その18
星川合衆国海軍 CSG3(第3空母打撃群)攻撃型原子力潜水艦<カメハメハ>(SSN-642)
「突発音、突発音! 発令所、魚雷の発射音! 川下からです。距離は……<伊400>に近い」チーフ(ソナー員長)からだった。
「<伊400>が撃ったのか?」艦長・村田中佐は、ソナー室に届くような大声で言った。
「方位が近いので確実ではありませんが、<伊400>ではありません」
「機関停止」村田中佐が命じた。<伊400>でなければ<そうりゅう>が撃ったのか?いずれにせよ距離は遠い。我々にとどく魚雷ではない。その点は心配ないが、いったい誰が誰に向かって撃ったのだ?
「新たな魚雷の発射音! 最初の魚雷の方位は徐々に左に移っています……待ってください、魚雷の発射を探知した方位から機械音を探知! シエラ2と呼称する」増速した<ペトロザヴォーツク>の機械音をチーフが探知した。
「どんな艦か識別できるか?」村田中佐は、ソナー室に入った。
「ええ、シグナルは弱いのですが、循環ポンプが2つ、1軸スクリューのようです。<伊400>の騒音が大きすぎます。この騒音を濾しとっていますが、これ以上はわかりません。ただ、この特徴は潜水艦、香貫のヴィクターⅢと一致します」チーフの額からは、汗が一筋流れた。目標までの鈴川はほぼ直線なので、<伊400>や<ペトロザヴォーツク>の発する音は直接伝わってくるのだが、川岸で反射してきた音も時間差を置いて伝わってくる。このため、ディスプレイに映る表示は不明瞭で、頼りはチーフの耳だけ。目標の判別は困難だった。
「チーフだから、これだけ早くわかったのだ。ところで、<伊400>の動きはどうだ?」
「先ほどから変化ありません」
魚雷を撃ったのがヴィクターⅢだとしたら、<伊400>に対して撃ったのだろう。だが、<伊400>は魚雷に気付いた様子はない。自らの騒音で探知できないのか? いずれにせよ、このままではまずい。昨日の敵は今日の友というが、酒匂とはまさにそんな関係だ。酒匂を味方だと考えるには抵抗もあるが、今は<伊400>に危険を知らせなければならない。それにヴィクターⅢも新たな敵の出現に戸惑うはずだ。村田中佐は、そう考えた。
「チーフ! ヤンキー・サーチを1回だけ打て」
「アイ! 艦長」チーフは出力ダイヤルを最大にすると、カバーを上げてボタンを押した。
<カメハメハ>の丸い艦首に装備されたBQQ-5ソナーは、一瞬の間をおいて鈴川の水を強打した。
「魚雷がお前を狙っているぞ! 気付け!」村田中佐は、そうつぶやいた。
酒匂王国連邦海軍 第6艦隊 通常動力型潜水艦<そうりゅう>(SS501)
「突発音! 注水音です。方位2-9-7。中洲の南側です」水測員長・矢島兵曹長の声が発令所に響いた。
「なに! 面舵いっぱい!」艦長・高原中佐は、そう命ずるとTDS(潜水艦戦術状況表示装置)の前に立った。
<そうりゅう>には、様々な新技術が装備されているが、なかでも高原中佐が画期的だと思ったのがTDSだった。TDSには敵艦との対勢、海図、センサー情報など艦長の意思決定に必要な情報が表示される。これまでのように対勢作図盤と海図台を行ったり来たりしながら必要な報告を求める必要がなくなったのである。
ただ、複雑で状況が目まぐるしく変わるソナー情報だけは、水測員の口頭による報告が必要だった。それだけは<そうりゅう>でも変わっていない。
「魚雷の航走音! まって下さい。遠ざかります。こいつは<伊400>を狙っています」
<カメハメハ>が先回りして攻撃したのか? それとも香貫の待ち伏せか? そんなことはどうでもよい。攻撃してきたからには識別に時間をかける必要などない。元の進路に戻してこちらも攻撃だ。「もどせ! 取り舵いっぱい! 員長、距離は?」
「90ヤード! 正確ではありません」
「かまわん! とっさ攻撃! 1番、2番、いや、1番、3番発射管用意! 準備できしだい発射!」高原中佐の命令は、直ちに実行された。
「注水完了、前扉開いた。1番、3番発射する! テーッ」
<そうりゅう>の右舷にある魚雷発射管2本から、89式魚雷が連続して発射された。
「1番、3番、航走異常なし」2本の魚雷は中洲の下流端をすぎると右に進路を変更した。
「艦長、目標、わずかに増速しています。スクリュー音探知……4枚ブレード……ヴィクターⅢ、香貫です。」
「くそっ! 香貫の待ち伏せだったか」副長・新井少佐は自分の足を叩いた。
「上流から探信音、BQQ-5ソナー、星川のものです。音圧レベル低い。反響音からすると距離は700ヤード前後です」
<カメハメハ>が発した探信音か。状況は複雑になったが、少なくとも彼我の態勢は概ね判明した。だが、<伊400>の危機が去ったわけではない。<伊400>を助けることが最優先だ。「魚雷を高速に切り替えよ」高原中佐は、そう命じた。
<伊400>もヴィクターⅢも魚雷に気付いた様子はない。<伊400>から発せられる騒音にマスクされて、両方の潜水艦とも迫り来る魚雷を探知できないのだろう。しかも魚雷は後方から接近してくる。両方の潜水艦とも命中する直前まで魚雷を探知できない可能性だってある。
「沢地さん、何をしている! 早く動け!」高原中佐は心の中で叫んだ。