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第十九羽 まだ早い?

うっすらと目を明けると、赤い髪の死神の顔が見えた。

唇に相手の名前を載せようとするが、かさかさに乾いた喉が、少し動いただけで結局音になったのかわからない。

息を吐くと同時に首筋の痛みに気付く。それにそれまでの記憶が一気に蘇り、覚醒する。

「ここは…?」

慌てておきようとすると、その額にアストラルの手が伸びて、そのまま私が起き上がるのを阻止する。

「…まだ、寝ていろ。」

その低い声に、優しいが有無を言わせぬ響きを感じて、私は言われるままに横になる。

再びベットの住人になった私にアストラルはそっと額を撫でた。

その少し低い体温の心地よさにほっと息を吐く。

「ここは、お前の部屋だ。」

何で知っているのかわからないが、まあその辺は死神。あまり追求してはいけないだろう。

それより、聞きたいことがあって私はアストラルの顔を見上げた。

「あの後どうなったの?」

「ああ、私の本当の力に恐れをなした天使どもは散り散りになって逃げていったよ。」

アストラルは微笑ながら、私の髪を梳くように指を動かす。その顔を不思議に思いながら私はさらに口を開いた。

「…私、生きているの?」

「ああ。」

「…なんで?」

単純な疑問だったのだが、アストラルの顔から微笑が消えた。

「…死にたかったか?」

私は暫く考えていたが、ゆっくり首を振った。

自分でも不思議だが、前まで感じていたいつ死んでも構わない、むしろ死にたいといった気持ちがなくなっていた。

「…そうか。」

なぜかアストラルが安心したように息を吐くのを不思議に思う。

「…そうじゃなくて。どうして、アストラルは私の魂を取り込まなかったのかっておもって。」

「…それは。」

「ねえ、なんで。魂を集めているの?何で神様になりたいの?」

「…なんで、そんなことを聞く?」

「ん〜、夢を見たの。」

「夢?」

「うん。アストラルが女の人を抱えて泣いているの。アストラルはその人の魂とずっと一緒にいたいって。…でもね、その後に空から大きな手が伸びて来てね。」

私の言葉にアストラルは何か考え込むような仕草をしたが、やがて溜息を付いた。

「…そうか。」

「あれって、本当にあったこと?」

私にはあの夢が夢の出来事だったとは思えなかった。あんなに鮮明で悲しい夢。

それにあの六枚羽根の天使のアストラル。私の妄想の中だの夢にアストラルのあんな姿が出てくるとは思えない。案の定と言うか意外に素直にアストラルが頷いてくれた。

「…ああ。そうだな。俺が一番最初に人の魂を欲しかったときの話だ。」

「…なんで見たのかな?そんなの。」

一番の疑問はそこだ。だが、アストラルはなんでもないことのように説明してくれる。

「おそらく、お前の魂の一部を俺が取り込んだからだ。同化現象とでもいうのか。」

アストラルが言うには、あの時アストラルは私の魂の一部を取り込んで力の一部としたらしい。完全な力は戻らないが、主天使を一気に追い払うくらいの力は取り戻し、あの場を収めた。その際に取り込んだ魂の一部がアストラルの中の過去を見たとこのことだった。

「…じゃあ、あの人がアストラルの最初に魂を取り込んだ人?」

私の質問になぜかひどく暗い顔をしてアストラルが首を横に振った。

「いや…。」

その様子にまるで自分がいじめてしまったような感覚に陥り、むずむずした。

「?なんで?アストラルはあの人の身体を持っていたし、あの場で取り込んだんじゃないの?」

「お前も見ただろう?空から降りてくる手を。」

「え。あ…。」

「あれは神の手だ。奪われたんだ。すべて。身体も何もかも。」

私は息を呑んだ。

「神様…。」

あれが。夢の中で見た大きな手を思い出して思わす震えた。

アストラルは暗く遠い目をした。

「ああ、輪廻の輪に戻され、今はどこにいるのかすらわからない。」

「…アストラルは待っているの?あの人が生まれ変わるのを。」

だから、魂を集めているのだろうか。死神に身を堕として、人の私には知りようもないときを生きながら。

「一万人の魂を集めて神様に対抗すると言うのは嘘?」

アストラルがこちらをじっと見た。

「いや。一万人の魂を集めれば、力を得られるのは本当だ。だが、それが神を凌駕するかはわからないがな。」

自嘲じみた顔。思い出す記憶の中の巨大な腕。あれに対抗するだけの力というのはいかばかりなのか。

「それにたとえあの人の魂が生まれ変わったとしてもそれは別人だ。魂は浄化されれば、別人に生まれ変わる。その人が生きてきた全てを焼き尽くしてなかったことにして。」

その顔があまりにも悲しくて、苦しそうで私は慌てて慰める言葉を捜した。

「でも、魂が一緒であれば一応その人と同じなんじゃ。」

「いや、別人だよ。まったく違う。」

「それじゃあ…。」

何のために集めているのかと聞こうとして、手で口を塞がれた。

「もう寝ろ。」

「え?」

口に置かれた手が、ずれて私の視界を覆い隠す。

その瞬間、猛烈な眠気に襲われ、目が開けていられなくなった。

「っ!…アスト…ラル?」

「そして何もかも忘れてしまえ。」

「え?」

意識が白濁する。その度に何かを奪われる感覚に私は抗おうとした。

だが、もがけばもがくほど白い闇に囚われて沈む感覚に焦る。

そこで、初めてアストラルが私の記憶を持っていこうとしているのに気付く。

「う、や!アストラルっ!」

せっかく会えたのに。忘れたくない!私は我知らずに泣いていた。

そんな私にそっとアストラルがささやく。

「ああ、お前は別人だよ。あの人と同じ魂を持っていようと。生まれて生きた時の分だけ別人だ。悲しい記憶なんてない。」

アストラルの顔を見たいのに、手で塞がれて見えない。彼の顔を忘れたくないのに、あの強烈な赤い色を白い闇が覆い尽くしていく。

「思い出す必要なんてない。」

唇に柔らかな感触が振ってくる。涙が止まらなかった。

「忘れて、そして幸せに。まだお前は私に捕まるには早すぎる。」

その言葉が最後に私の意識は完全に闇に取り込まれた。


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