第五話
現場の学校の校庭の水溜まりはエネミーの緑色の血で染まっていた。
そしてその周りにはきれいに首と体を切られたエネミーの死体が数えきれないほど転がっていた。
第一分隊は早速戦闘の事後処理に向かった。
ある者は死体の撤去、ある者は血の片付け、ある者は学校に避難していた人たちの誘導、とそれぞれが出来ることを行った。
作業開始から十五分がたった頃、足立の分隊専用無線に一報が入った。
『生存している隊員を発見』
校庭の端に建てられた仮説テントにその隊員は運ばれていた。スタイラーの情報から第一師団特別分隊に所属している轟翼という隊員だということがわかった。
衛生班によって彼は処置されていた。
「私は第一分隊長の足立だ。治療が終わったばかりで申し訳ないのだが、先ほどの戦闘について君の口から詳しく聞きたい。君が全部倒したのか?」
翼は少し不思議そうな顔で、
「俺以外にももう一人現場にいたと思うんですけど」
「本当に?」
「戦っている時に、声が聞こえました……」
「しかしな、現場にはお前以外の魔力反応がないんだよ。分かっているとは思うが、反応が無いってことは……」
「隊長、もう止めてあげましょう。彼も戦った後で疲れているだろうですし」
「すまないね、ゆっくり休んでいてくれ」
「ご気遣いありがとうございます」
足立がテントから出るとすぐにスタイラーに連絡が入った。これからすぐにさいたま支部に来いとの命令だった。
足立は戦闘服の上に防衛隊の上着を着た。胸には第一師団のシンボル、ハヤブサの紋章が、襟元には分隊長を表す金色のラインが一つはいっている。
「私はさいたま支部に呼ばれてしまったのでここを抜ける。轟隊員の証言からもう一人隊員がいるかもしれない。引き続き頼んだぞ!」
足立はそう言い残し迎えの車に乗り込んだ。
現場からさいたま市支部まではあまり遠くなく車で十分ほどだった。車は建物の地下駐車場に入った。
水準防衛隊では安全面のために大隊長以上の役職の者、またはある称号を持ったものは原則地下の入り口から入るようになっている。
地下入り口の前には警備の隊員が完全装備の状態で立っている。
足立はスタイラーの認証画面を見せる。それを警備の者が確認し、ゲートの内側の者に合図を出す。すると、ゲートは何重ものロックが解除され開いた。
その先へ進むと目の前にエレベーターがあり、そこから足立は目的の最上階を目指した。エレベーターの液晶画面が指す数字が1、2……5と増える度に緊張が増していく。
普段、最上階は無縁の存在であり行ったことがある者は多くなかった。ただ一つ言えるとすれば、今回のこの件にはさいたま市支部長が関わっていることだけだった。
エレベーターは目的の階に止まり扉を開ける。
エレベーターの前には黒いスーツを着た女が立っていた。
「足立様でいらっしゃいますね。お待ちしておりました。支部長がお呼びです。こちらへどうぞ」
足立はとても大きく分厚い木目の入った扉の前に案内された。
足立は深呼吸をして、呼吸を整えてから扉をノックした。
「失礼いたします。第一師団第一分隊長の足立です」
「どうぞ入ってくれ」
地面を震わすようなダミ声が中から返ってきた。
足立が扉を開けて部屋入ると、そこにはさいたま市支部長とさいたま市支部副部長を含めたさいたま方面を担当する重役たちが揃っていた。
話には聞いたことがあるが、にわかに信じがたかった。足立が呼ばれたのは支部会議だとわかった。だけど何かが違っていた。
支部会議は普通十人ほどの人数で行われるが、今回はその倍はいる。
その中には特別分隊長の明戸もいた。その他にも普段は呼ばれることのない本部からの視察官や司令部の人間がいた。
足立は支部長の正面に立たされた。
支部長は口を開く。
「本部からの命令で今回のことについて、第一分隊の者たちには箝口令を出すことになった」
足立は何が何だか分からなかった。
「君は今回の戦闘においてエネミーが撤退したと考えているのかね?」
「それは考えられません。なによりホールの跡が現場にはありませんでした。信じられませんがあの現場にいた隊員が倒したと考えるしかありません」
支部長含めその他の重役もその見解には難色を表していた。
「君の言ってることも間違ってないかもしれない。だけどそれがもし本当なら大変なことになってしまうかもしれない。“ジェネラル”の称号を持つ君なら分かってくれるよね?」
「しかしそれでは事実を隠蔽することになりますよ! いいんですか?」
「足立君。世の中には明らかにしない方がいいこともあるんだよ。わかってくれるよね?」
会議が終わり、部屋にまだ残っていたのは足立と明戸だけだった。
「今回のことお前はなんか知ってるのか、明戸。そもそも分隊長の俺らが支部会議に呼ばれることなんてないだろ」
「それに関してはこっちも同じだよ。いきなり呼ばれたもんだからさ、驚いたよ。あと足立が第一分隊の隊長になってたこともね」
「それは別に大したことでもないだろ。そういうお前だって一応は分隊長じゃないか」
「いやいや、第一分隊と特別分隊じゃレベルが違うよ。そっちは九百人を抱える大所帯じゃないか。こっちは五人しかいないし限定的に作られた部隊だからね。待遇がいろいろと違うよ。それに足立は同期の中で唯一の“ジェネラル”の称号を持ってるじゃないか」
二人は久しぶりの対面で話に花を咲かせていた。二人が会うのは訓練生ぶりだった。
二人は同期であり、足立が首席、明戸が次席で訓練過程を卒業した。訓練生の頃から二人は争っていたが、なんだかんだで同期の中では仲が良いほうだった。
「久しぶりの再開ってのもいいけど、それよりも気になることがある。現場にいた轟っていう隊員、お前のところのだろ?」
「轟君か。彼は僕のところの立派な隊員だよ」
「そいつの話によると今日出たエネミーは自分一人で倒したって言ってるけどそんなに強いのか?」
疑問の声を単刀直入にぶつけた。第一分隊の隊員でも一人で倒せるエネミーの数は平均でも三十体程度。今回翼が倒した数は千体、過去にない異例の記録である。
「今回のことが表にでれば轟も一気に昇進できるだろうに。なんで本部がそれを止めたんだ?」
「ここから先の話は機密情報だけどね。支部長の話によると戦闘記録を本部に報告したらすぐに本部から連絡が入ってね。今回の襲撃に関して関係者全員に箝口令を敷くようにとの命令が下ったらしいんだよ。」
本部から箝口令が出るなんてことは今まで無かった。そして本部が箝口令を出してまで隠したいものがなんなのか分からなかった。
ただ一つだけ思い当たる節があった。
「なるほどな。そういうことで呼ばれたのか」
「お! 足立、何に気づいたの? 教えてよ」
「たまには自分の頭で考えろ」
そう言って足立は会議室から出ていった。
後日、先の襲撃が戦闘録に記録された。
「午後一時頃、千体のエネミーの出現を確認。第一師団第一分隊がこれに応戦。半分が撤退し、残りの殲滅を確認」
翼のことは一切書かれていなかった。
第一分隊も翼以外の隊員を見つけることはできなかった。
これで第一章は完結です。
次話からは第二章です