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その21

香貫公国海軍 第1太平洋艦隊 原子力攻撃型潜水艦 <ペトロザヴォーツク>(B-388)


「魚雷から探信音」ソナー員の一人が報告し、もう一人が妨害装置を作動させた。

「舵もどせ、進路0-3-3、さらにノイズメーカー発射」艦長・北堀中佐が命じた。

<ペトロザヴォーツク>が向かう先は、アシが無数に生い茂る中洲の端だった。北堀中佐は、増速した艦の勢いでアシの林を突っ切り、魚雷をかわすつもりだった。

「大丈夫です。行けます」副長・古羽少佐は、北堀中佐の意図を察知して言った。

「魚雷2本、方位1-2-8。距離50」

ソナー員の報告に、顔面蒼白の政治将校・峰尾中佐はぼう然と立ち尽くしていた。そんな峰尾中佐を尻目に、北堀中佐は次の命令を発した。「上げ舵いっぱい、深度10」

潜水艦と魚雷の死の競争だった。<ペトロザヴォーツク>がアシの林に隠れるのが先か、89式魚雷が追いつくのが先か。じりじりとした時間が過ぎた。

そして決着がついた。

勝ったのは<そうりゅう>が放った2本の89式魚雷だった。1発はスクリューの軸受け、もう一発は横舵前方で爆発した。特にスクリュー軸受けでの爆発は<ペトロザヴォーツク>に壊滅的なダメージを与えた。爆発の衝撃で変形したプロペラシャフトの振動で、頑丈な軸受けが破壊され、最後部の耐圧船殻はこれに耐えられなかった。これにもう1発の爆発が加わり、機械室は一瞬のうちに浸水した。

機械室前方の区画は原子炉区画だった。浸水はこの区画にも広がったのだが、軸受けよりもさらに頑丈な原子炉容器の中は無事だった。原子炉の暴走もまぬがれた。爆発の衝撃と同時に制御棒が自動的に落とされ、連続した核分裂に必要な中性子が吸収され緊急停止したのである。

浸水をまぬがれた前方の区画も被害は甚大だった。爆発の衝撃によって器材の一部は取り付け台座からちぎれて宙を舞い、配管はいたるところで外れ、亀裂が入った。

さらに、ちぎれた横舵が惰性で前進する<ペトロザヴォーツク>を右に回転させた。そして、アシの林に突っ込んで停止した。

乗員も被害をまぬがれなかった。ほとんどの乗員は爆発と同時に投げ飛ばされ、怪我しなかった幸運な乗員は一握りだった。それでも起き上がろうとした乗員は、右に回転する船体につられてコロコロと転げまわった。

「救難ブイを出せ、メインタンクブロー」北堀中佐は、弱々しく命じて気を失った。

北堀中佐の命令が聞こえたのは、北堀中佐の横に転げてきた掌帆長・木伏上級曹長だけだった。肋骨を骨折した木伏上級曹長は、痛む胸を押さえながら今では床となった右側船殻を通って発令所前方にある救難ブイ発射器を操作した。

艦内から放出された救難ブイは、浮力によって水面に向けて上昇していった。だが、途中でアシの葉に引っかかってしまった。アンテナが水面上に出なければ救難信号を発することができない。<ペトロザヴォーツク>は遭難を知らせる手段を失った。

数時間後、意識を回復した北堀中佐指揮の下、前部区画にある脱出ハッチから脱出を試みたのだが、どうしてもハッチを押し上げることができなかった。アシの幹がハッチを塞いでいたのである。彼らに残された道は、酸素欠乏による死しかなかった。

5年後、沈没した<ペトロザヴォーツク>を回収して調査する作戦が星川、酒匂合同で実施された。引き上げられて台船に載せられた<ペトロザヴォーツク>を調査した要員は、艦内に入るなり息を飲んだ。発令所と、前部脱出ハッチには遺体が整然と並んでいたのである。無理に脱出しても、生きたまま川虫や魚に食べられただけだろう。それならば、苦しむことなく仲間とともに死ねるほうがはるかにましだ。特に発令所では、艦長の制服を着た遺体を中心に、遺体が整然と並んでいた。争いの影も見えなかった。最後まで規律を維持した乗員と、そうさせたであろう艦長に星川と酒匂の調査員は涙を流して彼らの冥福を祈った。

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