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その11

横浜横須賀道路 横須賀インター・チェンジ上空

星川合衆国空軍 15SOS(第15特殊作戦飛行隊)と48AS(第48空輸飛行隊)による混成編隊“チョップスティック・フライト”


3/75Ranger(第75レンジャー連隊第3大隊)の将兵は、9機のC-130輸送機によって構成された“チョップスティック・フライト”に分乗して、JRTC葉山(葉山統合即応訓練センター)にある訓練施設、VLS(可変レイアウト構造物)に向かっていた。

単に“VLS”と呼ばれるその構造物は、「ダイダラ」の建物を模擬した骨組みだけの建物で、そこに床や壁を自由に配置することによって、「ダイダラ」の様々な建物内部を模擬できる。短時間で建物内部を再現できるVLSは、香貫のミサイル基地程度の規模であれば、3時間ほどで床と壁を設置できる。

VLSは実戦的な訓練環境を提供できるので、VLSでの訓練を希望する部隊は非常に多い。レンジャー連隊といえどもVLSでの訓練はなかなかできない。それが、予定されていた使用計画を全てキャンセルして、“オペレーション・ブルー・ドラゴン”参加部隊のために使われることになった。使用予定を変更するなど簡単に出来ることではないが、事態を重くみたCJCS(統合参謀本部議長)の鶴の一声であっさりと変更された。星川軍制服組のトップに逆らえる者などいない。もちろん理由などを聞くものなどいなかった。


3機一組の編隊が3個編隊で構成された“チョップスティック・フライト”の各編隊は、それぞれ“アルファ・フライト”、“ブラボー・フライト”、“チャーリー・フライト”のコールサインが割り振られ、それぞれのフライトに第75レンジャー連隊第3大隊の1個中隊が搭乗していた。

先頭編隊を飛ぶ“アルファ・フライト”リーダー機のコックピッでは、アルファ中隊長・上沼大尉が、パイロットであり編隊長である徳永中佐と降下の打ち合わせを終えたところだった。「よろしく」そう言って徳永中佐と握手した上沼大尉は貨物室に戻った。

その貨物室の機首寄りには、一人だけ違う迷彩服を着た男が静かに座っていた。知的な雰囲気が漂うその男は、NEST(エネルギー省核緊急支援隊)の専従員だった。上沼大尉は立ち止まってNEST専従員に話しかけた。「アルファ中隊長の上沼です。よろしく。NESTの方が、訓練から参加してくれるとは有難いことです」そういって右手を差し出した。

「こちらこそよろしく。NESTの笠原です」NEST専従員・笠原海軍少佐は立ち上がって上沼大尉の手を握った。

握手を終えた上沼大尉は、笠原少佐の迷彩服に縫い付けられた“USS MICHIGAN”と刺繍されたワッペンを見つめた。

「あぁ、これかい。私はもともとブーマー、失礼、ブーマーというのは戦略ミサイル潜水艦のことなんだが、私はブーマー乗りだったんだ。最後に乗り組んでいた潜水艦が<ミシガン>だったから未練がましく今でも付けているだけさ。私はシビリアンでなく海軍さ」

「NESTの方ではないのですか?」

「NESTはケチでね。私のようにフルタイムの専従員でも、NESTは給料を出さないんだ。そういうわけで、人事管理上は海軍からの出向となっている」

「いずれは海軍に戻るんですね」

「さぁ、それはどうかな。先のことはわからんよ」笠原少佐は、笑って答えた。

握手したときの手の感触といい、物腰軽い動きといい、この人は鍛えている。上沼大尉は、そう感じながらブラボー中隊長・下田大尉が言った言葉を思い出した。

「彼らは、Dボーイズ(主に対テロ作戦を任務とする第1特殊部隊デルタ分遣隊の隊員に対する通称)の身体に核物理学者の頭を乗せたエリート中のエリートだ。正真正銘のプロだよ。うかうかしていると、彼らの足手まといになるのは俺たちの方だぞ。ジャンプ(パラシュート降下)の回数だって我々より多い」

下田大尉の言ったことは本当のようだ。核弾頭を取り扱ったことのない上沼大尉にとって心強い助っ人がきてくれた。

「核弾頭なんて初めて扱うので、本当は少し不安なんですよ。少佐が来てくれて助かります」上沼大尉は正直に言った。

「部隊配備されている核弾頭なら、それほど神経質になる必要はないさ。ちょっとのことで爆発したり放射能が漏れることはない。なんせミサイル発射時の衝撃に耐え、落下時の強烈な速度にも耐えたうえで、正確に作動するように造られている。君たちが考える以上に頑丈で信頼性が高い。この信頼性は政治的にも求められているんだ。貯蔵中に放射能漏れや爆発でも起こしてみろ、香貫のような独裁国家の政権でさえ、ひっくり返る恐れがある。そんなわけで、乱暴に扱ってもいいとは言わないが、慎重に扱ってもらえば何の問題もないはずだ」

