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その30

帷子川支流二俣川 二俣川駅南西約50メートル

星川合衆国空軍 二俣川2ndAFB(二俣川第2空軍基地)AWACS “トング46”

星川合衆国二俣川コロニー


二俣川コロニー2階にある二俣川2ndAFBの滑走路を、552dACW(第552航空統制航空団)所属のAWACS、E-3G、コールサイン“トング46”が離陸滑走を始めようとしていた。

直径2.6センチメートルの円盤状レーダー・アンテナを背負った“トング46”の機内では、“トング46”の武器である貴重なコントローラー(航空士の資格を持つ機上管制官。空域の監視を行う警戒管制官と、戦闘機などに指示を出す武器管制官により構成される)たちが離陸に備えてシートベルトを締めて座っていた。その中の一人、4列あるコントローラー席の最後部に座る後山空軍准将は、座席に深く腰掛けて、頭の中で作戦の流れを再確認していた。

現場航空作戦統制官である後山准将は、頭の中に戦術状況図を描いていた。その戦術状況図には、無数の矢印がホルモン・スモーク(“ブルー・ドラゴン”司令部が付与した香貫のR38基地の暗号名)に向けて動いていた。シンボルが密集している塊のうち、もっとも大きな塊がレンジャー隊員を乗せたチョップスティック・フライト、その北西には後山空軍准将の“トング46”と護衛のブッチャーナイフ・フライト、少し遅れてチョップスティック・フライトを直接護衛するウエットタオル・フライト。そして南側には<カール・ビンソン>を発艦したチャコールバーナー・フライトとロストル・フライトが進む。

一通りの流れを再確認した後山准将は、次に様々な不測事態を流れの中に挿入した。もし、この時点でチャコールバーナー・フライトが5分遅れたらどうする? チョップスティック・フライトのスピードを落とさせるか? それともその場で待機させるか? この時点では、チョップスティック・フライトをその場で待機させ、全体のスケジュールを遅らせたほうがいいだろう。後山准将は頭の中で次々と予期せぬ状況を挿入して対応方法を検討した。

よし、今度は逆にチョップスティック・フライトが送れた場合はどうする? 後山准将は考えに集中していたため、“トング46”が離陸滑走を始めたことに気が付かなかった。やっと車輪が滑走路を蹴って空中に浮かんだ瞬間のガタンという衝撃で離陸に気が付いた。それでも後山准将は頭の中で再確認を続けた。4機の敵機が北西から“トング46”に向かってきたらどうする? この状況なら、彼の前方に座るコントローラーはブッチャーナイフ・フライトの2機を敵に正対させ、もう2機を敵の側面に回りこませる機動を指示するだろう。この時、ブッチャーナイフ・フライトのF-15Cを操縦するパイロットには何が見え、何を考えるだろうか?

後山准将は、今でもF-15の操縦資格を持つイーグル・ドライバーだった。ただ、操縦資格を保つために必要な訓練は最低限しかしていない。このため戦闘飛行に必要な資格は全て失効している。そして、今後も資格を回復することはないだろう。後山准将は、それでもいいと思っていた。年をとった准将に戦闘機に乗って戦うことなど求められていない。それにミサイルを撃つよりも、レーダー画面で空域を把握し、配下の駒を自在に動かすほうが楽しかった。

離陸後の点検が終了した“トング46”は、二俣川コロニーを出ると夜空に向けて上昇していった。機内では、早くもコントローラーが仕事を始め、後山准将も最後の再確認を終えるとハーネスのロックを外して手をもみながら言った。「さあ、みんなしっかりやってくれよ」




帷子川支流二俣川 二俣川駅南西約50メートル

星川合衆国空軍 二俣川2ndAFB(二俣川第2空軍基地)F-15C“ブッチャーナイフ”編隊、“ウエットタオル”編隊

星川合衆国二俣川コロニー


滑走路手前のアーミング・エリアで乗機F-15C“ブッチャーナイフ01”を停止させた浜田少佐の目に、離陸する“トング46”の衝突防止灯が目に入った。あいかわらず時間通りの離陸だな。そう思った浜田少佐は視線を前方に立つグランド・クルーに移した。

両手に黄色く光るライトスティックを持ったグランド・クルーは、大きくキビキビとチョーク(車輪止め)が入ったことを知らせてきた。浜田少佐は航法灯を操作して了解を示しめすと、横を向いて彼に続くF-15Cの数を数えた。7機。よし。深夜のアーミング・エリアに合計8機のF-15Cが揃った。この8機のF-15CはMSIP-X(多段階能力向上計画ヴァージョンX)改修を完了した最新のF-15Cだった。


MSIP-Xは、荒本大統領によって生産中止に追い込まれた第5世代ステルス戦闘機F-22の不足分を補うため行われたF-15Cの近代化改修だった。この改修は、ゴールデンイーグル仕様のF-15Cに、機体構造の強化、エンジンの換装、そして完全なグラスコックピットとJHMCS2(統合ヘルメット装着式目標指定システム)の統合によって2040年代まで一戦級の戦闘力を確保する目的で行われた。今でも色褪せない高い機動性を持つF-15Cに最新のアビオニクスとエンジンを搭載したMSIP-X改修型F-15Cは、しばらくのあいだ星川空軍の主力として十分に通用する戦闘機だった。


浜田少佐はJHMCS2のバイザーを上げてため息をついた。彼は暗視装置の画像やシンボルが映し出されるJHMCS2のバイザーを下ろしていると圧迫感や閉塞感を感じてしまい、それが嫌だった。バイザーを上げたときの開放感はなんとも爽快で、思わずため息を漏らしたのである。JHMCS2が嫌ではない者などいるのだろうか? 浜田少佐はいつもそう思う。だが、そのことを誰にも聞いていなかった。

彼は優秀なパイロットだけが入校を認められるウエポン・スクールを修了した兵装士官だった。飛行隊で教官の教官を務め、戦術の指導を行う兵装士官が「JHMCS2だけは、どうしても馴染めない!」などとは言えない。なんとか慣れるしかないな。浜田少佐は気を取り直して左右の翼を見た。その翼の下では武器係のグランド・クルーが“ブッチャーナイフ01”に搭載した8発のミサイルに装着された安全ピンを抜き取っている最中だった。

全ての安全ピンが抜き取られ、それを確認した機付長は、ライトスティックを持ったグランド・クルーに“OK”のサインを出した。

グランド・クルーは、再び黄色く光るライトスティックを大きく振って離陸前の最終確認が完了したことを浜田少佐に知らせた。

浜田少佐は、コックピットを見渡して異常がないことを確認すると耳を澄ました。

編隊用周波数にセットされた無線機から「ツー、レディ」「スリー、レディ」……「ウエットタオル03、レディ」「ウエットタオル04、レディ」と、次々と離陸の準備が整ったことを知らせるパイロットの報告が流れてきた。問題ないようだな。さあ、空に上がって“トング46”に合流しよう。

浜田少佐は管制塔から離陸の許可をもらうと、航法灯を操作してタクシー開始をグランド・クルーに伝えた。

8機のF-15Cは2機ずつ2ndAFBを離陸するとコロニーを抜けて、トング46が向かった方向、西に向けて旋回しながら急角度で上昇していった。深夜の二俣川の住宅街にF-15Cが発するエンジン音が響いた。

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