その46
星川合衆国海軍 原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)ブルー・ドラゴン司令部
香貫のMiG-31を発見してからわずか20分。この20分でAWACSを失い、レンジャーを乗せたC-130も1機失った。陸上戦闘でも激しい戦闘の勝敗が20分で決まることがあり、航空戦だからといって特別進展が早いというわけではない。それでも、わずか20分でこれほど大きな損害を出すとは想定外だった。
相模川東岸は我々が支配する空域だと当然のように考えていが、今の星川軍に常時この空域を監視して力で抑える手段はない。単に力の空白地帯になっていただけだ。香貫はそこを突いてきた。
文字がやっと見えるほどの明るさしかない司令部の指揮官卓に座る星川軍ブルー・ドラゴン指揮官・岸本中将は、そう考えた。
とはいえ、幸いなことに飛行機乗り達は、この奇襲を押し返したようだ。正面の状況表示ディスプレイには、編隊を組みなおしながら西に進む“チョップスティック・フライト”の緑色のシンボルと、赤色のシンボルで表示された敵機を追う緑色のシンボルが動いている。
だからといって安心はできない。現場航空作戦統制官を引き継いだ“トング・ノベンバー02”が要請した戦闘機の増派は、次の攻撃を防ぐことができるのか? 計画外の戦闘機増派は地上戦の航空支援にどれだけの影響を与えるのか? 先の先を読んで計画を修正しなければならない。岸本中将は、彼の周りに集まった幕僚の顔を見渡した。
星川合衆国空軍 F-15C“ブッチャーナイフ・フライト”
“白バラ”編隊が第2ポイントに向きを変えたため、“ブッチャーナイフ”のF-15C 4機と“白バラ”のSu-27SM 8機は互いに正面から対峙する形となった。“白バラ”の後ろからは“ロストル・ブラボー”のF-14D 2機が追う。
ほぼ互角の勢力。さえぎるもののない高空や海上なら激しい空中戦が展開されただろう。だが“白バラ”は地を這うように飛んでいる。“白バラ”をレーダー探知しても建物や草の陰に隠れてすぐに探知を失ってしまう。ミサイルの発射に必要な情報が得られるまで探知を継続できない。仮にミサイルを発射できたとしても誘導を継続できないだろう。
「サノバビッチ!」“ブッチャーナイフ・フライト”編隊長・浜田少佐は、またそう毒づいた。敵の位置はおおむねわかるのに攻撃までには進まない。BSHでの戦いは、待ち伏せか後方からの接近戦が定石だが、すでに待ち伏せのタイミングは逸している。浜田少佐は、Su-27SMの編隊が自分たちの真下に入る直前に180度のロールをうって背面飛行の状態にすると、すかさず操縦桿を引いて乗機を降下反転させた。編隊僚機も同じ機動で浜田少佐に続く。
「電線に気を付けろ!」浜田少佐は道路から50センチほどの高さで降下を止めると、レーダーは逃げるSu-27SMを再び捉えた。捉えた機数は4機。残りの4機は、1区画ほど北側を逃げるのがデータリンクを通じてディスプレイに映りだされている。
北側の4機が我々の後方に回られるとマズイな。
浜田少佐がそう考えた直後、“トング・ノベンバー02”から“ブッチャーナイフ”は南側の4機、“ロストル・ブラボー”のF-14Dは北側の4機に対処せよとの指示をだしてきた。
「ありがとよ! 海軍さん」後方の心配が減った浜田少佐はそう答えると、スロットルを握る左手で兵器選択を近接戦闘用の赤外線誘導ミサイルAIM-9Xに切り替えた。
香貫公国空軍 “白バラ”編隊
「雲組と月組は次の角を右に曲がりなさい。空組と風組が正面からクロスする。その後は第2ポイントに向かうのよ。うるさいハエを追い払うわ」瀬奈ふぶき中佐は“白の1番”を左旋回させて、車一台分の幅しかない細い道に入った。
瀬奈中佐がIRSTを見ると、ちょうど雲組と月組のSu-27SMがこちら側に旋回してくるところだった。
「いいタイミング。みてらっしゃい」道路から10センチの高さで飛行する瀬奈中佐は、敵がレーダーで私たちを探知するよりもわずかに早くIRSTが敵を発見できると考えていた。そのわずかな差が生き残るチャンスを増やす。戦いの決着は燃料を補給してからにしましょう。
正面から来る雲組と月組の飛行高度は道路から20センチ。すれ違うときの高度差は10センチ。下は固いアスファルト。そして正面からは敵。「最高の演出ね」正面を見つめる瀬奈中佐は、そうつぶやいた。




