第五羽 死ぬ?
「…それって、私、死んじゃうって言うこと?」
それまではアストラルの言葉は夢の中のことだと思っていたから、話半分にしか聞いていなかったが、現実だと認識した以上、そうは行かない。と思った。
「…、肉体的にはそうだな。」
だが静かに死神を名乗る男にそう宣告されても私は。
「そう…。」
まったく動じることが出来なかった。
私にとっては死ぬことはそれほど嫌なことではなかった。だって。
(ずっと、死にたかった。)
いや、ずっと生きていたくないと思っていたというのが事実か。
私はずっと、生活しながら、友達と談笑しながら、ずっとそんな思いに囚われてきた。
私にとって世界は空虚で色のない無感動な世界だった。
何を見ても、何を食べても感動なんかしない。心を動かされることはない。
まるで色を感じない。音のないモノクロの映画を見ているような感覚。
いつも薄い膜を隔てているようで、スクリーン上の動画を見ているような手ごたえのない感覚。一体いつ頃からこのように感じるようになったのかはっきりとは覚えていないが、だがこんな世界に生きることに意味を見出せなくなって久しい。
それでも、死ぬほどの勇気はなく、惰性的に生きてきた。
周りに流され、相手に反論するのも面倒で衝突しないように、収める技術だけを磨いてきた。協調性といえば綺麗だが、ただ自分の意見を考えたり言ったりするのが億劫だった。
だって、言ったってどうなるというのだろうか。世界を動かせるほど私の存在は大きくはないのに。
だからいつも誰かが殺してくれるのを願ったり、事故で死ぬことを考えたりした。ストーカー殺人の記事だって、あれは誰にも話したことはないが、死んだ人間に羨望すら感じた。
だから、死神に死ぬことを宣告されても怖さはなかった。むしろ安堵さえ浮かんで私は微笑んだ。
「…どうして、この状況で笑える。」
「死ぬのは怖くないんだよ。」
心が麻痺しているといわれたらそうなのかもしれない。私は生き物にあるといわれた生存本能が著しく低下しているのではないかと思う。
「だけど、一つだけ遣り残していることがある。」
そう。一つだけ今日という日でなければ、思うことはなかった。だが今日であるからこその心残りがある。
その言葉を聞いた死神が、なぜか少し安堵したような顔をしたかと思うと、すぐに皮肉げな表情を浮かべた。
「…なんだ。今更命乞いか?死ぬのは怖くないといったその口で。」
「…それは本当。死ぬのは怖くないよ。ただ。…ねえ、少しだけ時間をくれない?」
「なんだと?」
「私が消える前に、行きたいところがある。そこに行きさえすれば、後は好きにしていいから。」
まっすぐにこちらに視線を向ける死神から視線を外さないようにしっかり、見返す。
先ほどの戦いを見ていてどう考えてもこちらに選択の余地はない。何をするにもこの死神の気分一つで決まるだろう。
私に出来ることはただ黙って采配を待つだけだ。
じっと見詰め合っていた私たちだが、不意に死神がその視線を緩めた。