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第二十羽 鮮やかな世界

「おっはよ〜!」

挨拶の言葉とともに、後ろから突進された。

「え!わっ!」

真夏の朝。暑いのとまだ眠いのとで呆と駅で電車を待っているときにされたものだから、私は危うくホームから転がり落ちそうになった。そこに突然横合いから手が伸びて、ホームに引き戻される。

「っ!」

驚いて、その手の主を見る。私の手をとって引き戻してくれたのは隣で電車待ちをしていた男性だ。

かなりの長身の男性だ。見上げないと顔が視界に入らない。年は二十代前半くらい。顔立ちは日本人ばなれした深い彫りをしていたが、シャープなデザインのサングラスを掛けているので全体はわからないがかなりかっこいい雰囲気だ。

この暑いのにニット帽に全身黒い服を着て、腕には何柄なのかわからないタトゥーをしており、ジャラジャラと銀のアクセサリーをつけていて一瞬怖い雰囲気だ。

おしゃれなのかアクセサリーのほとんどに赤い宝石がついていてともすれモノクロの印象の強い服装にアクセントを加えていた。

「あ、ありがとうございます。」

一瞬、姿に見惚れたが、助けてもらったのを思い出してお礼を言う。

そのまますぐに離してもらえるのかと思えば、そうでもなく、なぜか男性はこちらの手を取ったまま、こちらをサングラス越しに凝視してくる。

「?」

下手にイケメンなので少し心音が高くなるのを感じる。一体なんなのかと思って硬直していると、突き飛ばした友達が声を掛けてくる。

「ちょっと、大丈夫!?」

「ん、平気だよ。」

友達が話しかけてくると同時に、手が離れる。それがなんとなく寂しいと思うとは、いつから私はイケメン好きになったのか。

「おい。」

「え?あ、はい!」

突然その男性に再び話しかけられ驚いて振り返る。が、その視線は私ではなく友達に向いている。

「え?私、ですか?」

友達が目を白黒させている。そりゃそうだろう。突然駅で知らない男性に話しかけられることはあまりない。

だが、気にせず男性は友達に視線を向けながら不機嫌そうに怒鳴った。

「電車の前列にいる人間を押せばどうなるかぐらいわかるだろう。気をつけろ。」

どうも、私を突き飛ばしたことに対して怒っているらしい。まあ、危なかったが。

「え、あ、の。あれは私がちゃんと受け止め切れなかったというのもあるし。」

「お前は黙っていろ。俺はこの女と話しているんだ。」

フォローを入れようとする私に向かって、怒鳴る。

普段なら、それでも穏やかに対応するのだが、なぜか今日に限ってそれになぜかカチンときた。

「そんな言い方はないでしょう?」

「っ!何でお前が怒るんだ。」

私の剣幕に男性が引く。隣で友達も驚いたような顔をしていたが、気にしなかった。

「そっちがけんか腰なのが悪いのよ。助けてくれたのは感謝するけど怒鳴られるいわれはないわ。」

「けんか腰って…。これが地だ。」

「地だからって。許されるものでもないでしょう?言い直しなさいよ!」

「ちょっ!マー子。いいって。ごめんなさい。私が悪かったです。もう、しません。」

「っち!気をつけろよ。」

男性は捨て台詞を吐いて居辛くなったのか、私たちの並んでいた列から離れていく。

「はあ、びっくりした。」

男子絵の姿が見えなくなったのを確認して、友達が盛大に溜息を付く。

「…でも結構イケメンだったわね。もう一度会えないかしら。」

「え〜。確かに顔はいいけど、態度が悪くない?」

「あれくらいどうってことないわよ!それに今時駅で女子とはいえ学生に注意できる度量。かっこいいわ~。」

「あっそ。」

マンガならば目をハートにさせん勢いで男性の去っていった方向に視線を送る友達に呆れる。だが、その視線に答えた様子もなく友達はこちらを振り向いた。

「でも、ちょっと!マー子どうしたのよ、一体今日は。」

「どうしたのって言われても。」

らしくないことをした自覚はある。

だが、なんだかカチンと来たのだ。しょうがない。

「マー子、人と対立するの嫌いでいつも綺麗に纏めちゃうじゃない。相手の意見を尊重することが多いし、あんまり自分の意見言わないし。だから意外。」

「…そう?」

まあ、それは確かにそうは思う。私の信条としては人と対立するより、調停のほうが向いていると思っていたし、人と対立するのも面倒だから、極力誰かの意見に対立するようなことはしなかった。だから、おそらく普段の私なら決してこの場合怒鳴りあいになんかならずに、素直に謝りつつ、双方あまり悪い印象を与えず、なあなあで済ませていただろう。

それに、普段ならああいう手合いには決して自分から近づいたりしないし、決して相手を怒らせるようなことはしない。でもなぜかあの男性は大丈夫な気がしたから、何の気兼ねもなく言い合えた。初対面のはずなのに不思議だ。

