その16
星川合衆国海軍 CSG3(第3空母打撃群)攻撃型原子力潜水艦<カメハメハ>(SSN-642)
<カメハメハ>は、小田原厚木道路の高架下を抜けて鈴川を下っていた。シールズ隊員を回収するためにR38基地付近の鈴川で待機していた<カメハメハ>は、<伊400>の要請に応じたブルー・ドラゴン司令部の命令によって鈴川を下っていたのである。<伊400>との会合点まで残すところ600メートル。間もなく会合するところだった。
「発令所、ソナー。ニューコンタクト。方位1-1-9。“シエラ1”と呼称する」
ソナー室の報告を受けた艦長・村田中佐は、5秒でソナー室に入ってきた。「何だ」
「内燃機関の連続した排気音を探知しました。とんでもない爆音を響かせています」ソナー室に入ってきた艦長に気付いたソナー員が報告した。
「<伊400>か?」
「たぶんそうだと思います。すみません。排気音が大きすぎて他の音がかき消されています。識別には少し時間をください」
「20分後に<伊400>と会合する予定です。充電のために我々の護衛を要請した状況からすると<伊400>に間違いないでしょう」遅れてソナー室に入ってきた副長・岡田少佐は腕を組んで言った。
「そうだな」村田中佐は同意した。「よし、<伊400>と思われる目標を探知したと報告しておこう。潜望鏡深度につけろ」
「アイ、アイ」といって岡田少佐は発令所に戻っていった。
香貫公国海軍 第1太平洋艦隊 原子力攻撃型潜水艦 <ペトロザヴォーツク>(B-388)
<伊400>と中洲をはさんだ反対側の水面に1本の針が突き出してきた。「ダイダラ」にとっては針にしか見えないが、それは<ペトロザヴォーツク>の潜望鏡だった。
素早く敷設地点の海面を観察した艦長・北堀中佐は「下ろせ」と言って潜望鏡を下ろさせた。潜望鏡から目を離した北堀中佐は、副長・古羽少佐に顔を向けて言った。「まずいな。敷設地点の水面が荒れている。川底に何かあるぞ。敷設地点を5メートルほど川上に変更しよう」
海図を確認した古羽少佐が「了解。問題ありません……」と言って報告を続けようとしたときだった。突然ソナー員の緊迫した声がスピーカーから響いた。
「突発音、発令所、ソナー、突発音、方位0-0-7」
「舵手! 右……」北堀中佐は、すぐさま反応しようとしたが、再びソナー員の報告がスピーカーから流れた。
「突発音ではありません。連続したエンジンの排気音です。水中で排気しています。方位変わらず、正確な距離は分かりませんが10メートル前後です」
「舵手、命令もとえ。掌帆長、潜望鏡上げろ」
「方位0-0-5、目標のほうが、わずかに速い。それにしてもすごい排気音です。」
北堀中佐は「了解」と言って、上がったばかりの潜望鏡をその方向に向けた。その方向に水上を航行する艦船は見当たらない。だが、よく見ると水面から黒い煙が浮き上がり、上空に昇るにつれ薄れていくのが見えた。
バッテリー充電中の潜水艦か。のんびり充電中ということは、こちらに気が付いていない。このままやり過ごそう。今回の任務は機雷の敷設であって敵艦を沈めることではない。
「潜望鏡下げ…… 副長! 水深は?」
「キール下132センチ」
「深度100、出力10%、無音潜航」北堀中佐の命令によって、古羽少佐は操艦命令を発し、機関科員は原子炉の出力を調整し、無音潜航の命令は口伝に艦内に広まった。
「ソナー、発令所、目標の識別はできたか?」
「えらく古い酒匂の発電用ディーゼルエンジンが2基作動しています。スクリューは2基。1940年前後に建造された酒匂の巡洋潜水艦とデータは一致しますが、それ以上のデータはありません」
「ごくろう。よくやった」
「酒匂の、古いポンコツ潜水艦のようですな」ようやく機雷の敷設を開始できる段階になって出鼻をくじかれた副長が不機嫌に言った。
「そう怒るな。このポンコツに発見されなかっただけでも有り難いと思わんとな」
「そうですな。十分に離れてから敷設するしかないですね。それとも攻撃しますか?」
「いや。やり過ごす。“トルベト”(香貫アイスホッケー・リーグで万年最下位に甘んじているアイスホッケー・チーム)相手に勝ったところで誰も褒めてくれん。そうだな掌帆長!」
「“トルベト”と試合するくらいなら、猿回しのホッケー・チームとやった方がましでさぁ」海軍のアイスホッケー・チームでコーチを務める掌帆長・木伏上級曹長が小声で言った。
木伏上級曹長の言葉に、発令所に詰める者はみな声を出さずに笑った。度重なる出港でも<ペトロザヴォーツク>の乗員に不満が少ないのは、この潜水艦の家族的雰囲気と乗員間の団結にあった。