「それを聞いて安心しました……そろそろジャンプの時間です。地上で会いましょう」上沼大尉は、もういちど笠原少佐と握手すると、大きく右に傾きはじめた機体に負けないように踏ん張りながら、貨物室の最後部に移動した。真っ先にジャンプする上沼大尉の定位置は貨物室の最後部だった。

三浦半島を南北に縦貫する横浜横須賀道路の上空100メートルを南に向けて飛行中だった “チョップスティック・フライト”の各編隊は、横須賀インター・チェンジ上空で南西に進路を変更した。これまでは、右に相模湾、左に横須賀港を見ながらの楽な飛行だった。だが、ここからは違う。横浜横須賀道路を離れて、山と山の間を編隊飛行のまま低高度でJRTC葉山に向かう。攻撃に備えた訓練は地上部隊だけではなく、パイロットにも必要だった。昼からはCVW15の攻撃機もJRTC葉山で訓練することになっている。星川軍の攻撃準備は着々と進んでいた。




中村川 二宮駅西南西約2キロメートル

酒匂王国連邦海軍 橘海軍基地

酒匂王国連邦海軍 第6艦隊 通常動力型潜水艦<そうりゅう>(SS501)

酒匂王国連邦 橘コロニー


向かい合う桟橋にそれぞれ係留された<そうりゅう>と<伊400>のスピーカーから、一斉に「出港用意」の号令が響いた。突然の出港だった。

出港順序は<伊400>、<そうりゅう>の順。小さな身体に強力なエンジンを搭載した基地港務隊の曳船は、突然の出港にも素早く対応し、<伊400>を桟橋から引き離す準備はできた。

<そうりゅう>艦長・高原中佐は、セイルの上で<伊400>の出港作業を眺めていた。さすがに出港時は沢地大佐も忙しそうだ。でかい潜水艦だからな。

その<伊400>艦長・沢地大佐は、時折セイルから身を乗り出して艦首や艦尾の状況を確認したり、トランシーバーで曳船と連絡をとる士官の肩をたたいて曳船に指示を出したりと、息つく暇もない。それでも余裕を感じさせる操艦はスムーズで、乗員は沢地大佐の指示をテキパキと実行していた。

指揮官を中心に統制がとれた作業は、いつ見ても気持ちのいいものだ。そう思った高原中佐がセイルで指揮をとる沢地大佐に視線を戻すと、彼と目が合った。高原中佐が敬礼すると、沢地大佐も敬礼を返した。そして手をあげて頷いた。

「高飛車な態度で損をする典型的な人だ」沢地大佐を見る高原中佐は、そう思った。

最初はこんな人と組めるかと思ったが、<伊400>の見学に行って見方が変わった。沢地大佐は、その態度とは裏腹に人の話を積極的に聞き、それを踏まえて深い知識と経験から結論を導き出す人だった。部下の面倒見もよく、任務に対する真摯な姿勢とあいまって部下から慕われた艦長だった。


突然出港することになったのは、沢地大佐の強い進言の結果だった。「くだらん手続きのために任務を失敗させるわけにはいかんだろ。それに、星川と調整した命令原案だ。そんな簡単に変更はできん。要員は乗艦したし、資材は積み終わった。俺は先に行くぞ」沢地大佐は、そう言い張った。

第6艦隊司令部経由で届いた作戦命令の案では、香貫のミサイル基地から1キロメートルほど東の鈴川の川べりに、臨時のヘリコプター給油拠点を設置することになっていた。その拠点に必要な資材とヘリコプター用燃料を<伊400>が輸送し、<そうりゅう>が護衛せよとの命令だった。

拠点の設置期限は明後日の0時。両国の政府が作戦命令を承認してからでもなんとか間に合う時間なのだが、「それではだめだ」と、沢地大佐は主張した。

拠点の事前偵察を日没までにしておかないと、夜が明けて初めて危険な場所だと分かる場合がある。香貫のミサイル基地に近いこともあり、資材の陸揚げは夜間にしなければならない。だが、明るいうちに拠点の安全性だけは確認する必要がある。と沢地大佐は言った。

結局、本当の沢地大佐を知った第6艦隊司令部作戦主任幕僚・細島大佐の強い要請もあり、沢地大佐の主張は第6艦隊司令部と軍令部を動かし、“ブルー・ドラゴン”共同司令部の承認が得られた。そして突然の出港となった。


曳船の手助けを得て桟橋を離れた<伊400>は、自力で航行を開始した。これを見届けた曳船は向きを変え<そうりゅう>に近づいてきた。次は<そうりゅう>の番だ。2隻の潜水艦は、一緒に船舶エレベータで中村川に降りることになっている。<伊400>を待たせるわけにはいかない。<伊400>の乗員から「のろま」と思われることだけは自尊心が許さない。それは艦長以下<そうりゅう>乗員全てに共通する思いだった。それは、曳船から投げられた曳航索をキビキビと受け取る甲板作業員を見るだけで分かる。

準備は整ったようだ。高原中佐は、そう判断して矢継ぎ早に命令を発した。「面舵、後進微速」「引け」

<そうりゅう>はスムーズに動き出した。2隻の潜水艦が行動を開始した。

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