その38
門沢橋駅北西約600メートル 「第2ポイント」
香貫公国空軍“青鷹編隊“
第2ポイントである海老名南ジャンクションで待機を始めてすでに9分。MiG-31M“青の1番”のコックピットに座る長沢中佐と古川大尉は、互いに押し黙って星川のAWACSが発するAPY-2(AWACS、E-3のレーダー)のシグナルを今か今かと待ち構えていた。
二人の脳裏には、「星川の攻撃部隊は、すでに去ってしまったのではないだろうか」、「我々の燃料が尽きる前に来るのであろうか」、「そもそも出撃の情報は正しかったのだろうか」などの不安がよぎった。
古川大尉は、イライラしてレーダー画面を指でコツコツと叩いたり身体をモズモズと動かしたりしていたが、長沢中佐は長年かけて獲得した忍耐力と操縦に専念することで気を紛らわしていた。
さらに1分が経過した。
そして、ようやく“トング46”のロート・ドームから発射されたレーダー波が“青の1番”に届いた。
「よしきた! 探知! APY-2、方位安定せず、信号強度……中」古川大尉の声は、あきらかに安堵の気持ちが含まれていた。
「よし! あとは小柳(“青の6番”のパイロット)がうまくやってくれるだろう」古川大尉と違い長沢中佐の声は固かった。口では小柳少佐がうまくやってくれるだろうと言ったものの、小柳はAPY-2を探知したのか? 現段階で正確な位置もわからない星川のAWCSを攻撃するタイミングを失していないか? 指揮官の心配事は尽きなかった。
「小柳さんならうまくやってくれますよ。うちっちの発動も間もなくです」
そうだな。この段階であれこれ心配するよりも一つ一つ計画を実行に移していこう。長沢中佐はそう思いながら、頭上に架かる完成間もない海老名南ジャンクションの真新しいループ橋を見上げた。
門沢橋駅東約600メートル 「第3ポイント」
香貫公国空軍 MiG-31M“青の6番”
長沢中佐から東に1キロほどにある第3ポイントにも、“トング46”が発するAPY-2のレーダー波が到達していた。
“青の6番”の後席に座るベテランWSO(兵装システム士官)・岸少佐は「右旋回、機首方位2―1―1。APY-2、シグナル強度中から高! 向こうに探知されるのは確実だ! 旋回終了後レーダーを入れる」と言いながらレーダーの操作を開始した。
「2―1―1、ポニョ」前席で操縦する小柳少佐は、工場の横に建てられた大きな自動車の看板を避けながら上昇旋回を始めた。
自動車の看板に描かれた若い女性の瞳よりも小さな“青の6番”は、その横をかすめるように飛んだ。
強い風が看板に当たって発生した乱気流にも、強力な2基のソロヴィヨーフ製エンジンは負けなかった。あっという間に付近の建物よりも高い高度に達した“青の6番”は、機首方位が211度に向くと、機体の先端に装備されたザスロンM・レーダーを作動させた。
岸少佐の目の前にあるレーダースクリーンに、ザスロンM・レーダーが探知した目標が点となって表示された。
岸少佐は、熟練した手つきでボタンを押し、ダイヤルを回して無数に表示された点の中から星川軍のAWCS“トング46”を探し出すと無線機の送信スイッチを入れた。これまでいっさいの無線を封止して隠れてきたが、レーダーを作動させた今となっては隠れる必要がない。
「カローリ、DF-38! カローリ、DF-38!」岸少佐は、無線で“トング46”の位置を待機する青鷹編隊と白バラ編隊に報告した。
この報告は、攻撃開始の合図でもあった。白バラ編隊長・瀬奈ふぶき中佐が発案した“魔女の食事”作戦は攻撃の段階に入った。




