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神様

作者: ネバネバッコ

 奈良の人里離れた山奥の一角。朱の薄れた申し訳程度の萎びた鳥居をくぐり抜け、春日神社に一人の男がやってきた。

 有名な神社ではなく、わざわざ寂れた神社に来たのには理由があった。つい先日、行きつけの飲み屋でとある噂話を耳にした。この神社には人と話すことができる神がいるというものだった。

 男は半信半疑であったが、噂で聞いた通りの条件を満たすために誰も誘わずに一人でやってきた。そして、神棚の前まで来ると男は賽銭を投げ入れてから手を合わせた。

 男は所々に白髪が混ざりはじめた頭を下げ一礼すると神に問いかけた。

「私は劇団をしてきて、もう20年です。しかし、未だに売れず。泣かず飛ばず。どうしたらよいのでしょうか」

 境内に風が吹くと、男の心に語りかける声が聞こえてきた。不思議と恐怖はなく、自然体で聞ける声音だった。

「どうしたら。そんなものは知らないが20年やってきてダメならダメだろ。どうせお前みたいな輩は本当の自分の力をまだ出してないからと心の奥底に逃げ道を作って真剣に物事に取り組んだこともないのだろ」

 神棚の奥から聞こえてきた。

 これがおしゃべりな神の声か。そして、痛いところを突いた詰問に男は怒りを滲ませ否定した。

「そんなことはない。私だって頑張って劇団を旗揚げし、脚本を書いて、必死に覚えて、集客も頑張って……」

「頑張って、必死に、一生懸命、本当に頑張っているやつは黙々と目標に向かって計画的に歩くものだ」

「お前に何が分かる!」

 男が大声で叫び返した。それでも、鼻で笑うような神の口振りは変わらない。

「分かるさ。劇団員なんてものはおおよそアイドルになりたかったけどなれなかった中途半端な女とその取り巻きの男の自己満足集団。客席を埋め尽くすのは劇団員仲間か親族か」

「そっ!そんなことはない! ちゃんとチラシ配りやSNSからのお客さんだって来ている」

「それが何割だ。せいぜい一割にも満たないだろ。その癖、やれお疲れ様会だの打ち上げだのとそれらしい理由をつけては飲み会を開き、合宿と称してはキャンプだの川遊びだのに興じる体たらく。いいわけ探しの腕前だけが上がっていく。劇団という夢を隠れ蓑にして社会に出るのを拒否しているだけにしか見えないな」

 あまりの言われように男は肩をわなわなと震わせ、ズボンの裾を握りしめた。

「違う! 重要な劇団員同士のスキンシップだ! 劇団は一人でやるものじゃない、みんなの一致団結こそが!」

 神棚を睨み付けた男のボルテージなど気にするふうもなく神の声は切り返す。

「一人でできないやつが群れたところでそれはできない人間の集合体でしかない。そうじゃないか? 張り切って立ち上げたブログも初めこそ勢いはいいものの、やがて劇団員で順番を回すようになり、さらに時が立つと舞台の告知だけになり。最終的にはその存在さえも覚えていない」

 止めどなく流れ続ける神の口上に男は頭を抱え地団駄を踏んだ。

「うるさいうるさい」

「所詮、学生時代に青春を満喫できなかったネクラが集まって、失った過去を取り戻すかのようにままこどイベントに精を出す集団現実逃避」

「うるさい、だまれ!」

 男はちょうど傍らにあった、ちょうどいい拳大の石ころを拾い上げるとちょうどいい感じに目立っている神鏡に投げつけた。

 大きな凸鏡が派手に散らばり、辺りをきらきらと反射させた。

 神の声が途絶えた後、男は自分が今しがた怒りに任せてしてしまった行為を恥じた。

「待て! 貴様! 器物破損だぞ!」

 近くの待機所から飛び出してきた神主に取り抑えられ、腕を捻り上げられた劇団員の男は地面に突っ伏した。

 散々脅かされた男が神鏡の弁償をすることになり、十萬円を支払うとようやく解放された。

 

 神主はすっかり肩を落とし帰っていく男の後ろ姿を見送った。

 次のカモを迎えるべく、大急ぎで新しい安物の鏡をセットし、拳大の石を賽銭箱の傍らに置く。手際のいい作業の後、防犯カメラとマイクがある待機所に消えた。

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