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その20

酒匂王国連邦海軍 開発隊群 通常動力型試験潜水艦<伊400>


「ヴィクターⅢ、回転数上げています。方位も変わる。魚雷は……探信をはじめた。方位1-7-1度。距離1.8ヤード。まっすぐ近づいてきます」

艦長・沢地大佐は水測員の報告に頷いた。<そうりゅう>がヴィクターⅢに魚雷を放ったに違いない。<そうりゅう>の魚雷をかわすために急激な回頭をしたことで自分が放った魚雷の誘導ワイヤーが切れた。それで探信をはじめた。そういったところだろう。おかげで更なる被攻撃の可能性は減少した。迫り来る魚雷の対処を間違えなければ預かり物を無事に届けられるだろう。「先に来る魚雷を連続測距」沢地大佐は、そう命じた。

「1.6……1.5……1.4」水測員は接近する魚雷との距離を連続して報告した。

魚雷が接近するにしたがい船体を叩く魚雷の探信音が<伊400>の艦内に響き始めた。一部の乗員は上を向いたり後ろを振り返ったりして見えぬ魚雷を探したが、ほとんどの乗員は手近かの物につかまり爆発の衝撃に備えた。

「0.5……0.4……」

「両舷停止、後進いっぱい! 下げ舵10度! 急げ!」沢地大佐は、潜望鏡の横で命じた。

最初のTEST-71ME魚雷は、<伊400>に当たって戻ってくる探信音を基に<伊400>の未来位置を計算して、その方向に向かうモードで自らを誘導していた。このモードの場合、お互いが針路と速力を変えなければ、魚雷は<伊400>の中央部分で衝突する。だが、<伊400>は減速を始めた。もちろん魚雷の頭脳は<伊400>の急減速を認識して針路を変えようとした。だが全長2センチメートル弱の魚雷は、乱れる水流によってなかなか向きが変わらない。向きを変えようとあえぐ魚雷と<伊400>の距離は急速に縮まった。

「魚雷方位変わる。1-6-9度。距離0.2」

「発射管室、後部に退避!」沢地大佐は叫んだ。

最初の魚雷は、左舷の前部潜舵直上で爆発した。

爆発の衝撃波は、前部潜舵から前方の外殻を引きちぎった。衝撃波はなおも突き進み、魚雷発射管室を覆う内殻の弱い部分、魚雷発射管が内殻を貫く部分を容赦なく破壊した。その時点で衝撃波は弱まったが、それでもほとんどの乗員を弾き飛ばし、配電盤をショートさせて艦内を漆黒の闇に変えた。

沢地大佐は爆発に備えて海図台をしっかりと握っていたが、衝撃の威力にはかなわず発令所の床に投げ出された。すぐに起き上がろうとしたが、暗闇で平衡感覚を奪われ再び床に転がった。なんとか海図台につかまりながら立ち上がると「発射管室浸水!」との報告が艦首側から響いてきた。

すかさず応急長が、衝撃でふらふらする頭を振りながら常時身に着けている懐中電灯を点灯させて前方に駆けていった。

この程度の爆発なら、この艦は持ちこたえる。だが、2発目を食らったらどうなるかわからない。沢地大佐はそう考えた。「2発目はどこだ? わかるか? 水測」

電源を喪失してソナーが使えない水測員は、発令所の内殻に耳をつけ外の音を聞いた。「魚雷右舷を遠ざかる。いぜん探信音を発しています」と、報告した。

沢地大佐は「了解」と答えた。よし、魚雷は間もなく着底する我々を見つけられん。魚雷が円周捜索しても、あと10分で燃料が切れるはずだ。それを待ってから浮上する。

沢地大佐がそこまで考えていると航海科員が懐中電灯を持ってきた。沢地大佐は航海科員から懐中電灯を受け取ると、バルブが並ぶ区画に光を当てて破損状況を確認しようとした。するとバルブの前で必死に立ち上がろうとする潜航指揮官が映った。「どうした。潜航指揮官」

「立てんのです」と、潜航指揮官は答えた。

沢地大佐は潜航指揮官に光を当ててよく見ると、左の足首が不自然だった。爆発の衝撃で足首が骨折し、つま先が180度後ろに向いていた。これでは立てない。

「潜航指揮官、足首を骨折している。衛生員が来るまで無理をするな」沢地大佐がそう言い終わらないうちに、掌帆長が「副長、副長、だいじょうぶですか」と叫んだ。

沢地大佐が掌帆長の声がした方向に懐中電灯を向けると、副長・桝谷少佐が頭から血を流して倒れていた。

「掌帆長、動かすな。損傷が広がる可能性がある。衛生員に任せよう」

「了解しました」といって掌帆長が立ち上がると同時に非常用電源が復旧した。赤い非常灯が艦内を赤く染めた。

「私は発射管室の浸水状況を確認してきます」立ち上がった掌帆長は右腕を押さえていた。

「掌帆長、きみも負傷したのか」沢地大佐は右腕を見て言った。

「骨折したようです」

「手当てしてからにしろ」

「そうもいきません。発令所で手が空いているのは私だけです。艦長に状況を報告してからでも遅くはありません」

「わかった。行って来い」沢地大佐の承諾を得た掌帆長は、発令所を後にした。

艦の前方からは、発射管室の後方区画にまで浸水する水を止めようと指示を出す応急長の怒鳴り声が響き、角材を前方に運ぶ兵員が慌しく発令所を横切っていった。

「艦長、主電源は10分で復旧します。あと、艦制御システムは再起動しました。あと1、2分で使えるようになります」発令所にやってきた機関長・森住中佐は、そう報告して前方をチラリと見た。「浸水は応急長に任せておけば問題ないでしょう。それよりも内殻の接合部分に亀裂がないかが心配です。思わぬ場所に亀裂が走っている可能性があるので、今から特別チームを作って点検にかかります」

<伊400>を輪切りにしてその断面を見ると、内殻は二つのパイプをつなぎ合わせたような形状をしている。ダルマを横にしたような形状である。この二つのパイプをつなぎ合わせる溶接部分は構造上応力がかかりやすい。もちろん設計者はそのことを認識していたため、十分な対策を施しているのだが、それでも森住中佐は心配だった。

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