その36
鈴川 伊勢原駅南約3キロメートル 星川合衆国軍・酒匂王国連邦軍共同前進基地「ハラミ・ステーション」
星川合衆国海軍 HSM-74(第74ヘリコプター海洋攻撃飛行隊)“ャット03“
<伊400>の命と引き換えに完成したハラミ・ステーションに金城1等兵曹らヘリコプター整備チームを乗せたMH-60S“キャット03”が着陸した。
強い向かい風とBSH飛行による遠回りによって<カール・ビンソン>からハラミ・ステーションまで2時間もかかった。やっと着いたな。ハラミ・ステーションに来るまでの経緯を思い出した金城1等兵曹は口元を緩めた。
それは、先日のことだった。1日の仕事が終わってCVW-15陸上事務室を出ようとしたところ、突然CVW-15最先任上級曹長“チーフ”村居上級曹長が電話をかけてきた。「足が治ったなら、さっさと荷物をまとめて戻って来い!」チーフの命令を受けた金城1等兵曹は、徹夜で荷物をまとめると空母<カール・ビンソン>行きのCOD(艦上輸送機C-2)に飛び乗った。
CODのキャビンに設置された座席は、着艦の衝撃に備えて後ろ向きになっているので、後部のランプから機内に入った金城1等兵曹は先客と目が合った。先客は緒方少尉と石川少尉だった。
「やあ、お二人さん」金城1等兵曹は、そう言って二人の横に座ると、石川少尉が話しかけてきた。「金城さん、事務所にいないから休みだと思いましたよ。ボートに戻るんですか?」
「怪我は大丈夫ですか?」緒方少尉が付け加えた。
「えぇ、私の身体はステータスA(航空機の可動状態のことで“A”は、全ての機器に異常がなく全ての任務に使用できる状態)です。ところで、お二人さんは大活躍したらしいじゃないですか」金城1等兵曹は、左足を叩きながら言った。
「無我夢中だったんですけど、おかげで今度の作戦に参加させてもらうことができました」緒方少尉がそう言うと、石川少尉がすかさず横槍を入れた。「ちがうだろ! 学校をサボれてラッキーなんだろ!」
三人はそろって笑った。その後も三人の会話は弾んだ。
徹夜でボートに戻る準備をした金城1等兵曹は、本音では寝たかったのだが、話をすることで戦闘飛行前の不安と緊張を紛らわそうとする二人が気になり話に付き合うことにした。だが、おかげで<カール・ビンソン>へのフライトはアッという間だった。
緒方少尉と石川少尉は、艦橋の横で停止したCODを降りると、金城1等兵曹に挨拶して艦橋のドアに向かって歩き去った。
二人の後姿を見送った金城1等兵曹は、転落して骨折した付近を一瞥すると、キャットウォーク(フライト・デッキの周囲に設けられたフライト・デッキより1段下の通路)に降りるラッタルに向かいながら深呼吸をした。金城1等兵曹の肺の中は、ジェットの排気の臭い、オイルの焼ける臭い、タイヤの焼ける臭い、燃料の臭い、そして金属と金属が強制的に擦れるときの臭いが交じり合ったフライト・デッキ特有の臭いに満たされた。
懐かしい臭いに安らぎを覚えた金城1等兵曹は、キャットウォークのドアから艦内に入ると、チーフに会うためCVW-15司令部庶務室に向かった。
司令部庶務室のドアは、誰でも気軽に入れるように艦内閉鎖の命令がないときはいつも開いていた。
金城1等兵曹は、上体だけを傾けて開いたドアから司令部庶務室内を覗いた。チーフはデスクで書類に目を通していた。
金城1等兵曹は、その姿勢のまま壁をコンコンと叩き「失礼します。チーフ」と言った。
顔を上げたチーフは、金城1等兵曹を見るとにっこりと笑って「よく戻ってきたな。いつものようにコーヒーをとってそこに座れ」と言った。
「足は大丈夫か?」
「ありがとうございます。問題ありません」
「そうか。よかったぞ」チーフは、そう言いながら席を立ってドアを閉めた。
「さっそくだが、お前に行ってもらいところがある。その前に状況を説明しておく。いいか、これから説明する内容は他言無用。もちろん、お前に話すことは、お前のセキュリティ・クリアランスをチェックしたうえでボスの了解を得ている」金城1等兵曹が黙って頷いたことを確認したチーフは、ブルー・ドラゴンの概要を説明した。
「……この作戦を支援するためにホルモン・スモーク(香貫のR38基地)の東1100ヤードの鈴川沿いにヘリコプター支援の前進基地「ハラミ・ステーション」を造ることになった。そこにMH―60Sを1機派遣してシールズ隊員と負傷者を回収するらしい。酒匂も1機派遣するらしいが、何でもそいつの任務は核弾頭の回収だそうだ」
金城1等兵曹は口笛を吹くと言った「正気ですか? 酒匂に核を渡すんですか。どうしてです?」
「アホ! しがない最先任上級曹長殿に理由なんか分かるもんか。ともかくハラミ・ステーションでヘリを整備する人間が必要だ。行ってくれるな」
「もちろんです」金城1等兵曹は二つ返事で引き受けた。
「お前以外の人選は済んでいる。整備員3名の面倒を見てくれ。問題は指揮官の士官だ。本来なら整備士官が行くところだが、酒匂との共同作戦ということで適当な士官が見当たらなかったらしい。山内少佐が指揮官だ」
「ボートの補給科にいる山内少佐ですか?」
「そうだ。いつも我々のことを気遣ってくれる山内少佐だ。いい人だし、いつも世話になっているんだが整備やヘリの運航に関してはど素人だ。誰かがフォローしてやらにゃならん」
「だからオレも行くことになった」
「あたり。正式にはお前のスキッパーからオーダーされるはずだ。準備を始めておけ……それとな……お前とは個人的な話しがあるんだが……このドタバタが終わってからだな」
自分の不注意で怪我をしてボートを降りたにもかかわらず、チーフやボートの仲間は自分のことを暖かく迎えてくれた。金城1等兵曹は、そのことが嬉しかった。だけど、チーフが言っていた個人的な話って何だ?
金城1等兵曹がそう考えながら“キャット03”の周りで支援に当たる酒匂の整備員を見ていた。酒匂の整備員も、なかなかいい動きをするじゃないか。
「おい! あいつらの動きを見たか! 負けるんじゃあねえぞ!」金城1等兵曹は、3人の整備員に向かって言うと、整備員は拳をあげて頷いた。




