第3話
「これでどうよ?」
魅那子は自信ありといった声で振り向いた。
その顔は、事故後の悲惨なものではなく、生前の整ったものに変わっていた。
幽霊もしばらくやっているとコツのようなものがわかってきて、最初はボロボロだった服やそのままだだった怪我も今では事故以前の綺麗な格好に戻すことが出来た。
もう、誰が見ても遜色ない女子高校生だ。
まあ、誰にでも視えるわけではないんだけど。
「ああ、なんかいい感じ、すごく見やすくなったわ」
「見やすく……?」
あたしの言いかたが気にくわなかったようで、魅那子は左右の眉の間にしわをつくった。
「さっきまでは、良く言って『ブサイク』だったからね」
「それって普通に言うとどうなるのよ」
「氷上さんもひっくり返るわけね」
螢子があたしたちのやり取りにくすくすと笑った。
「これで氷上さんに会っても大丈夫ね」
「まあ、見た目以前の問題もあるけどね」
さて、その氷上さんである。
どうやら「視える」人のようだし、いちいちひっくり返えられても困るので、あたしたちのことを知ってもらうために放課後の美術室にご招待した。
前もって言ってあったので、今度はあたしたちを見ても平静だった。
前回はいきなりだったから驚いたのだそうだ。
「比良坂さんには依代としての才能というか適性があるのかもしれませんね」
むしろ、こういうことには慣れている上に、本家は神社なのだそうで、冷静に分析していた。
「ヨリシロ?」
あたしたち三人は同時に首を傾げた。
わかりやすく言うなら「取り憑かれやすい体質」らしい。
「そうなんだ……」
螢子本人がいちばん驚いていたようだった。
「ねえ、どう思う?」
「インチキ霊媒師」こと神田比沙子、本日は恋愛相談である。
他人の恋愛事情をあたしと魅那子はニヤニヤしながら聞いていたが、相談されている側はそうもいかない。
当の螢子は、「どうって訊かれても……」と、もごもごしながらチラッと左右に視線を動かす。
魅那子は、しれっと視線をそらした。
あたしか? あたしなのか?
確かに、螢子や魅那子の浮いた話はこれまで聞いたことがない。
とはいえ、あたしだって人の相談に乗れるほど経験豊富ではないんだけど……。
相談の内容はこうである。
最近、比沙子に年下の彼が出来たのだが、どれくらい愛情を注いでいいのかわからない。
つまり、あまりベタベタしすぎず、飽きられないように少し距離を置いた付き合いをしたほうがいいのではないか?
あたしは螢子の耳に囁いた。
螢子がそれをやや棒読み的に繰り返す。
「愛情は出し惜しみしちゃ駄目よ。明日どうなるかわからないんだから、今日の分は今日出し切りなさい」
「う、うん、そうよね。さすが螢子」
比沙子は納得したようである。
「ありがとう、持つべきものは親友ね」
そう言って、来たときよりもやや足取り軽く去っていった。
「親友だったの?」
「……みたいね」
螢子は比沙子の背を眺めながら肩をすくめた。
「さすが明理、あたしたちとは経験が違う。『明日どうなるかわからない』なんて、妙に説得力あるわ」
魅那子が冷やかす。
まったく、何の助言も出なかったくせに。
「悩み事の相談なんて、あらかた自分の中で答えは出ているから、そこを強く肯定してやればだいたい納得するのよ。比沙子の性格上、ベタベタしたいんだけど、相手が年下だし、まわりの目とかも気にするから、『大丈夫よ』ってひと言誰かが言ってやれば喜ぶのよ」
「そうなの?」
「……たぶんね」
まあ、間違ってはいないと思うのだ。
放課後、螢子は完成間近だった絵を一から描き直していた。
「もったいないなあ、今から描いて文化祭までに間に合うの?」
魅那子が机に座って螢子の作業を眺めながら訊ねる。
「間に合わなくてもいいよ。いまどうしても描きたいものがあるんだ。これを優先する。もちろん間に合わせるつもりで」
「五十号か、間に合うかなあ……」
五十号キャンバスの大きさはタテヨコ一メートルほどもある。
螢子の遅筆を知っているだけにあたしたちは心配だった。
「それより……」
せわしく動いていた螢子の手が止まった。
「あたし、もう半年もいないんだよ。そのあとどうするの?」
「え、どうするって訊かれても……」
いきなり深刻な話を切り出されたのであたしと魅那子は戸惑った。
これまでなんとなく避けてきた話題である。
「成仏とかしないの? このままここのジバク霊とかになっちゃうの?」
「いやあ、何しろ初めてのことだし……」
魅那子が頭をかいた。
「どうして良いもんかあたしたちにもわからないんだよ」
「あたしもわからないけど、幽霊でいるよりは『成仏』したほうがいいんでしょう? ときどき思うの。もしかして、あたしの寂しいって気持ちがあなたたちを引き止めているんじゃないかって……」
螢子はうつむいていた。
そんなことはわかるはずもないのだが、生真面目な性格なので、一度思い込むと気になってしかたがないのだろう。
「だとしても、災難だとは思ってないよ。おかげで死んでからもこうして話せるんじゃん」
「きっといまは人生のロスタイムなんだよ。そのうち、黙ってても試合終了の笛が鳴ると思うわ」
あたしと魅那子が努めて明るく言うと、螢子は頷いて顔を上げた。
目元がちょっと湿っている。
「ありがとう……ふたりとも大好きよ」
「な、なによ急に、恥ずかしいじゃない」
「明理が言ったんでしょ『今日の愛情は今日出し切れ』って」
そう言って螢子はにっこり微笑んだ。
美術室にて
第3話
- 終 -