「まあ、らしくなかったのは認めるかな。」

「そうだよ。あ、らしくないと言えば昨日はどうしたのよ。突然いなくなるから心配しちゃったじゃないの。」

私は難しい顔をして考えた。

「…ごめん。体調悪くなっちゃって、ベンチで休んでいるあいだにはぐれちゃって…。」

私は素直に謝る。駅までは一緒だったのだが、どうも私がベンチで休んでいるのに気付かず友達が電車に乗ってしまったため、何も言えずに突然消えたみたいに思われたらしい。

だが、私もメールすればいいのに、しんどさから怠ったのも事実。ここは素直に謝っておいたほうがいい問題だろう。

「うん。まあ、仕方ないけど。これからはちゃんとはぐれるならメールくらいしてよね。心配するじゃない。」

それだけ言うと友達はまたたわいもないおしゃべりを開始する。

それに適当に相槌を入れながら考えた。

ああ、それにしても昨日に体調不良になるとはついていないと思った。

昨日はおじちゃんの命日だったから、あの事故現場に行こうとおもったのだけど、体調が悪くなってやめた。あとは家の中で養生していたのだ。

ベットの中でゆっくりしていたときに見た夢を思い出し、少し思い出し笑いする。

「…マー子。聞いてる?」

「え?あ、ごめん。」

どうやら自分の考えに夢中になりすぎて相手の話を聞いていないことがばれたらしい。

「…大丈夫?昨日も体調悪かったんでしょ?今日も休んだほうが。」

「大丈夫よ。本当に!」

「…だって、マー子がボンヤリしながら、遠い目をしてにやついているなんて天変地異の前触れかと。」

どうやら思い出し笑いをしているのを見られていたらしい。

私は少し恥ずかしくなって、わざと怒ったように答えた。

「…失礼な。ちょっと夢を思い出していただけよ。」

「おや?現実主義なマー子にしては珍しいね。どんな夢?」

聞かれて話そうとしたがやめた。だって昔のことを話していない友達に、おじちゃんのお墓参りに行ってそこの花畑がすごく綺麗だったって話すわけには行かないから。

「…秘密。」

少し微笑みながら言うと何かを勘違いしたのか、友達が声を上げた。

「ああ〜。それは彼氏との如何わしい夢なんでしょ?」

「はあ?」

「さあ、はけ!どんな夢だ。」

「そうじゃないったら!もう!」

「う〜ん!じゃあ、今はいいけどいつか話してよね。」

「…まあ、いつかね。」

こんな話を友達に出来る日が来るとは思えないけれど、でもいつか話せる日が来るといいとなんとなく思う。

あの夢を見たせいだろうか。私は前日までの自分では考えられないような前向きな気分で世界を見れるようになっていた。

とはいえ、世界はまだモノクロにしか思えない。だが、そうじゃないことがわかるというか。

夢の中の世界の色鮮やかさ、あの色が現実にあるということが今は信じられる。

多分気付けていないだけなのだと、なぜか思えるようになっていた。

それだけで私は随分と自分の呼吸が楽になったことがわかった。

何も変わっていない世界。だけど何か変わった世界に私は穏やかに視線を向けた。

「…マー子。」

隣で友達が不思議そうにこちらを見ている。

「何?」

「昨日、何かあった?」

「…何で?」

「ン?なんだかね。綺麗になったから。」

「…行っとくけど夏休みの数学ノートは自力で遣りなさいよ。」

