その26
相模川 寒川駅西約1.7キロメートル「ロース・ステーション」
星川合衆国海軍 CSG3(第3空母打撃群)原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)
<カール・ビンソン>を中心としたCSG3は、相模川に設定された「ロース・ステーション」に到着していた。ブルー・ドラゴン作戦中<カール・ビンソン>は、この地点を中心に艦載機の発着艦作業を行う計画になっている。
<カール・ビンソン>の艦内では、様々な部署が作戦の準備に余念がなかった。
フライト・デッキ直下の03デッキにあるブルー・ドラゴン共同司令部では、攻撃前最後のマスブリーフィングが終わるところだった。このマスブリーフィングには入江男爵と岸本中将のほか、遠隔会議システムを使って星川陸軍の3/75Ranger(第75レンジャー連隊第3大隊)大隊長・青柳中佐や、酒匂海軍第1航空艦隊第5航空戦隊司令などブルー・ドラゴン参加部隊の指揮官全員が参加していた。
マスブリーフィングの最後を締めくくったのは、岸本中将だった。
「酒匂軍将兵の皆さん、そして星川軍将兵の諸君、今回の戦いは、見ず知らずの国で秩序回復を行う戦いではない。ましてや権益を守るための戦いでもない。核ミサイルの直接攻撃から、我々の家族や友人を守るための戦である。我々自身のための戦いなのである。この戦いを成功に導くには、全てのレベルでの協調が不可欠となる。それは、酒匂、星川双方の協調も同じである。この戦いが終わればまた敵同士にもどるのだろうと考える者もいるが、明日のことはレースのパンツをはいた外交官連中に任せよう。少なくとも我々は共に香貫の銃弾の下を這いつくばることになる。我々は共に戦う同志なのである。
いずれにせよ香貫軍は着々と態勢を整えている。それでも我々は勝って家族や友人を守る。共に信頼し、共に協調し、厳しい訓練に耐えた自分を信じ、そして仲間を信じろ。さすれば勝利の女神は我々にほほ笑むはずだ。諸官の健闘を祈る」
岸本中将の訓示が終わり、共同司令部にいる要員が起立すると、岸本中将と入江男爵は共同司令部を出て行った。香貫のミサイル基地に対する攻撃は、実施の段階に移った。
加藤中佐と、DCAG(空母航空団副司令)代理・榎本中佐も、共同司令部を出て長く狭い通路に出た。
「ブルーシャツを着て鼻高々の奴ら(空軍)は頑固ですな。鼻に一発くらわさないと分からんようだ」榎本中佐は、<カール・ビンソン>の指揮区画を行きかう乗員を避けながら言った。
「おいおい、パンチだけはやめてくれよ」
「そんなことはしませんよ。私も年をとって丸くなったんですから。それに、私が問題を起こせばボスまで飛ばされますよ」
「俺と違ってお前はまだ汚名返上のチャンスが残されているんだ。こらえるところはこらえてくれよ。それにお前がいなくなると俺が困る。お前がいないとフラッグ・ブリッジで昼寝ができなくなるじゃないか」
榎本中佐は、笑うとすぐに真顔にもどって言った。「私の出番がありそうですね」
「問題は、どんな状況で出番が来るかだ。予測もつかん。そんなときに攻撃軸を正しい方向に向けられるのは、海軍広しとはいえ、お前だけだ。頼んだぞ」
「できるだけの事をしますよ。ボスにこき使われるのは慣れていますから」
「榎本、お前もか」二人は笑った。
彼らの7センチメートル下、第7デッキ、艦内奥深くの弾火薬庫では、赤いシャツを着た武器員がミサイルや爆弾の組み立てに汗を流していた。
組み立てが終わり、調整が済んだミサイルや爆弾は、武器検査員が最終確認をしてグリスペンでしるしを記入していった。
航空機に搭載するだけとなったミサイルや爆弾は、搬送用のスキッドに固定され、フライト・デッキに通じる武器用エレベータに載せられた。
フライト・デッキでは、別の武器員がミサイルや爆弾を受け取り、直接航空機や艦橋横の一時保管場所に運んでいった。
そのフライト・デッキでは、発艦に備えた航空機の移動が行われていた。トラクターによって牽引されたF-14DやF/A-18がいたるところで動き回り、あるところでは燃料の給油が行われ、あるところではミサイルや爆弾の搭載が行われていた。はじめて見る人にとっては「混乱の極み」にしか見えない。だが、フライト・デッキで行われている作業は全て艦橋1階のハンドラー・ルームが管制する緻密に計算されシンクロされた動きだった。
日が沈んだ相模川を航行中の<カール・ビンソン>、全長1メートルほどのフライト・デッキはオレンジ色の照明に照らされ、そこを赤や黄色のシャツを着た身長5ミリメートルの要員が発艦準備を進めている。彼らの作業が終了すれば、次は飛行士たちの出番となる。それも間もなくのことだった。




