第十六羽 同化?
「なぜ…。」
「わからない。だが、お前は…似ている。同じ…だからか?」
「…?誰に?」
そのときひときわ大きな光がアストラルの背に飛来し、大きな音を立てて破裂した。
「がっ!!」
「アストラル!」
苦しそうなうめき声に、私は焦った。
「もう、いい!早く!私は死んでもいいから!どちらにしても、このままでいれば二人とも助からない!せめてアストラルだけでも!」
「…なぜ?」
「なぜ?そんなの決まっている。」
私は死神に微笑んだ。
「アストラル。私はお前に死んで欲しくないよ。」
私のせいでアストラルに死んで欲しくない。アストラルの目が見開かれる。
その顔がなんだが間抜けですこし笑えた。
一瞬だけ、天使の攻撃が止んだ。
その隙に私は腕を伸ばしアストラルの首に絡めた。
そのまますがりつくようにその頭を首筋につけるように抱え込む。
「ほら、痛いの嫌だから、一気に。がぶっと。一瞬でショック死できるようにしてね。痛いのやだから。」
「…お前な。俺は吸血鬼ではないぞ。魔物と一緒にするな。」
憮然とした声が聞こえる。私はその表情を想像して少し笑った。
「そうなのか?まあ、いいじゃない。一万人目の魂。喰えば力が神と対抗できるくらいの力を得られるんだろう?それで、あの空に浮いてるうざい白い奴ら倒してよ。おじちゃんの花畑をむちゃくちゃにして、流石に私も頭にきてるからさ。」
そっと腕を緩めて、アストラルの顔を覗き込む。今にも睨み殺しそうな憮然とした顔にぶつかって私は苦笑した。
「ああ、でも痛めつけるだけにしておいて。流石にあの量の死人が出るほどだと気が引けるから…」
「…すこし黙っていろ。」
アストラルの視線を感じた途端、身体が石のように動かなくなった。
だが先ほどと違って、震えはしない。
「…うん。痛くしないでね。」
私はそっと目を閉じた。
アストラルの身体が私に覆いかぶさってくるのを感じる。
ずっと死にたかった。いや、ずっと何もしたくなかった。
ただ生きているのがいやで、でも死ぬ勇気もなくて。ただぼんやり流されていた。
感情も感動もない世界。まるでモノクロの映画を見ているような景色に心を麻痺させてきた。
だが。
一面の花畑が頭に浮かんだ。
おじちゃんのお墓。最後に私に見えたいと願ってくれた、死んでも尚育んでくれた大きなプレゼント。あれほど綺麗な色彩を最後に見れるとは思っていなかった。
鮮やかな色彩、涙が自然に溢れるほど美しい世界がこの世にあって私に、生きる力を与えてくれた。
それを考えると今の状況はちょっとおじちゃんには申し訳なかったけど。
次にアストラルの顔が浮かぶ。
赤髪赤目赤い装束の死神。強いくせに少しお人良しな死神。
私はずっとモノクロの世界を歩いてきた。
その中に突然飛び込んできたひどく色鮮やかな赤。
その強烈な色が世界にあったことを私に思い出させてくれた。
ねえ、アストラル。お前にわかるかな?それがどれだけ私にとってすごいことだったのか。
アストラルのおかげで私は色を見ることが出来た。
きっと、彼の存在がなければおじちゃんの花畑に行ってもあれほどの色を認識できたとは思えない。あんな風に泣けなかった。
ねえ、だからおじちゃん。貴方なら許してくれるよね。
私の世界に色を戻してくれた恩人のためにするこれからのことを。
許してくれるよね。
アストラルの唇を首筋に感じる。魂を吸い取ると言うのはどういう行為なのかと思えば。
なんだ、やっぱり吸血鬼みたいじゃないか。
生き物の生存本能というべきか、急所である首に当たる感触に思わず震えるが、こればかりは生理現象のようなものだから、あんまり深く考えないで欲しいなとか、思ってみる。
先ほどみたいに傷ついた顔はアストラルに似合わない。
「っ!あっ!」
前触れなく、首に死神の牙が薄い皮膚を食い破る。
「あ、ああ!」
鋭い痛みに思わず声が漏れる。痛くしないでっていったのに!
痛みに潤む視界の中で、命の源と思しき血が首から溢れる。それを逃さないとばかりに首筋を死神の唇が這い、舐め取り取り込まれる。
その度にどこか精神を吸い取られるような感覚に私の意識は急速に暗転し始める。
だが、首は痛い。痛いイタイイタイ!
痛いって感じて死ぬのだけはごめんだって思っていたのに。
それだけが腹が立つ。
最後に睨んでやろうと、落ちる意識に最後に対抗するようにうっすらと目を開けると、包み込むような大きな翼が見えた。
「・・・?」
純白の六枚羽根。空を舞う白い連中のものより、多く、輝かしい。
(なんだ。アストラル。あんた。)
死神じゃないじゃん。そう思うと同時に意識が完全に閉ざされた。