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その12

相模湾 片瀬江ノ島駅南約3キロメートル

星川合衆国海軍 CSG3(第3空母打撃群)原子力航空母艦<カール・ビンソン>(CVN-70)


<カール・ビンソン>から見る江ノ島は、断崖絶壁の島だった。その江ノ島周辺の海域は、夏になると多くのヨットやボートが行きかう混雑した海域だった。それでも、10月ともなれば、その数も減ってくる。

おかげで自由に動ける<カール・ビンソン>は、その能力を最大限発揮して搭載する航空機を次々と発艦させていた。発艦した航空機は、どれもJRTC葉山で訓練するため、東に向かって飛び去っていった。

騒々しいフライト・デッキの下、VF-111の隊長事務室では、VF-111副長・原口中佐が午前中の日課である事務仕事を終えて、昼食をとりにいこうと席を立った。ただでさえ狭い隊長事務室に加藤中佐と原口中佐の机が押し込められているので、横歩きでないとドアにたどり着かない。

ようやくドアにたどり着いたとき、ドアが開いて一人の中佐が中を覗いた。CVW-15のDCAG(空母航空団副司令)代理・榎本中佐だった。CVW-15はDCAGも代理しかいない。

「原口、一緒に飯でも食わないか。話があるんだ」

「いいですよ。私も今から飯に行くところでしたから。ボスはいつ戻るんです?」

「15分前に<瑞鶴>を発艦しているから、間もなくだ」

「うちの若い者が乗ったCOD(艦上輸送機C-2)も同じくらいの時間に戻ってきますよ」原口中佐が言う若いのとは、緒方少尉と石川少尉のことだった。二人は学校に行かなければならないのだが、自分たちが発見したミサイル基地を攻撃するのなら、自分たちも攻撃に参加したいとの強い希望で呼び戻されたのだった。

「若いのって、緒方と石川か? ミサイル基地から戻ってから様子が変だと聞いたが、大丈夫か?」

「大丈夫です。ボスと話して、気持ちの整理が出来たようです。今はできるだけ飛ばして、恐怖心と向き合える心を鍛えなきゃなりません。あなたにだって、そういう時期があったでしょ?」

「そんな昔のことは忘れちまったよ。まぁ、ボスと話をしているなら大丈夫だろう。若いもんが潰れるのは見たくねぇからな。よかったな」

「ええ」

そういって、二人は昼食をとるためにワードルーム(士官食堂)に向かった。

ワードルームの席に座ると、榎本中佐が話し始めた。「今日のボスのフライトは中止できないか? ボスと今回の航空作戦命令を作らなゃならん」

「ボスには現場で指揮してもらう計画ですよね。現場に行くには、その前にJRTC葉山で訓練する必要があります。それに飛んでもらわないと訓練の最低基準をクリアできません。CVWのCAGが訓練不足で飛行資格停止なんて、かっこ悪いこと出来ませんよ」

榎本中佐はため息をついて言った。「わかったよ。そのかわり、ボスにはCVWの業務に専念してもらうぞ。お前のところはお前だけで処理してくれ。ボスの手を煩わせるなよ」

「大丈夫ですよ」

「それにな、ボスの考えを聞かないとわからんことがあるんだ。ボスは、攻撃のときオレに“ハマー”(早期警戒機E-2D)に乗ってくれというんだ。そのへんの理由も聞きたいしな」

「作戦計画の原案だと、現場の航空統制はAWACS(空軍の早期警戒管制機E-3)ですよね。だから、ボスにはターキー(F-14D)で指揮してもらうはずだったんじゃないですか?」

「何か考えがあるんだろう。なんせボスは、嵐を呼ぶ男だからな」

「確かに。でも、今回に限っては嵐を呼ぶというか、ボスは嵐を未然に防ごうとしているのかもしれませんよ」原口中佐は、そう思った。それに、榎本中佐の作戦立案能力は海軍随一だ。急な作戦変更があったとしても、榎本中佐なら対処できる。いや、榎本中佐でなければ対処できない。ボスは、何かあると考えているからこそ榎本中佐を“ハマー”に乗せたいのだろう。

それにしても、もったいない。上官を殴ったりしなければ、榎本中佐の将来は前途洋々だったのに。

そんな思いにふける原口中佐をよそに、榎本中佐は話を続けた。「いずれにせよ、嵐に備えて準備しなきゃならん。頼んだぞ」

「了解」

二人の食事が運ばれてきた。急いで食べて仕事に戻ろう。食事中、会話はほとんどなかった。



鈴川と板戸川の合流点付近 伊勢原駅南約2.5キロメートル

香貫公国軍 R38基地


R38基地では、防御態勢を強化する工事が着々と進んでいた。

工兵隊の奮闘によって、なんとかTELが渡れる状態になったスロープを、巨大なTELがソロリソロリと渡っていた。TELは、滑走路のある廊下から、敷居をまたぐスロープを通って南側の部屋にある臨時の駐車場に向かっていた。

トラックが忙しく動き回り、フォークリフトはコンクリート・ブロックを動かし、兵士は土嚢と角材で陣地を構築していた。

彼らの動きは、以前とはまるで違っていた。高井大佐を手なずけ、暖かい食事と休息を与えてくれた今度の司令官は話が分かる。R38基地の雰囲気は、がらりと変わった。特に士官達は堀内少将を中心にまとまりつつあった。


「最初の班が出発しました」R38基地作戦将校・藤井中佐が司令部テントに入ってきた。

「ごくろうさん」R38基地司令官・堀内少将は、机に広げられた地図から目を離して藤井中佐にほほ笑んだ。

基地外周4箇所の木に監視所を設置するため、最初のヘリコプターが兵士を乗せて出発した。それぞれの監視所には、4名の兵士が9K38“イグラ”携帯式防空ミサイルを抱えて配置につき、敵の攻撃機は隠れてやりすごし、輸送機だけを攻撃する作戦だった。

「明日には331(第331親衛パラシュート降下連隊)が到着します。後は、R38基地が提案してきた作戦を少々手直しすれば、現状の問題点はなくなります」

「あの作戦は、なかなか面白い。成功の鍵はタイミングだ。そこを、もう少し検討してみよう」

「了解しました」そこまで言った藤井中佐は、ためらいがちに話を続けた。「ところで、高井大佐が小銃の撃ち方を教えろと言って射撃訓練場に現れたそうですが……やめてもらうよう言ってきましょうか?」

「高井大佐が? いや、今は彼の思いどおりにやらせておこう」

「香貫山で何があったのですか?」

「政治部長に三行半を突きつけられ、昇進を後輩に奪われたと言っていたが……なあ、藤井、高井大佐が心を入れ替えて皆と一緒に戦おうと考えているなら、そうさせてやりたいと思う。確かに私は、高井大佐がここでしてきたことを全て知っているわけではない。高井大佐を許せないと思っている人もいるだろう。こんな事態になったのは、高井大佐に原因の大半があるのだからな。それでも、あえて高井大佐が望むなら仲間として受け入れたい。もちろん、高井大佐が今までと変わらないのであれば、次の便で香貫山に送り返す。分かってくれるか?」

「司令官のお気持ちは、よく分かりました。我々の敵は高井大佐ではありませんから。それに、今は団結のときです」藤井中佐は、そう言って自分の太鼓腹をたたいた。

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