第十八羽 白?
ここはどこだろう。
気付くと、私は真っ白な何もない空間にいた。
先ほどの男とその恋人がいた世界とは明らかに違う。
ここがいわゆる死後の世界という奴だろうか。
いや、だが私は死神に契約されて死後の魂は死神に取り込まれることになっていたはずだ。
ということはここは死神の中なのだろうか。
それにしても何もない。真っ白だ。
モノクロの世界に逆戻りしたような感覚に苦笑が漏れる。
あの時、アストラルにおじちゃんの墓の光景を見せられて、忘れていた色彩を思い出したはずなのに、結局行き着くところはモノクロの世界とは。
だが、それでもいいと思った。
先ほど最後に見た光景を思い出す。きっと大丈夫だ。
あ、でもあの私を助けてくれた能天使だけは見逃して欲しいと頼むのを忘れていたことを思い出す。だが、最早彼にそれを伝える術はないから、彼がそれに気付いてあの能天使だけ見逃してくれることを祈るしかない。
私は周囲を見回す。見事にどこまでも白い空間。
この先に何があるのか、いや、道があるのかすらわからない空間の中。だがただ経っていても埒が明かない。とりあえず歩いてみることにして、白い闇に足を踏み入れようとしたときだった。
『どこに行くんだい?』
声がした。高いような低いような不思議な声だ。私が慌てて周囲を見回すが声の主らしき人の姿は見えない。
「だれ?」
白い闇に向かって呼びかけたが、誰の気配もない。だが、声はまるで耳元にささやかれるようにはっきりと聞こえてくる。
『この先には何もない。』
遠く近くなり響く不思議な声。だが不気味な感じはなく、不安は感じなかった。
『ここは君の来るところじゃないよ。居場所はないよ?』
「え?そんなはずは?」
だって、アストラルがいっていた。私は彼に取り込まれる魂の一万人目。それならばここは私がいるべき場所であるはずなのだが。
『ああ、だからお帰り。まだ君が来るにはここは早すぎる。』
「…なぜ?」
なぜここにいることが早すぎると言うのだろうか。
どこに帰れというのだろう。
ここはアストラルの中ではないのだろうか。飲み込まれてその一部になったのではなかったのだろうか。
『君はまだ何も見てはいないから。』
「何を…。」
『お帰り。』
優しいが、有無を言わせない声音に私の意識が曖昧になる気配がする。
『君にはまだいろいろ見るものがある。感じなさい。触れなさい。世界を。』
どんどん持っていかれる意識とは裏腹に聞こえる声は力強く私を安心させる。
『人は幸せになるために生まれたのだから。』
最後までその声の主は姿を見せなかったけれど、なんとなく私にはその主がわかって、最後に私はつぶやいた。
「…もう一度会える?…おじちゃん。」
懐かしい笑顔が浮かんで、それから頷いてくれた。
私は幸せな気持ちになって、急速に持っていかれる意識を手放した。