その24
鈴川 平塚駅北西約3キロメートル
酒匂王国連邦海軍 開発隊群 通常動力型試験潜水艦<伊400>
全長35センチメートルの細長い艦が鈴川の中央部をさかのぼっていた。魚雷の攻撃によって艦首が3センチメートルほど欠落した<伊400>である。
浮上航行する<伊400>は、魚雷発射管室からの浸水を確認しながら、段階的に速力を上げていた。
「両舷前進原速。ゆっくりとな!」艦長・沢地大佐は、セイルで操艦にあたっていた。
「両舷前進原速、回転整定」セイルにいる伝令員が機関室からの報告を伝えた。艦は徐々に速度を増した。
「兵員室、浸水量変わらず。異常なし」
「弾薬庫、浸水量変わらず。異常なし」
「前部外観異常なし」
伝令員は各部からの報告を沢地大佐に伝えた。沢地大佐は、その度に手を挙げて答えた。よし!この速力で行こう。「発令所へ、この速度で行くぞ」
「発令所、この速度で行く」伝令員は発令所に伝えると、伝令員は続けて「発令所了解」と沢地大佐に伝えた。
「通信員! 発、<伊400>艦長。宛、<そうりゅう>艦長。増速異常なし。現速力を維持して潜航する。送れ」沢地大佐の命令で、通信員は信号灯のレバーをカタカタと操作して発光信号を送った。
折り返し<そうりゅう>からも発光信号が送られてきた。通信員は、その発光信号を読み取って報告した。「発、<そうりゅう>艦長。宛、<伊400>艦長。了解。本艦、潜航を開始する」
その報告に頷いた沢地大佐は「潜航準備」を命令すると、空を見上げた。天候は問題ない。これなら内殻はもちこたえる。よし! 降りよう。全員が艦内に降りたことを確認した沢地大佐は発令所に降りた。
潜航の儀式が終了し、露頂深度でトリムが安定すると、機関長・森住中佐が発令所に入ってきた。「艦長、内殻接合部分の点検が終わりました。やはり亀裂が見つかりました。2箇所です。1箇所は兵員室上部、もう1箇所は機械室下部。兵員室の亀裂は問題ないので溶接にかかりますが、機械室の亀裂は深刻です。見てもらえますか」
沢地大佐と森住中佐は、機械室の細い梯子を降りて低い天井の機械室最下層に降り立った。
「ここです艦長。亀裂から水が染み出しています」森住中佐はしゃがみこむと亀裂が発生した場所を指差した。
「浸水しているということは、この亀裂は表面だけではないんだな?」
「ええ。この亀裂は内殻を貫通しています。今、応力の方向を計測中です。その結果で応力を抑える方向に補強を入れます」
「帰投まで持ちこたえるか?」沢地大佐は森住中佐の顔を見た。
「正直言ってわかりません。最悪の場合は、いっきに亀裂が拡大する可能性があります。当面、これ以上深度を下げないほうがよいでしょう」
沢地大佐は唸った。ハラミ・ステーションまであと50分。応力が最小となるよう細かな操艦以外に方法はないようだ。あとは、亀裂が拡大した場合の処置を検討しなければならん。負傷者搬出のこともある。沢地大佐はそう考えながら発令所に戻った。




