第十羽 ドミニオンズ?
目の前を埋め尽くすのは純白の羽。一体いくらいると言うのか。
何十もの天使が空を覆いつくし、こちらにすべての視線を向けている。
その姿は最初に見た天使とは異なり、西洋の甲冑のようなものを着て、その手には白銀の盾と槍を帯びている。
一体いつの間に囲まれていたのだろう。
その大群の先頭に立つ一人のひときわ意匠の凝ったデザインの甲冑を着込んだ女天使が口を開いた。
「死神アストラス。永久の神への反逆者よ。漸く見つけたぞ。覚悟しろ。」
アストラルの顔を見ると、珍しく焦ったような色が伺えた。
「…主天使だと?いきなりそのクラスがこの大群。」
「ね、ねえ。主天使って一体?」
「最初に襲った奴が能天使。あいつの二つ上のクラス。中級では最上級に位置する天使だ。」
「そ、そんな!でも、アストラル。貴方って強いんでしょ?あの天使が百人束になったって勝てるって…。」
「まあ、能天使くらいならな。だが主天使クラスになると束でかかられてはそうは行かない。」
「そんな。…どうなるの?」
「俺の力が万全ならあいつらがどんなに来ても、勝つ自信はある。…だが。」
アストラルの顔が私に向く。その視線がどことなく憂いを帯びていて不安に胸がどきどきした。
「…だけど?もしかして、私の魂を取り込めば何とかなっちゃたりする?」
アストラルは肯定も否定もせず黙り込んだ。だが、その姿こそが、肯定を示していた。
「それは…。」
こちらを見つめたまま、アストラルの手が私の肩にかかる。
「っ!…や!」
アストラルの手が肩に触れた瞬間、私は恐怖を感じて思わずその手を払いのけた。
感覚としてはまるで肉食獣に触れられた被捕食者のような。
私の反応にアストラルが驚いたような顔をする。
魂を喰われることを肯定していたはずなのに。私は。
(今更生きたいって思ってる。)
おじちゃんの言葉。色鮮やかな世界をもっと味わいたい。
自分の両肩を抱くようにして震えた。
なんて自分勝手な反応だ。そんなことは許されない。
既に私はいわば死んでいる人間だ。あの駅での事故で死んでいたはずの身だ。
それが、アストラルによって時間を止められて、免れただけ。
きっとアストラルはこの大群を退けるために、私の魂を取り込むのだろう。
だってそう言う約束だった。私はおじちゃんの墓参りにだけ行かせてくれるようにと頼んだ。その後、彼に魂を上げる契約をした。
私は自分を自分で抱きしめながら、そっとアストラルの顔をうかがった。と。
「っ!?」
目の前の死神の表情に私は言葉もなく硬直する。
アストラルは私の反応になぜか傷ついたような顔をしていた。
(…なんで。)
こんな表情をするのだろう。彼にとって私は力を取り戻すために取り込む一万人目の魂でしかなかったはずなのに。
契約の力だろうか。伴侶の契約。
そう言えば、あの契約を交わした直後から、アストラルは私に優しくなった気がするけど。
アストラルは払われた手を暫く見つめた後、その手を握り締め、私から視線を外して、天使の大群を見上げた。