「いえ、かなり当てにしてますです。でもお世辞じゃないんです。本当。」

力説する友達に、でも褒められて悪い気はしないから口元を緩めた。

「しょうがないな。褒めてくれて、ありがとう。」

「どういたしまして…て、あ!」

不意に何か思い出したように声を上げた。

「そう言えば持ってきた?」

唐突に話を変えられ付いていけず、聞き返す

「え?何が?」

「サイン帳。もらってないのマー子だけなんだけど。」

そういわれて、そう言えばそんなものを頼まれたのを思い出す。高校のクラス替えからこっち、クラスでは自己紹介を兼ねたサイン帳が出回っていた。私もいろいろな人からサイン帳の記入を頼まれており、面倒だが、それを書いては返していた。

「…もしかして忘れてた?」

「そ、そんなことはないよ。ちゃんと書いてきたよ。はい。」

少し心を読まれていたことに焦りつつ、鞄を開けて彼女から預かっていたサイン帳の一枚を取り出して渡す。

「ん〜?おけおけ。空白はないね。マー子は自分のこと隠したがるからね〜。書きたくない部分は書かないんじゃないかって思っていたんだけど。」

少しどきりとする。自分ではあまり自分のことをあれこれ話すことは嫌いだったけど、それを他人に悟られないようにうまく立ち回っていたつもりだった。だが、ばれていた。

「なに驚いているのよ。まさか隠したがりがばれてないとか思ってた?」

「…ちょっとね。」

「まあ、結構さりげないからほとんど知られてないけどね。マー子、立ち回りうまいから。よっ!詐欺師!」

「ちょっと!それは。いくらなんでもひどくない?」

わざと怒って見せると、目の前で指を振られた。

「ちちち。ひどくじゃないよ、事実ジャン。我々の中では周知の事実。友達甲斐のない奴だと私はいつも心を痛めております。しくしく。」

わざとらしく泣きまねをする友達を小突く真似をする。

「友達甲斐がないだと?ほう、友達じゃない身としてはもう宿題写しなんてさせられないね。」

「わ〜、それは!ごめんして、マー子様!」

「うむ、わかればよいのよ。わかれば。」

胸を張ってちょっと威張って見せると友達が笑う。いつもの風景だ。

「もう〜、やっぱりなかなかマー子には勝てないわ。サイン帳に弱点でも書いてないかしら…あれ?」

サイン帳を見ていた友達がおかしな声を上げる。なんだろう。そんな声を上げられるようなへんなことを書いた覚えはない。覗き込むと、友達の指が、ある項目のところで止まっていた。

「ん?好きな色がどうかしたの?」

「え?う〜ん。ちょっと意外だったから。」

「そう?」

私は友達からサイン帳を受け取って、日に透かしてみる。

それを横から覗き込みながら友達が唸る。

「マー子なら黒か白って書くと思っていたから。」

「ん、そうだね。私もちょっと書いていて不思議だったんだ。」

私の答えに友達の顔に疑問符が浮かぶ。

「え?なにそれ?」

どういうこと?聞かれて、私はなぜだか楽しくなって微笑んだ。

「でも、これがいま一番好きな色なんだよ。」

透かした可愛いファンシーなイラストで印刷されたサイン帳の項目には少し広めに空欄が取られている。私は好きな色の項目にただ一つこう書いた。

赤。


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