼を後退させて矢じりのような形になった2機のF-14Dは、2メートルほどの高度で、じりじりと瀬奈中佐らの“白バラ”編隊に迫っていた。
「おっと! 車が出てきやがった」この高度なら車に衝突しない。車の上を30センチほどの間隔でかわせるはずだ。瀬奈中佐や浜田少佐のように車との衝突を気にしなくてよい渋谷大尉の関心は、8機のSu-27SMがどう動くかにあった。
渋谷大尉がオフェンスの時はデフェンスになる中山大尉は、正面から来る“ブッチャーナイフ・フライト”の動きに関心があった。敵は横に避けようとしているが“ブッチャーナイフ”は横に避けられないぞ……そうなると……まずい!
「左旋回、上昇! 急げ! ブッチャーナイフとぶつかる!」中山大尉はそう叫ぶと、急旋回により発生する高いGに備えて腹に力を入れた。
一瞬の間をおいて、事態を理解した渋谷大尉は、“ロストル009”を左上昇旋回に入れた。
“ロストル010”の緒方少尉は、“ロストル009”との相対位置が変わらないように上昇を始めた。ただ、相対位置だけに集中していると、あっという間に近づいて衝突してしまう。
「“9”をロックした。距離、1ポイント5」高Gに耐える石川少尉は、のどの奥から声を出した。高G機動中に機器を操作してロストル009”をロックオンするだけでも身体は悲鳴をあげる。それでも“ロストル009”との距離がわからなければ衝突してしまう。
こんな状態でキャノピー越しに下を覗くことは難しい。もし、下を覗いていたら石川少尉の心臓は縮んだはずだ。石川少尉のわずか2センチ下を“ブッチャーナイフ・フライト”のF-15Cが通過していったからである。
星川合衆国空軍 F-15C“ブッチャーナイフ・フライト”
すれ違うF-14Dに気がつかなかったのは“ブッチャーナイフ”のパイロットも同じだった。
車のヘッドライトの強い光をまともに浴びたパイロットの目は、暗い場所を飛行するF-14Dを発見できなかった。
高度が車の屋根を上回ったところで、レーダーが“ロストル・ブラボー”を探知し、ヘッド・アップ・ディスプレイに表示したのだが、その直後両者はすれ違いヘッド・アップ・ディスプレイの表示は一瞬にして消えた。
この混乱によって、星川軍はSu-27SMとの接触を失った。
“ブッチャーナイフ・フライト”も“ロストル・ブラボー”も、態勢を建て直して敵の大まかな移動方向、北西に機首を向けたときには何も探知できなかった。
それでも両編隊は、逃げたSu-27SMを求めて北西に急いだ。




