第一羽 死神?
「見つけたぞ。一万人目!」
突然聞こえた声に驚く。
だが、閉じた目を開けようかどうか少し迷う。もし既に幽霊になっていたとして目の前に自分のばらばら死体が転がっていたりするのは流石にいただけない。
「?…きこえてないのか?そんなことはないだろう?」
それよりはすぐに天国でも地獄でもいいからあの世というべきとろこにいると言うのが、理想だ。
「おい、いいかげんにしたらどうだ?」
ああ、なんだか幻聴?が聞こえる。もう既に死後の世界でよくきくお迎えの声って奴なのかな。それにしては少し口が悪い気がするけど…。
「おいっ!」
「……ぎゃあ!」
突然瞼を押さえられて無理やり目を開かされる。
感じるものは真夏の太陽の照りつける暑さ。
そして目に飛び込んできたのは赤。赤赤赤赤!
赤い髪にカラーコンタクトだろうか、きらきらした宝石みたいな赤い瞳。この暑いのに赤いコートに赤いインナー赤いパンツに赤いブーツ。ファーはさすがにない。
まるで冬にご活躍の大きな袋を担いだあの人以上に全身真っ赤な男がいた。
「な、な!」
「漸く目を開けたな。まったく一万人目は世話のかかるな。」
男は宙に浮いていた。
(…ていうか、私も?!)
下を見ても、地を踏む感覚はない。
だが、不思議とぴたりと中空に身体が固定されたように落ちたりもしない。
(ど、どうなっているんだ!?これは!)
混乱する。横を見ると私の身体からあと数センチと言うところで電車が止まっていた。運転手が驚愕の表情で止まっている。ピクリともうごかない。
赤尽くめの男の手があるから顔は動かせなかったが、眼球だけで周囲を見ると何もかもが止まっていた。
無音、無動の世界。ホームを見ると、慌てたようにこちらに手を伸ばす級友の姿が目に入る。その光景を見て私は自分の陥った状況を思い出した。
その日、私の通う高校はテストの返却のためだけの授業で、半ドンで帰らされていた。
テストの終わり、後は夏休みを待つばかりという雰囲気がいけなかったのだろうか。
私は友達と駅のホームで会話をしながら、電車を待っていた。そこでの会話に盛り上がった友達が私の背中を押した。
所詮はふざけあいの軽い力だった。
だが今日はとても暑い日で少々私も体調が優れなかったというのが、重なり、押された途端私は貧血を起して、ホームから線路に向かって倒れそうになった。そこに偶々電車が入ってきて私を…。
そこまで思い出して、私ははっとした。
どうして私は。生きているのだろう?
なぜ電車が止まっている。あの距離で私をはねずに止まるのは無理だろう。だが実際に止まっている。いや電車だけでない。
皆止まっていた。暑い日差しは相変わらずだが、あれほど煩かった蝉の鳴き声がまったく聞こえない。
私はホームにいる友達の姿をもう一度見た。それはとても躍動感に満ちていて、まるで動画の一場面を切り取ったように時間が止まっているように思えた。
「どうして…。」
「私が時間を止めたのだから。」
顔を押さえる男がそう口にした瞬間、私の体の固定が解け、落下感が復活し、私は一瞬で地面に投げ出された。
受身を取り損ねて、電車の枕木にしたたかに尻を打ちつけ、私は言葉も出ず悶絶する。
そこへ中空にいた男が降りてきて、私の前に降り立った。
足音はしない。ふんわりと翻るコート。見上げる先に白皙の美貌がこちらを見て皮肉気に微笑んだ。
「さて、初にお目にかかる。当たり前だがね。一万人目。私は死神アストラル。君の魂の捕食者。未来永劫の君の主だ。」